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禁句 第17話

【第1話はコチラから】


「しかしここら辺も久しぶりだな」

「ここへは、以前から」

 男の会話にぎこちなさがない。
 何かが、ほどけようとしているのかもしれない。

「ああ、この丘は名前の通り、見晴らしがよくってな。
 夜景がきれいなんだよ」

「夜景」

「そう、まだあるかな、見晴らしのいい広場があんだよ」

 するとまた、男に無言の間が現れる。

 阿倍の道案内もそろそろ終わりに近づいている。
 思うところがあるのか、何かを決めかねているのか。
 いずれにしろ、どうにもできない。

 そのまま歩みを進める。

「その広場に行くことはできるか」

 男の問いかけに、安倍が振り向く。

「少し、考える時間も欲しい」

 ああ、と前へ向き直り、阿倍は立ち止まる。

「そしたら、どっちだろうな。
 いや、このまままっすぐだ、まっすぐ」

 阿倍が再び歩き始める。
 しばらく坂道を登り、それから振り返る。

「そうそう、これくらいの眺めだったな」

 立ち止まり、辺りを見回す。

 登る方向に、先の方で道が右へ折れている。
 その道まで、坂道沿いは木々で覆われていた。
 林、と呼んでもいい程度に、木々の群れには厚みがあった。

 阿倍はその辺りを見覚えている気がした。

「あそこかな」

 ひとりごちて、安倍が坂道を登り始める。

 振り返ると、男はまだ立ったままだった。
 左手に、先ほどから家がぽつぽつと見えている。
 その一軒を、男は見つめていた。
 家の窓から暖かそうな明かりが漏れていた。

 阿倍の気配を察したのか、ああ、と応えて男が動き出す。

 坂道をしばらく登り、見覚えていた先ほどの道を右へ折れる。

 その道沿いも、林が続いている。
 左手は傾斜を背にした、分譲予定の空き地だ。
 歩みを進めて間もなく、木の群れが切れる。

 そこからが、広場になっていた。

 その向こうには、夜景を望む。
 眺望を邪魔するものは何もなかった。

「ここだ」

 広場へ足を踏み入れる。
 芝生に覆われ、安倍は端へ向かってみる。
 思ったよりも距離がある気がした。

 広場の端へとたどり着く。

 すぐ下には、まだ新しい家々の屋根が見えた。
 以前は広場の端から下はすぐに傾斜で、背の低い木々や雑草などが混沌としていた。
 切り開き、新しい土地に家が建ったのだった。

「どうだ。眺めがいいだろう」

 少しあとに辿り着いた男を振り向く。
 表情に大きな変化は見られない。 
 依然として、苦みばしる気配と眉間の皺は残ったままだった。

「ああ」


(続く)

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