禁句 第16話
【第1話はコチラから】
同時に、別れ際の武井が脳裏を過ぎる。
「あれな、あの、何だか意固地になってたあいつな、今日明日にまつわる行事が嫌いなんだと。
それで、そんなに嫌いなら、いっそのことその日にまつわる言葉を禁句にしようって話になって…つうか、まあ、俺がしたんだけどな」
思い出した武井の頑なさが、妙に気に掛かる。
安倍は上の空で、男が口を開く。
「今日明日にまつわるって、それは」
「待て」
禁句を口にしそうな気配を察し、振り向いた安倍が男の顔へ手のひらをかざす。
言葉を押しとどめられ、男は歩みも止める。
「ああ、いや、わりいな」
申し訳なさそうにして、かざした手でそのまま後頭部を掻く。
「あいつ、いねえけどさ、念のためな」
それから手をポケットに納め、歩き出す。
男もすぐに歩き始める。
「それで、ただ禁句にしただけじゃつまんねえだろう。
だから、禁句を口にしたら、今日の飲み代をおごる、ってことにした。
それから、他の誰かからその禁句を引き出したり、挨拶代わりに掛けられたりしても駄目って」
隣を歩く男の顔を、安倍がちらりと見やる。
無表情で、前を向いたままだった。
「でも、やっぱり二人でやっててもよ、なかなかケリがつかねえんだ」
分岐を過ぎ、行く坂道に自動車はほとんどやって来ない。
街灯がぽつぽつと続く。
その先を眺めて、阿倍は話を続ける。
「そんなときに、あんたが現れたんだよ」
ほんの微かに、男の注意が阿倍に向いた気がした。
しかし敢えてそちらは見ない。
「第三者がいれば、何かの弾みでその言葉を口にしたかもしれないし、その第三者がいっそ禁句をどちらかに投げかけることで決着がついてもよかったんだよ」
それから息を吐く。
その白さに、安倍は改めて今夜の寒さを思う。
そして、こうしてやってくる無言の間に慣れ始めている自分に気付く。
悪くない気がした。
「俺が、か」
男がつぶやく。
「俺が賭けの、鍵を握っていたのか」
「そうだよ」
阿倍の答えに、そうか、と言葉を残したまま、また無言の時を迎える。
「それなのに、肝心のあんたはこれだもんな。鍵を握ってるって意識を持って欲しいぜ」
「今、持ったさ」
阿倍のあてつけに、男が淀みなく返す。
思わず男を顧みる。
目が合うと、男は口元だけで笑う。
「どうやらそうらしいな」
と阿倍もつられて口元で笑う。
(続く)
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