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ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア 第8話

【前回の話】
第7話https://note.com/teepei/n/nd499cf58416c

 翌日、家を引き払うことに決めていた。

 一人でいるには広すぎるうえに、損失の補填にもまだお金が必要になる。
 もっと小さいアパートに引っ越して、やり直すことに決めていた。

 一日を部屋の片づけに費やし、久々に体を動かしたせいか、夜もぐっすり寝ることができた。
 快適な朝を迎え、コーヒーを淹れてテレビを点けた。

 木村が死んでいた。

 テレビでは訃報をこぞって取り上げている。どういうことだ。
 一昨日は元気だったじゃないか。

「昨日十八時頃、ご自宅で亡くなっている木村忠さんが発見されました。
 急性の心不全によるもので、発見時は死亡からあまり時間が経っていなかったとみられています」
 
 それ以上の情報は入ってこない。
 しばらく放心していた。

 よく生きるんだぜ。

 そう言っていた本人が、だ。

 悲しさと同時に怒りがこみあげ、混乱する。
 そしてまた、生きる意味を見失いそうになる。

 何故だ。

 どれほど時が経ったのか、それから新聞を取りに行き、木村の訃報を探す。

 記事はあったが、読む気になれなかった。

 また時間が流れ、文字をたどって告別式の日時を知る。その日時を、しばらく見入っていた。

 告別式で、高校時代の人間にはほとんど会わなかった。
 知らない顔ばかりの中、木村に別れを告げた。
 来たところでどうにもならない。
 そんなことは分かっていながら、結局は来ることを選んでいた。

 告別はあっさり終わり、埋まらない空白に意識を奪われ、帰りがたいままホールの椅子に座っていた。
 ここですることはもう何もない。
 しかし帰って何かをする気にもなれない。
 それどころか世の中に未練が無くなっていた。

 せっかく海で引き留めてもらったけどな。

 そんなことをふんわり考えながら、窓の外を遠く眺める。
 だから、声を掛けられても遠くにしか聞こえなかったのかもしれない。
 ようやく気付いた時には、相手の女性の声が少し荒げて聞こえた。

「何度呼ばせんだよ」
「え…ああ、すみません」
 気の抜けた謝罪に効果があるはずもなく、それどころか逆なでしたのだろう。
 しゃんとしなよ、と背中を強くたたかれる。細身の割には力強かったことに驚く。
「木村と会ったろ、最近」
 ああ、と応じながら、何で知ってるんだろう、と思い、しかしすぐにどうでもいいとも思ってしまう。
「木村、言ってなかった?未来を見たって」

 未来。

 そういえば木村がその言葉を口にしたあの時、何かが脳裏をかすめていた。
 そもそも木村は何故あそこにいて、何故死のうとしていることを知っていたのか。
 つまり、未来を見たんだ。
 自分の将来だけでなく、あの海の光景までも。

 しかし。

「なんでそれを」
「私が見せたから」
(続く)

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