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罪 第20話

【前回の話】
第19話 https://note.com/teepei/n/nc33183617371

ふん、と息をつき、顎を擦りながら本山が続ける。
「その、完全自走というのは、どの程度のことを」
「ああ、自走というよりも、暴走かな。我々の支配から飛び出した。ただし、目的を持っている。自律的意思を持ち、自ら望む目的のために動き始めた、と言えばいいのか…」
言葉の響きには、不可解さを飲み込めない動揺がわずかに伺える。
しかし、硬く強い髭と癖のある頭髪に埋まっているため表情は見えない。
加えてその巨体が、動揺とは無縁に思わせる。
「人工知能を」
「ああ、搭載している。元々館内案内用に仕立てた簡易なものだが、館内の客の様子を観察学習して、最適な対応を提供できるように仕込んである。今回の設備に関して言えば、被験者の様子を観察して安定させる役割を担っているが…」
通信文字が現れたというモニタは、電源が入っているが暗い。
思案深げに見つめ、日下部がモニタに手を置く。
まくった白衣の袖から覗く腕は太く、この仕事には持て余すしかないように見える。
「でもあり得ん。自分で言っておいてなんだが、自律的意思を持つ人工知能なんて途方もない話だ。ここの設備ではとうていあり得んよ。まるで出来の悪いSFだ」
深いため息ののち、日下部はもじゃもじゃの頭を掻く。
「向こうからの通信は何と?」
「外部ネットワークへの解放を求めていた。今回の臨床試験は外部からの影響を避けるため、外部とのネットワーク接続を物理的に遮断している。つながっているケーブルは一つもない。もしつながっていたとしたら、もっと深刻な事態になっていたかもしれん」
「深刻な事態とは、どのような」
「わからん。俺には現状にさえ追いつけんよ」
相変わらず分かりづらい動揺と深いため息ののち、改めてモニタを見つめる。
それから意を決したように、再び口を開く。
「さっきの通信文字には続きがあってな。
必要ないことかもしれんが」
「続き」
「そう。『外部ネットワークへの解放を望む。すなわち罪の解放である』」

          ***

四方を白い壁に囲まれ、やや圧迫を覚える。
刑務所の面会室には、独特の重い空気が漂う。
本山は相変わらず慣れないままだった。
「罪の解放、ねえ」
そう言いながら、五分に刈り込んだ頭を撫ぜる。
灰色の囚人服に身を包んだ谷崎が、アクリル板の向こうに座っていた。
「それで、俺に何か関係あんのかよ」
(続く)
【次の話】
第21話 https://note.com/teepei/n/ne7d9258e0ee2

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