サムライ 第10話

【前回の話】
第9話https://note.com/teepei/n/n7acfb7adc7e0

すると突然、確かに、と切り出して、こう続けた。その子の抱えているものを下ろしてあげたいのなら、聞き役に徹するのが一番だろうな、と。それは、その通りのことなのだ。気持ちを打ち明ければ関係性も変わり、話を聞いてあげられなくなる。そうすれば彼女は吐露する場所を一つ失うことになる。結局それは、俺の望まないことだった。それに少し気持ちが強すぎる気もするしな、と徳本さんは付け加える。片方の気持ちが強すぎれば、それは相手を圧迫しかねない。そんな内容のことを徳本さんは説明し、少し遠い目をする。
「それは徳本さんの経験談ですか」
 と尋ねると、照れくさそうに、いやそんなんじゃねえよ、と手と首を振る。
「奥さんとのことでも思い出してたんでしょう」
 もうやめてくれよ、とさらに照れくさそうに、徳本さんは首をすくめてしまう。そんな愛すべき徳本さんの振る舞いが、俺の気持ちをゆっくりと穏やかなものへ変えていく。そして、抑え込まなければならないほどの烈しさを忘れ、少し突き放して見ることができた気がしたのだ。だが、まあ、と徳本さんは続ける。そういうのは理屈じゃ収まらんからな、どうしてもってなら、ぶつかってみりゃいいよ。そんな風に話を混ぜ返され、そんなあ、と俺はぼやく。
「それじゃあ結局、どうすればいいんですか」
 苦笑して、そう言い放つだけの余地が生れていた。そりゃあ自分で決めるんだ、と答える徳本さんに、さっき奥さんとのことを追求した復讐ではないかと思いながら、いい加減だなあ、とぼやいてみる。それでもまあ、話を聞くことくらいはできるから、と、徳本さんが俺を飲みに誘ってくれた。やはり徳本さんなのだ。ここぞ、という時には寄り添ってくれる。しかし俺は丁重に断った。あんな風に奥さんのことを思う人なのだから、どうあっても奥さんの元に帰してあげたい、と痛切に思ったのだ。
「本当に大丈夫ですから」
 と笑って返す俺に、そうかい、と優しく肩を叩いてくれる。締め付けられる思いを心に浮かべながら、ゆっくりと立ち去る徳本さんの背中をいつまでも見遣っていた。
(続く)

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