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罪 第30話

【前回の話】
第29話 https://note.com/teepei/n/nbdcd52af24c5

また一人、近づいていきた。
そうして一人、また一人と同僚が近づいてくる。
その当時の彼は、要領の悪さをいつも上司に叱られていた。
仕事の出来ない男としか見てなかったけど、傲慢な私が理不尽を通している裏で、彼はいつも人の手助けをしていた。
そんなこと、私は気付くはずもなかった。
「大体あんたは人を助けといて自分のことを放っておくから性質悪いのよね。叱られるあんたを見てる、こっちの気持ちにもなってよ」
同じく近寄ってきた女性の同僚が彼を批判する。
でもそれは、彼という人間に対しての信頼を謳っているのだ。
私はその時、初めて自分の傲慢さを思い知らされた。
だって私は誰からも信頼を得ていない。
「私も、今はそんなに忙しくないから」
あのYちゃんが、そう言って傍に立ってくれた。
私はYちゃんをうまく見上げることができない。
膝の上の手を強く握りしめて、声を絞り出すので精いっぱいだった。
「今まで、ごめんなさい」
そしてやっぱり顔をあげられない。
だって涙で崩れた化粧なんて、みっともなくて見せられたもんじゃない。

みんなのお陰でミスを取り戻すことができ、そして私は変わり始めた。
同僚との信頼関係も徐々に回復していった。
同時に、彼に惹かれ始めた。
最初に食事に誘ったのは私だった。
ちょうどこれから夕飯に行こうと思ってたんだ、と言って連れていかれたのが焼き鳥屋だった。
狭くて古くて、いつもの私なら絶対に入らない。
そっか、あまりこういうとこ来ないよな、と彼は反省したけど、私は、全然平気、と嘘をついた。
興味があったのだ、彼を形作るすべてに。
どちらにしろ、そのお店は私のお気に入りになった。
料理はおいしかったし、お店は古いけどよく見ると手入れが行き届いて、その古さが返って愛おしく思えた。
そうして彼を知っていき、付き合おうかと彼が切り出した頃には、私は心から彼を愛していた。
しかしそれから一年も経たないうちに、彼はいなくなってしまった。
もしこれが、変わる以前の私の罪に起因するのであれば、私の罪は彼を殺した。
償われるどころか、罪はいっそう深い。
もしまた誰かを愛するとして、その罪はまた愛する誰かを殺すのだろうか。
日常は過ぎていき、わたしは仕事に没頭した。
そんな中、『シャングリ・ラ』の臨床試験の話が部内に出回った。
(続く)
【次の話】
第31話 https://note.com/teepei/n/nf453946cb6bb

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