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ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア 第14話(最終話)

【前回の話】
第13話https://note.com/teepei/n/n0ef3d1ffd2e1

***

 翌日、家の片づけを再開した。

 やり直す決意を再び固めていた。
 ほとんどが不要のもので、処分をすればおおかたケリが着いた。
 小さなアパートへ引越し、近くの倉庫に雇ってもらった。
 地道な再起だった。
 でも、それで良かった。

 木村はかなりの原稿を書き溜めていたようで、亡くなってからしばらくは遺稿が発表された。

 端から全て、作品を読んだ。
 意表を突かれ、涙し、度肝を抜かれ、絶望し、血を滾らせ、そして魂を揺さぶられた。
 夭逝の天才と呼ばれ、木村が聞いたら恥ずかしさで卒倒しそうだな、なんて考えてみる。

 倉庫の仕事をこなしながら、淡々と時は過ぎていった。

 休日に本屋へ立ち寄る習慣ができていた。
 見て回り、目に止まったのは文芸誌の表紙だった。
 木村の遺稿の発表。
 さすがに未発表の作品も少なくなり、世間の熱もおさまってきた。
 『最後の遺稿』と押し出す割には取り扱いは大きくない。
 それでも木村の作品だし、何より題名が気がかりで購入してみる。

 公園のベンチはまだ空いていた。
 しかし寛ぐにはまだ寒く、ベンチどころか周りに誰もいない。
 それでもここで読みたかった。
 澄み渡る空は気持ちよく、冷えた空気は凛として冴えている。
 卒業式の日に似ていたのだった。
 ベンチに座り、さっそく冊子を開く。
 書き出しは、こんな風だったー

「俺は君を許す」
 静かに発せられたのは、こちらが乞うたわけでもない許しだった。

 ーそれは、俺の視点で描かれた、俺と木村の話だった。

 突然の再会。
 二人で過ごした一日。
 木村の死。
 告別式でのこと。

 そう、つまりはこの物語そのものなのだ。

 そして、木村の見えていた未来。

 最後にたどり着いたのは、俺の見た未来の光景だった、と水野清美は言っていた。

 でもそれはちょっと違う。

 この物語にはもう少しだけ先がある。

 それは、こんな結末だったー

 木村と俺の、再会の物語。
 木村は俺の未来をつなぎ、俺の未来は木村の物語となった。
 その絆をゆっくり確認するように、大切に文字を追う。
 時折文字が滲み、ページに落ちてしみを作る。惜しむようにページをめくる。
 物語の果てにたどり着いたのは、この公園のベンチに座り、手元で冊子を開いている俺自身だった。
 物語は終わりを迎えたのだ。
 そこには木村から、こんな献辞が添えられていた。

 残念ながら、話はここまでだ。
ふたりで映画を見に行った帰り道、君は憶えているだろうか。
 いつかこの映画のような小説を書きたい、と言ったことを。
 ようやく書けた気がする。
 少し風変りな物語だけど、でも一緒に海を見に行ったのは君しかいないんだ。
 そして君でなくてはならなかった。
 だからこの物語にはあの映画の題名を掲げ、君に捧げる。

 よく生きるんだぜ。

 改めて題名を見る。
 次第に滲んでいく。

 しばらくしたのち、ようやく本を閉じたのだった。
(了)

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