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ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア 第13話

【前回の話】
第12話https://note.com/teepei/n/na1c6754f904e

 ぽつぽつと、生暖かい雨が当たる。

 体は包まれているみたいで心地いい。
 穏やかさに満たされていた。

 暗いのは目を閉じていたせいだった。
 重く感じたが、瞼をゆっくり開けてみる。

 久々のようで、飛び込んでくる光は差すように眩しかった。
 次第に輪郭を帯び、人影が像を結ぶ。
 そして何かを囁いている。

 あなた、と話しかけているようだった。

 白髪の混じる品の良さそうな女性が覗き込んでいる。
 心配そうでありながら優しい目は、涙で滲んでいた。雨ではなく、涙だったのだ。
 手を動かそうとするが、重くて動かない。
 どうやら布団が掛けられていて、その重みも跳ね返せないらしい。
 様子を見かねて、意図を汲み取った女性が布団から手を取り出す。

 顔を触りたい、と思った。

 女性は大事そうに手を抱えながら、自らの顔に添える。
 安堵感はいままで味わったことのないものだった。いるのは女性だけではない。
 取り囲むようにして多くの人間が覗き込んでいる。
 それぞれの口々で、お父さん、お爺ちゃん、と語り掛けてくれているようだった。

ようやくそれが、自分の家族であることに気付く。

 失ったと思っていた。
 もう二度と取り戻せない、と。
 それが、こんなに。

 話しかけたかった。
 どんなに愛おしいか。
 どれほど感謝を覚えているか。
 顔に添えられた手に体温が伝わる。
 しかし次第に、己を支える力が抜けていく。

 待ってくれ。
 まだ離したくないんだ。
 待ってくれ。

 手に添えられた体温を追ように、振り絞って顔を向ける。
 女性の、優しい微笑みがあった。
 強く目に焼き付けながら、次第に瞼が重くなるのを感じる。
 閉じた闇でも、しばらくその愛おしい笑みは消えなかった。


 頬に触れると、涙でぬれていた。
 これが、本来の死期。
 かざされていたはずの手はいつの間にか収められていて、ふと見ると水野の頬にも涙の伝った跡があった。
 こちらの視線に気付くと慌てて向こうへ顔を逸らし、手のひらで跡を拭う。
「くそ、泣くのは分かってたのに」
 悔しそうに振る舞いながら、水野は続ける。
「私が見せる死期には人によってぶれがあってね、中には死んだあとの大分先まで見る人もいる。
 多分、その人の死に様に関わってくるんだと思うけど、ほんとは良く分からない。
 お粗末なもんだよ、自分でコントロールもできないなんて。
 木村の場合はね、死んだ先どころか、あんたの未来までも見えていたんだ。
 先週会った時に言ってたよ。
 最後にあんたが見る未来に辿り着いたって。
 かけがえのないものだったって。
 どんな未来かって聞いたんだけどさ、あいつ、教えてくれないんだよ。
 教えることで、私が泣くはずの未来を変えたらつまんないじゃないか、とか言って。
 それ聞いて、絶対泣くもんか、って思ったけど」
 そう言いながら、ハンカチで拭いなおしているようだった。
 鞄にハンカチをしまうと正面に向き直る。

 元の水野清美に戻っていた。

「見えたのはほんのちょっとだったけどさ。
 最高じゃないか、あんたの未来」

 人目もはばからず泣いていた。
 ホールに人はほとんどいない。
 水野清美は隣で静かに座り、やはり遠くを眺めているのだった。

***
(続く)
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