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【読書レビュー】翻訳会社の中の人の「2020年の1冊」

こんにちは。最近、読書の大切さを再認識しているハリーです。この10年20年で、世の中にはさまざまな形態のメディアが登場しました。文字だけでなく、動画や音声を主体とするもの、それらを組み合わせたものもあります。しかし中には、発信されるコンテンツが偏っているものや、枝葉末節の見栄えのよいところのみを集めたもの、正当性が疑われるようなものも (発信する側としては、自戒を込めて・・・)。ですから、できるだけ一次情報に近く、体系的にまとめられていて、発信者の責任でもって書かれたり編集されたりしているものに当たりたいですね。それには、今のところ読書が一番なのかも。

さてさて、前置きが長くなってしまいました。弊社には読書好きが多く、面白かった本、ためになった本を社内のチャットで紹介し合っています。その中から、2020年に特に刺さった本を、Twitterで「『#翻訳会社』の中の人の『#2020年の1冊』」というハッシュタグを付けて共有しました。この記事では、その投稿を1つにまとめてご紹介します。
2021年も、素敵な本と出会えますように!

『マーダーボット・ダイアリー 上・下』(マーサ・ウェルズ著、中原尚哉翻訳、創元SF文庫)

川津🌱です。
人型警備ユニット、平たく言えばアンドロイド(バイオノイド)が主人公のSF小説です。まず一人称を「弊機」とした翻訳の妙。また、主人公が自身の統制モジュールをハッキングして自由を取り戻しているにも関わらず、それを隠して任務をほどほどにこなし、余った時間で連続ドラマに耽溺するという絶妙にしょっぱい日々。人づきあいもとことん苦手です。色々あって逃亡生活をすることになりますが、一貫して「弊機」の後ろ向きなモノローグに惹きつけられっぱなしでした。続編も邦訳刊行予定。(川津🌱)

『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』(戸部良一その他著、中公文庫)

REX🦖です。
第二次世界大戦中の6つの代表的な戦闘を取り上げ、戦術ではなく組織論として、悪かった共通点をあぶり出しその原因を探る内容です。
結果よりプロセスを優先、誰も責任を取りたくないから決定的な命令を明言しない、フィードバックがない、情報や経験が共有されないなどなど、システマチックな組織運営が全くできていなかったんだなと思いました。平時や限定的な状況でのみ組織が最適化されてしまっていると、環境が変わるとどうにもならない、というのは全く同意です。細かい戦史に踏み込んでいるので、戦術や戦略に興味がないと読みすすめるのがしんどいです。
ただエッセンスの部分は80年近くたった今でも色あせておらず、当時と同じ問題は今でも会社組織であるあるな現象なので僕には刺さりました。(REX🦖)

『詩を読む人のために』(三好達治著、岩波文庫)

嘉汕🐸です。
近代詩(執筆時点では「現代詩」)を初めて読もうとする人向けに、島崎藤村、萩原朔太郎など、明治~昭和初期の詩を解説した一冊。
詩人ならではの感性で各詩を読み解きながら、押し付けがましさがまるでない(ときには「私の解説などはもうこの辺で…」とするような)謙虚さに溢れた文章で書かれており、全編通してリラックスした気持ちで詩を味わえます。詩を味わうだけなら詩集を「孤独な心」で読めばいいのですが、謙虚な著者と連れ添って読むと、同じ詩でも新しい発見に出会えるだけでなく、心の動きが何倍にも大きくなります(体験談)。普段詩を読む人、読んだことがない人のどちらにもおすすめです。
なお、これに初めて触れた時期はたぶん学生の頃なのですが、いろいろなことがあった2020年において一番読み返したという意味で選出しています(嘉汕🐸)

『子どもが聴いてくれる話し方と子どもが話してくれる聴き方大全』(アデル・フェイバ、エレイン・マズリッシュ著、三津乃・リーディ、中野 早苗翻訳、きこ書房)

光留✨です。
私は『子どもが聴いてくれる話し方と子どもが話してくれる聴き方大全』を。
今年は長女がイヤイヤ期に突入したので読んでみました。ちょっと厚みのある本で、何度も読み返すのは少々骨ですが、ポイント部分が漫画になっているので使いやすい(&思い出しやすい)です。
技法の内容的にも、「まぁ」「そうなの」だけであるとか(画像1枚め)、イライラすること自体を禁じていないとか(2枚め)、簡単に実践できるのが多くて好印象。もちろん、ちょっと応用に工夫が要るものもありますけれどもね。(光留✨)

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『急に具合が悪くなる』(宮野真生子・磯野真穂著、晶文社)

ハリー🦔からはこれを。
重い病に冒された若い哲学者と人類学者が交わす往復書簡です。いわゆる闘病記的なものではありません。病とは、生きるとは、不運と不幸とは、「この病に冒されない未来もあったはず。にもかかわらずなってしまった」偶然性とは、他者と共に人生の軌跡を刻んでいくこととは、等々、それぞれが哲学や人類学の研究で培った知識を交えながら、ガチンコの真剣勝負で、でもお互いに対する信頼や親愛の情を大切にしつつ切り結びます。正直、圧倒されました。言葉を使って文化や哲学、人間の存在と向き合う仕事を長年してきた人たちの書く文章って凄まじい。仕事がら、言語・言葉・文章というと「言語処理」「機械翻訳」みたいなものが近くにあり、世間でも「GPT-3なら高精度の文章を書ける」みたいなことが喧伝されていますが、そういう単なる情報・データとしての文章とは次元が違う。陳腐ですが言葉の力みたいなのをあらためて認識しました。願わくば、こういう文章を書けるようになりたい、と思ったり。ともかく、凄い人たちの凄い本でした。2020年のマイナンバーワン。(🦔)

書評はこちら。

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『新・生産性立国論』(デービッド・アトキンソン著、東洋経済新報社)

REX🦖です。2冊目です。
中小企業再編論者の著者が、日本の生産性の低さとその処方箋を列挙する内容です。
序盤で「生産性」と「効率性」は別物と言っていたのはそのとおりだと思いました。付加価値が低く人気のないものを、いくら効率よく作っても意味がないと。

また「GDPの増加より幸福感の増加」といったカネが全てじゃない論に対して、少子高齢化で社会保障費が増え続けながら労働人口が減ってる今、そんな腑抜けたことを言ってる場合じゃないと一蹴していたのも納得がいきました。皆で付加価値をつけていかないと現状維持すら厳しいというのが現実かもしれません。(REX🦖)

『凍』(沢木耕太郎著、新潮社)

よんのすけです。
私からは『凍』(沢木耕太郎・新潮社)を。
日本人クライマーである山野井夫妻によるヒマラヤの高峰・ギャチュンカンへの挑戦を描いた物語。指を失ってしまうほど壮絶な登山の一部始終が克明に描き切られています。しかし、読後に印象として残るのは登山の悲惨さではなく、挑戦をやり遂げた夫妻のすっきりとした感情と未来に向かっていく力強さです。
『深夜特急』から入って沢木耕太郎のエッセイやインタビュー集などはよく読んでいたものの、長編のノンフィクション作品は敬遠していました。一般にノンフィクションというと人の生死に関わるような重たいテーマを扱っているようなイメージがあったからです。今回、たまたま古本屋できれいな状態の単行本が見つかったため手に取ってみたところ、圧倒的な筆力に驚かされました。沢木耕太郎の魅力を再発見できた本作が、私にとっての今年の一冊です。『凍』が発表されたのは2005年と15年も前ですが、今でも読者を十分に楽しませてくれます。(よんのすけ)

『ギャングース』(肥谷圭介×鈴木大介/ストーリー共同制作、講談社)

アチャ子です。
私からは、『ギャングース』(肥谷圭介×鈴木大介/ストーリー共同制作)を。犯罪者をターゲットに「タタキ」稼業を生業とする少年たちのストーリー。個性的な絵柄でインパクトの強い登場人物を描く肥谷先生と、若い犯罪加害者たちを取材し続けてきた鈴木記者が作り出す本作のテーマは「子供たちの貧困・虐待」。(良い意味で)漫画らしいご都合展開や登場人物の個性でスピーディーに話を進めつつも、貧困や虐待が日常生活にもたらす弊害を話の随所でさりげなく描く本作は、笑えるフィクションの中に絶妙な生々しさがあり、問題の根深さを読者が苦しくならないギリギリのラインで伝えてくれました。コロナによって貧富の差が拡大し、家庭内暴力の問題も深刻化していると言われた2020年。そんな中、「俺たちは何も変わっていない」と静かに叫んでいた子供たちのセリフが妙に心に残った作品でした。(アチャ子)

『時間は存在しない』(カルロ・ロヴェッリ著、冨永 星翻訳、NHK出版)

川津🌱です。
量子物理学者である著者が、「時間」に関する最先端の解釈を分かりやすく紹介しています。何のこっちゃと思って手にとった結果、辛うじて私の頭に残ったのは次のような内容でした。

✔ 時間とは、現実の変化を計測するために生物が勝手に作り出した概念
✔ 現実の変化速度は場所によって違うので、宇宙全体に一貫した「時間」が流れているわけではない
✔ 過去、現在、未来という因果の流れも、宇宙全体で見れば局所的なものなので、宇宙全体に「現在」という一瞬があるわけではない

確かにたった1cm向こうで起こる現象でも、観測するには光なり素粒子なりが往復する時間が必要ですし、出来事の発生速度自体も異なるなら、そもそも「現在」って何?ってなりますよね。極めて近い場所同士で、時間のズレを逆算しながら「同時にこれが起こっただろう」と推測するのが関の山だそうで。

つまり時間とは、人間や生物の視野(宇宙に比べればミクロな視野)を通じてしか成立しない、主観的な仮想尺度なのだというお話でした。とはいえ本から顔を上げれば、自分は地球にいて人間の尺度で生きているので、「時間」との付き合い方が大きく変わることはなさそうです。(川津🌱)

元天文屋として食指が動いてしまったので嘉汕🐸も読みました。

「時間は万象に共通で連続的」という思い込みを、まずは相対性理論から生まれた「固有時」の概念でくずし、さらには離散的な量子論の概念を取り入れることで、世界は時間によらず記述できる、という思考の流れが素敵な一冊。(承前)朔太郎さんが『詩の原理』で「科学は詩的精神の最も大胆な反語」と言われていますが、本書の語り口はよくある科学書と異なり、徹頭徹尾情緒的でなじみやすいものでした(嘉汕🐸)

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