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さよならモラトリアム 第4話


「こんにちは。椿スミレです。プロフィールのご記入、ありがとうございます。それでは、柊茉莉子(しゅうまりこ)さんのカウンセリングを始めていきます。宜しくお願いします」
「あ、宜しくお願いします」


 スミレは一度しか名乗らなかったはずのあたしの本名を覚えていて、その名前で呼んでくれた。
 スミレにはここ数日のことをすべて話した。大学を卒業してからも続けている就職活動がうまくいっていないこと、アルバイト先の店長に告白して振られた挙句、「気持ち悪い」と言われてクビになったこと、それらを苦に大量の薬を飲んで自殺を図ろうとしたら母親に見つかり、ほとんど何も持たないまま家を追い出されたこと。
 そんな情けないことの一つ一つを、スミレは馬鹿にすることもなく、淡々と聞いてくれていた。カウンセラーという立場上、こんな話を聞き慣れていたのかもしれない彼女の態度が、今のあたしにはとても心地よかった。


「マリコさん、それで、今日はどうするつもりなんですか? 帰られへんのでしょう?」

 スミレの言葉で、あたしは我に返る。もし家に帰れば、柊百合子はあたしを侵入者として警察に突き出すだろう。仕事もなければ、金もそこまであるわけではない。あるのは就職活動に必要なものばかりである。こんなものが、何の役に立つのか分からなかった。

「あっ、野宿しようと思ってました。あたしみたいな女襲う物好きもいませんし、お金持ってないですし、最悪あたしなんか死んだところで誰も悲しまへんやろうな、と思うので」
「お金は要らん。今日は泊まって行って」

 スミレはあたしがすべてを言い終わらないうちに、力強い言葉を返した。これは何かの罠だ、とも思ったが、あたしはただ、彼女の言葉に甘えることしか出来なかった。もう、今のあたしにはそれだけの力しか残っていなかったのだ。あたしはただ一言、力なく「いいんですか?」とだけ聞いた。

「マリコ、生きていけるようになるまで、ここにおって。仕事を探してるんやったら、ここで働いて。ちょうど人手が足らんかったの。その代わり、私がマリコの生活を保障する」

 スミレが出してきたのは、今のあたしにとっては余りにも魅力的な提案だった。迷わず受けたが、彼女がどうして、ただのフリーターだったあたしにここまで尽くそうとしてくれているのか分からなかった。迷うことなく、あたしは彼女に問いかける。

「椿さん、どうして私にここまでしてくれるんですか?」
「特に理由はないねんけど、この手を離したらあかんと思ったんよ」



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