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さよならモラトリアム 第6話


 その柊百合子がロイヤル・パレス・ナニワにあるスミレのカウンセリングルームを訪れたのは、一月四日の朝一番のことであった。
 もちろん、この手の機関に対して強い差別感情を抱いている柊百合子が、患者として訪れるはずもなく、目的はあたしの奪還であった。
 もっと言えば、あたしの幸せな生活を奪い去るために、柊百合子はここに来たのである。あたしにとって救いだったのは、この一連の会話をスミレに聞かれなかった事であった。
 カウンセリングルームの営業開始までには少し時間があったので、スミレは自室で勉強をしていたのである。この仕事には常に勉強が必要なんよ、というのが、スミレの口癖であった。

「マコちゃん、逃げようとしているのね。でも出来ないわよ。あなたはダメな子だもの」
「どこで、ここを知ったんですか」

 冷静を取り繕ってみせたが、あたしの心は恐怖でいっぱいだった。あたしが何を頼んだ訳でもないのに、柊百合子は全て説明した。
 このカウンセリングルームの場所はインターネットで調べたこと。まだ削除できていなかったあたしのSNSを見て、あたしとスミレが繋がっていると気付いたことなどを、彼女は顔色一つ変えることなく、淡々と語った。
 それだけでなく、柊百合子はあたしが口にしなかった「現実」さえも話した。あたしは都会へ出て、綺麗な仕事が出来るほど優れた人間ではないということ。あたしは悪い人間に騙されて、楽な方向に逃げているということ。

 それらの戯言を、初めのうちはあたしも黙って聞いていたが、次第に我慢が出来なくなって、思わず叫ぼうとした。

「そんなことを言いに来たんですか。帰って下さい。もうあなたと私は関係ないでしょう」

 隣の部屋からスミレが出て来ないことに安心した。しかし、それ以上に、自分の声が小さく震えた弱々しいものになっていることに気付いて、あたしは恥ずかしくなる。そんなあたしを見下すかのように、柊百合子は玄関に立ち、捨て台詞を吐いて出て行こうとした。

「ダメなくせにそれを認めようとしないところ、お父さんにそっくり。私とは合わないわ」

 どういうつもりだ、と言おうとして立ち上がったあたしを、柊百合子は制止して、さらに言葉を続けた。次の言葉を聞いて、あたしは何を言おうとしたかを忘れてしまった。

「椿スミレ。あの女はあなたのお父さんの娘よ。私が付き合ってあげる前に生まれたのよ」

 それだけ言うと、あたしの言葉を待たずに、柊百合子はドアを閉めて行ってしまった。しばらく呆然としていると、スミレが心配した様子でこちらへやって来た。あたしはスミレに「何でもないから大丈夫」とだけ言って、次のカウンセリングの準備に取り掛かる。



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