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さよならモラトリアム 第3話

 騙されるか騙されないか以前に、どうせ誰も見やしないだろう。そんな風に思って、何も考えずに書き連ねたくだらない戯言を誰かの目に晒してしまったことに、あたしは強い恥ずかしさを覚える。
 椿スミレがこの謝罪を読んだら、こんなSNSはすぐに辞めよう、と決心した。できることならば、あたしのことも綺麗さっぱり忘れて欲しい。


「私もかなり田舎の方ですが、大阪に住んでいます。このミニブログは誰かに向けて書いているものではないので、気にしないで下さい。迷惑をかけて申し訳ございませんでした」
「迷惑だとは思っていません。今日はちょうど一人分カウンセリングの予約のキャンセルが出たところなので、良かったらお話を聞かせてもらえませんか? お待ちしています」


 すぐに返事が届いて、あたしは自分の言葉があまりにも素っ気ないことを後悔した。それでも、まだ油断することは出来ない。
 フリーのカウンセラーという肩書きは嘘かも知れないし、もし本当だとしても、あたしの置かれている立場を馬鹿にしてくる不安もある。
 うかつに自分の素性を明かさないようにしながら、あたしは椿スミレとの待ち合わせにこぎつけることが出来た。
 今日の予約をキャンセルした依頼人が元々予約していた時間である午後二時に、あたしは椿スミレがいるカウンセリングルームを訪れることにした。
 椿スミレがコメントで教えてくれた「ロイヤル・パレス・ナニワ」という建物を探したが、コメントに書かれていた住所には、それらしきビルは見当たらない。
 代わりに、天にそびえるようなタワーマンションが建っていた。住所の末尾にある「四八〇四」というのが、どうやら椿スミレのカウンセリングルームの階数と部屋番号を意味しているらしい。

 もし、道に迷ったときのために、余裕を持って近くにいようと思ったが、それにしても早く着き過ぎてしまったようだ。エレベーターで四十八階まで辿り着くと、予約していた時間まであと十分ほどある。
 急に緊張が込み上げてくる。カウンセリングを始める前にトイレに行っておきたいと思って、あたしは四八〇四号室のチャイムを鳴らそうとした。
 開いたドアからは、依頼人らしき若い男とともに、椿スミレが姿を現した。白衣こそ着ていなかったものの、プラチナブロンドのボブカットは、プロフィールのアイコンで見覚えがある。
 ハイネックのリブニットワンピースを持ち前のプロポーションで着こなす椿スミレは前の客を見送って、こちらを見た。彼女の甘い顔立ちには、パステルブルーがよく似合う。


「あ、あの、シュウマリコです。あ、早く着き過ぎちゃってすみません。あ、トイレだけ貸してもらっても大丈夫ですか」

 どうぞ、と言われて、あたしは慌てて四八〇四号室のトイレに飛び込んだ。これからあの美女に話を聞いてもらうのだと思うと、急に怖くなった。
 できることなら今すぐここを抜け出してしまいたいと思ったが、抜け出したところで行く場所などどこにもない。救いが欲しくてここに来たことを思い出して、あたしは椿スミレの待つ部屋へ向かった。



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