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ウェアラブルデバイス x 「飲酒」を斜め読み

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。
データサイエンティストの杉尾です。主にデジタルバイオマーカーの開発プラットフォームである(SelfBase)の機能開発や、そこで収集されたデータの解析を担当しております。

 2024年の年始の新年会などはお済みになられましたでしょうか。正月太りという言葉もあるように、このシーズンは生活習慣・食習慣が乱れがちなものですよね。私は風邪を引いてしまい、実家に帰ったはいいが、ただただ寝込むというオートダイエットなお正月を過ごしておりました。

 今回は、大人の嗜み?である「飲酒」に着目し、研究事例を整理します。また、ウェアラブルデバイスを活用した社内の実験も簡単ですが紹介します。これから研究や実証実験を進めていきたいと考えていらっしゃる方々の情報収集の助けになれば幸いです。

1. 研究事例紹介

事例1:赤ワインなどのアルコール摂取による心拍変動への影響の研究 [1]

研究の背景と目的
 
この研究は、赤ワインとエタノールが心拍変動に及ぼす影響を調査するものです。この研究では、低~中程度の赤ワインとエタノールの摂取が心血管と交感神経系に及ぼす急性効果を包括的に評価し、比較することを目的としています。

実験
 実験は、以下の手順で実施されています。

  • 被験者は、被験者は6人の男性と6人の女性で、年齢は平均35歳(範囲24-47歳)、BMIは平均23(範囲18.4-27.6)kg/m²でした。

  • 介入群は、合計2回の飲酒と3回のデータ計測により、各定量指標を収集しました。水を摂取する対照群も同じスケジュールで実施されました。

  • 血中アルコール濃度(BAC)は呼気によるアルコール検知機器を使用して測定されました。

分析
 
心拍変動(HRV)の分析は、心電図(ECG)を用いて計測されています。信号は1000 Hzでサンプリングされ、呼吸信号とともにデジタル化されました。全ての研究が完了した後、8分間のECG記録から構築されたR-R間隔系列は、時間領域と周波数領域でのHRV分析のために利用されました。

HRVの時間領域分析は、主に以下の項目がチェックされました。

  • 主に迷走神経由来の高周波(HF)

  • R-R間隔の標準偏差(STD)

  • R-R間隔の連続差の平方平均(RMSSD)

  • 50 ms以上異なる間隔の数の割合(pNN50)

  • 幾何学的方法(三角形インデックス)やポアンカレプロット

図1. 介入前後の心拍変動の比較

分析結果:心拍数(HR)の変化
 一杯目の赤ワインはHRに影響を与えませんでしたが、エタノールはわずかに増加させました。二杯目のどちらのアルコール飲料もHRを有意に増加させました(赤ワインで+5.4±1.2 bpm、エタノールで+5.7±1.2 bpm)。


分析結果:時間領域分析
 一杯目のエタノールまたは赤ワインは、RMSSD、STDに変化をもたらしませんでしたが、二杯目はこれらの時間領域パラメータのほとんどを有意な差が確認できました。

表1. 時間領域の指標の変化

RMSSDの減少は、以下のようなことが示唆されます。

  • 迷走神経活動の減少

    • RMSSDは迷走神経(副交感神経)の活動度を反映するため、この値が低下すると迷走神経活動の低下を示します。これはストレス、緊張、あるいは交感神経活動の優位な状態を意味する可能性があります。

  • 自律神経の不均衡

    • RMSSDの低下は、自律神経系のバランスが崩れ、交感神経活動が副交感神経活動を上回っている状態を示すことがあります。これは、心血管リスクの増加、ストレス、あるいは心血管疾患の進行と関連することがあります。

  • 心血管健康状態の変化

    • 長期的にRMSSDが低下すると、心血管系の健康状態が悪化している可能性があります。たとえば、心臓病、高血圧、またはその他の心血管疾患のリスクが高い人々では、RMSSDが低い傾向にあります。

分析結果:周波数領域分析
 一杯目のアルコールは基本値から変化をもたらしませんでした。しかし、二杯目の両方のアルコールは、それぞれの基本値と水を二杯飲んだ場合と比較してHRVに有意な変化をもたらしました。

表2. 周波数領域の指標の変化

 この結果からも同様に、飲酒により副交感神経活動の減少/交感神経活動の増加からストレスや緊張の状態にあること、心血管リスクの増加、身体的・心理的な負荷が示唆されます。

考察
 この研究では、特に2杯の赤ワインまたはエタノールの摂取は、心拍数を増加させ、HRVを抑制し、交感神経を活性化し、迷走神経による心拍数調節を抑制することが示されました。つまり、摂取量を一杯に限定することで避けられる可能性があると示唆されています。
 一方で、この研究は、赤ワインとエタノールの急性効果に焦点を当てており、慢性摂取の効果は評価されていません。さらに、研究サンプルのサイズが小さいことも懸念点ではあります。
 つまり、これらの自律神経の変化は、心血管リスクや死亡率の増加と関連していますが、より精密な結果のためには、長期的なランダム化介入研究が必要だと考えられます。

事例2:fitbitを用いた飲酒に伴う心拍変動の変化に関する社内実験

実験の背景と目的
 
飲酒はリラックス効果などポジティブな効果がある反面、体調不良の原因や疾患リスクの増加などネガティブな効果も持ち合わせています。飲酒による影響を客観的に判断できることで、飲酒量・頻度の内省や行動改善につながり、日々の健康につながる可能性があります。また、飲酒イベントによる生体指標の変化を把握することで、非飲酒時の分析の解像度が上がることも期待することができると考えれられます。このような背景のもと、社内で飲酒のアンケートを実施し、fitbitから得られるデータとの相関を分析し、飲酒した場合の心拍変動の変化を分析しました。

実験
 社内で参加者を募り、飲酒の量・飲酒した時間・残酒感に関する3問のアンケートを実施し、飲酒に関する情報を収集しました。また、自由記載の欄を設けて、後からイベントの解釈をしやすいようにしました。結果、13名のデータが集まり、そのデータを用いて、心拍変動の変化に関して統計的な分析を行いました。

分析結果:飲酒量によるHRVの統計的差
 飲酒イベントのある被験者に対して、全体として飲酒量と強く相関が見られた「一晩の睡眠における、15分時間窓での心拍数の最小値の最大値」(HR_min_max)と「一晩の睡眠における、15分時間窓でのCVIの平均値」(CVI_mean)を可視化し、確認しました。
 結果としては、飲酒量を因子として心拍数ならびにHRVで統計的有意な差が見られました。具体的には、心拍数では飲酒によって増加傾向を示し、SDNN、CVRR、RMSSDやCVIなどは減少傾向を示されました。

※CVI:Cardiac Vagal Index, 迷走神経活動の評価指標

図2. 飲酒量ごとの平均心拍数の差の分析

分析結果:残酒感とHRVの統計的差
 残酒感を因子として飲酒時の心拍数ならびでHRVに統計的有意な差が見られました。飲酒を行い、残酒感を覚えた場合は、覚えなかった場合と比べて、心拍数は増加傾向を示し、SDNN、CVRR、RMSSDやCVIなどは減少傾向を示されました。

図3. 残酒感の有無と平均心拍数の差の分析

考察
 社内での実験の強みは、fitbitなどのウェアラブルデバイス端末を利用していることです。例えば、事例1は、ECGを利用した定点的なデータ観測を主としていますが、ウェアラブルデバイスを利用した場合、心拍データをはじめとする様々なデータにほぼリアルタイムでアクセス可能です。実際に、この実験では、飲酒した日の睡眠時のデータを比較的簡単に収集し、分析しています。そして、実験結果も既存研究とほぼ同様の結果を示せており、この実験方法の有効性を証明することができています。
 今後は、実験の規模を拡大し、さらに細かな心拍変動の推移の確認や個人差の評価を行うことで、心拍変動の指標から見る適切な飲酒量の推定や飲酒に伴う心拍の異常をリアルタイムで検知する機械学習モデルの構築なども検討できる可能性があります。ここで掲載している内容は一部のため、詳細を知りたい方は、是非ご連絡下さい。お待ちしております。

2. まとめ

 「飲酒」することによる心拍変動の変化は、既存の研究でおおよそは証明されています。しかし、個人差が考慮された研究や長期的な介入実験が行われた研究事例は本当に少ないです。それはこれまでのデータ取得難易度が高かったことが要因の一つとして考えられます。しかし、fitbitなどのウェアラブルデバイスで取得したデータを用いて、飲酒した場合の心拍変動の変化を正しく検知することは可能であることは証明されてきています。それにより比較的簡単にデータを集めることができるようになり、データ量及び背景情報が確保できれば、これまで検証しきれなかった個人差を考慮した飲酒状態の評価や慢性的な飲酒に伴う身体への影響の分析も可能と考えられます。もし我々とこのような取り組みをして下さる方がいましたら、是非ご連絡下さい。お待ちしています。

お酒を飲む機会の多い時期ですが、飲み過ぎには注意して、健康第一で過ごしましょう。

 弊社では、多くの腕時計型ウェアラブルデバイス・医療機器を扱い、データの取得・分析を実施しています。心拍変動、睡眠など多様なデータを使った研究や分析を、様々な企業や大学様と進めています。そのために必要な臨床試験のデジタル化、バイオマーカーの開発、必要なデータの収集・分析基盤などもご用意しております。少しでもご興味を持っていただいた方は、お気軽にご連絡ください。

3. 参考文献

[1] Spaak, Jonas, George Tomlinson, Cheri L. McGowan, George J. Soleas, Beverley L. Morris, Peter Picton, Catherine F. Notarius, and John S. Floras. 2010. “Dose-Related Effects of Red Wine and Alcohol on Heart Rate Variability.” American Journal of Physiology. Heart and Circulatory Physiology 298 (6): H2226–31.

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