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ウェアラブルデバイス x 「メタボ予防」を斜め読み

 閲覧ありがとうございます。データサイエンティストの杉尾です。主にデジタルバイオマーカーの開発プラットフォームである(SelfBase)の機能開発や、そこで収集されたデータの解析を担当しております。

 2023年も残りわずかになり、忘年会や年末・年始の休暇も相まって、生活習慣・食習慣が乱れがちな時期になりましたね。今回は、そのような乱れからくる複合的な症状の一つである「メタボリック・シンドローム」の予防に着目し、ウェアラブルデバイスを活用した研究事例を整理します。これから研究や実証実験を進めていきたいと考えていらっしゃる方々の情報収集の助けになれば幸いです。


1. メタボリックシンドロームは何が問題なのか

 メタボリックシンドローム(以下、メタボ)が日本を含む多くの国で公衆衛生上の問題となっています[1]。厚生労働省の2021年度の調査[2]によると、メタボ及びその予備群は、特に男性で年齢が高くなるほど増加傾向にあり、40~74歳平均で5人に2人、65歳以降では2人に1人が該当しています。
 メタボは、高血圧・高血糖・異常な脂質量及び肥満などで構成され、心血管疾患や糖尿病のリスクを高めます[3]。運動などの身体活動はメタボの予防に有効であるとされています[1]が、複合的な要因に基づく疾患のため、単純に運動量を上げるだけではなく、生活習慣の根本的な改善など、個人の努力や公衆衛生的な介入により解決する必要があります。
 そして、メタボ状態を放置することで、後につながる大病の発症やそれに伴う治療費などが嵩み、個人や国全体の医療費の圧迫にもつながる課題です。
 これらの背景からメタボを予防するための様々な研究が行われています。運動だけで解決するものではないとは言え、運動の重要性は非常に大きく、運動量が計測できる腕時計型のウェアラブルデバイスとは相性が良いと言えるでしょう。

2. 研究事例

調査の総評と主張

 ウェラブルデバイスを活用したメタボの研究は、その相性の良さからか、運動量に着目した研究事例が多いです。その多くで、運動量とメタボには密接な関係があることが確認できています。またデジタルヘルスアプリケーションによる運動介入をすることで、血圧などの健康指標を下げることにつながることも確認できています。
 一方で、ウェアラブルデバイスから取得できる運動量以外の数値、例えば心拍数や睡眠、またタイミングや適切な量に関する検討などの詳細までデザインされた研究は見つけることはできませんでした。

 我々TechDoctorは、メタボを予防・改善するために運動量という単体で考えるのではなく、個人の背景や生活習慣を考慮して、適切な介入をパーソナライズできることが重要だと考えています。例えば、日々の運動量や心拍変動、睡眠量などを考慮し、運動量やそのタイミングなどをパーソナライズすることで、なるべく小さな努力で、生活習慣の改善ができることが理想です。そのようなご提案や研究のお手伝いができれば幸いです。もしこのような取り組みに興味があればご連絡下さい。

 これらの背景を踏まえ、調査した研究論文から一部を抜粋して、以下に整理しました。

事例1:日本のオフィスワーカーにおけるメタボリックシンドロームとウェアラブルデバイスによって測定された日常の身体活動の分析 [1]

背景/目的

 この研究では、日本のオフィスワーカーを対象にメタボの状態と日常の身体活動パターンの関連を調査することで、メタボ予防や管理に役立つ知見を提供することを目指しています。

利用データ/実験内容

  • 参加者

    • 男性151名、女性12名で、中央値年齢は44.2歳。

    • 日本内科学会の2005年の基準に基づいて、メタボリックシンドロームの状態に応じて3つのカテゴリー(非メタボ、予備メタボ、メタボ)に分けて、ランダム化比較実験を実施。

  • ウェアラブルデバイスからのデータ

    • Fitbit Versaから収集されたデータ:歩数、アクティブな分数(運動の強度)、心拍数、睡眠時間、移動距離、消費カロリーなどの日々の情報。

  • アンケートによるデータ

    • 研究参加者が提供したライフスタイル、心理的・身体的状態、健康状態に関する情報。睡眠評価、アルコール消費、喫煙、食事、運動、ストレスレベルに関する質問。

研究結果

 分析はマルチレベルのロジスティック回帰モデルによる推定が行われました。次のような研究結果が得られています。

歩数に関する統計分析

  • メタボ群は、非メタボ群と比べて歩数が少ない傾向にありました。

  • 予備メタボ群も、非メタボ群に比べて歩数が少ない傾向にありました。

アクティブな身体活動時間(分)に関する統計分析

  • メタボ群は、非メタボ群に比べてアクティブな身体活動時間が少ない傾向にありました。

  • 予備メタボ群は、非メタボ群と比べて有意にアクティブな身体活動時間が少ないことが示されました​​。

コメントなど

 この論文は、ランダム化比較実験を利用して収集・計測したデータを元に統計モデルによる精度の高い解析を実施しています。メタボ群は予備メタボ・非メタボ群と比較して、歩数もアクティブな身体活動時間も少ないという結果が得られています。メタボ患者とそうではない人で、運動量の差が明確にあることが、ウェアラブルデバイスを利用した実験で確認できています。

 一方でこの実験では、有意な差が見られた結果が少ないなどの課題が残っています。理由としては、分析に利用された163人の参加者による8,265個のデータに対して、統計モデルによる解析時に考慮した共変量の調整が過剰であった可能性が示唆されています。統計モデルによる分析で、年齢や性別・ライフスタイルなどの個人属性などに基づき、得られる結果を正しく調整することは非常に大事ですが、考慮すべき変数を多くしすぎるとそれに比例してデータ量が多く必要になったり、利用すべき解析手法が高度になることがあります。統計的な有意差が全てではありませんが、我々TechDoctorでも、このような統計モデルを日々検証し、正しく機能するような統計モデルの構築に取り組んでいます。興味があればご連絡下さい。

事例2:メタボリックシンドロームに対するデジタルヘルスアプリによる身体活動へのフィードバック提供効果の分析 [3]

背景/目的

 この研究では、スマートフォンのアプリを介したデジタルヘルスソリューションを利用し、メタボ患者の身体活動を促進し健康状態を改善する方法を探求しています。具体的には、ウェアラブルデバイスとモバイルアプリを組み合わせた介入が、患者の身体活動と健康指標にどのような影響を与えるかを検証しています。

利用データ/実験内容

 この研究は、12週間の実験期間のもとで、以下の条件のデータが利用されています(詳細は割愛)。

  • 参加者

    • 20人のメタボ患者(20~64歳)

      • 53人リクルーティングしたのち、前処理などにより除外した23人のデータを利用

  • ウェアラブルデバイスの計測データ

    • 歩数

  • 健康指標データ

    • 血圧、体組成、空腹時血糖、脂質など

 また、メタボ患者を対象にした実験の内容はランダム化比較実験ではなく前後比較です。介入はメタボ患者がウェアラブルデバイスを用いて自身の身体活動をモニタリングできるようにし、モバイルアプリを通じてフィードバックが与えられました。具体的には「1日あたり最低150kcalの消費を目指したウォーキング」を促すといった内容です。
 さらに参加者の身体活動や健康指標(血圧、体重、ウエスト周囲径、体脂肪率など)を、介入前後で比較し、ウェアラブルデバイスとモバイルアプリの寄与を評価しています。

図1. 研究の座組みの図解 [3]

結果

 この研究では、介入によりメタボ患者の定期的なウォーキングが増加し、それに伴って血圧の管理が改善されたことが示されています。しかし、ウエスト周囲径、体重、体脂肪率は、減少傾向にはありましたが、有意差が出るような顕著な変化は見られませんでした。

コメントなど

 運動量の改善と血圧にポジティブな結果が確認されたことは好ましい結果です。ウェアラブルデバイスやデジタルヘルスアプリケーションを利用したメタボ予防を通して、高血圧に伴う疾患の予防が期待されます。

 一方で多くの課題も残っています。この研究は12週間にも渡る長期的な介入実験(前後比較)で設計されています。実験が長期間になると、途中脱落したり、脱落しないまでも収集できたデータ量が少なく解析に影響が出るなどの懸念があります。
 弊社では、なるべく参加者に負荷のかからない実験設計や参加状況のモニタリング、またインセンティブ設計などを工夫して実践しています。興味があればご連絡下さい。

3. 最後に

 今回は、メタボをテーマとしたウェアラブルデバイスの活用事例を調査しました。一度乱れてしまった生活習慣を改善するというのは、簡単ではありません。私が当事者の気持ちを想像してみると、「メタボなんだから運動しろ!」と言われても、「そんなことはわかってるわ!」と思ってしまうかもしれません。メタボの影に潜む疾患の影はすぐに見えるものではなく、危機的状況になるまで対策を講じにくいものかもしれません。だからこそ、簡単かつ効率的にメタボ予防・改善するためのデジタルな介入施策が必要なのではと思っています。いわば、パーソナライズに近いものと想像しています。例えば、運動時間やタイミングの最適化、身体回復を考慮した適切な睡眠時間など、効率的に生活習慣を徐々に改善できる施策などがあれば、私は嬉しいなと感じています(私もよく生活習慣は乱れてしまうのでw)。
 上記でも触れましたが、ウェアラブルデバイスではもっと多様なデータを収集することができます。それらのデータをさらに活用した、個々の生活習慣や身体的変化の特性に応じた効果的な介入パッケージが開発されれば、メタボによる個人や国の課題はもう少し改善されるのかもしれないなと感じています。

 弊社では、多くの腕時計型ウェアラブルデバイス・医療機器を扱い、データの取得・分析を実施しています。今回扱った運動量のデータはもちろん、心拍変動、睡眠など多様なデータを使った研究や分析を、様々な企業や大学様と進めています。そのために必要な臨床試験のデジタル化、バイオマーカーの開発、必要なデータの収集・分析基盤などもご用意しております。少しでもご興味を持っていただいた方は、お気軽にご連絡ください。

参考文献

[1] Yamaga, Yukako, Thomas Svensson, Ung-Il Chung, and Akiko Kishi Svensson. 2023. “Association between Metabolic Syndrome Status and Daily Physical Activity Measured by a Wearable Device in Japanese Office Workers.” International Journal of Environmental Research and Public Health 20 (5). https://doi.org/10.3390/ijerph20054315.
[2] 2021年度 特定健康診査・特定保健指導の実施状況, https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/newpage_00043.html, accessed 2023/12/22
[3] Huh, Up, Young Jin Tak, Seunghwan Song, Sung Woon Chung, Sang Min Sung, Chung Won Lee, Miju Bae, and Hyo Young Ahn. 2019. “Feedback on Physical Activity Through a Wearable Device Connected to a Mobile Phone App in Patients With Metabolic Syndrome: Pilot Study.” JMIR mHealth and uHealth 7 (6): e13381.


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