うつ病のもたらす社会・産業的影響とストレスチェックの有効性
今回の記事は、「うつ病がもたらす社会・産業的な影響」について超簡単に書きました。
TechDoctor のデータサイエンティストの杉尾です。昨今、うつ病等に代表される「こころの病」に関する話題が多くニュースやネット記事、書籍に取り上げられるようになったと思います。今回は、「こころの病」が及ぼす社会的な影響に関して簡単に整理したいと思います。
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1. 日本は毎年3.1兆円失っている
と聞くといかがでしょうか?
これはうつ病に関する疾病費用というもので、治療自体にかかるコストだけでなく、うつ病による将来所得の損失や欠勤による損失も含まれた金額です。概算ですが、日本の医療予算が12兆2674億円(2020年)[1]なので、おおよそ4分の1にも登ります。かなり問題ですよね...。しかも、これは日本のみならず、欧米などの諸外国もほぼ同様の傾向にあります。
2. 世界における精神障害の影響
精神障害は世界的にも重大な疾患です。世界保健機関(WHO)によると[2]、世界のうつ病患者数は3億人に上り、年間80万人が自殺に至ってます。(*1)そして、日本国内でも15人に1人は生涯に1度鬱病を発症すると言われており、また1度発症した後には60%以上が再発することが報告されています。
精神障害の中でも特にうつ病は、2004年時点でDALY(障害調整生存年数)の4.3%を占め3位だが、2030年にはDALYの6.2%を占めて1位になると予測しています。つまり、どんどんうつ病での死者数が増えているということで、今後うつ病対策は世界的にも保健福祉政策の最重要課題となることは明らかなのです。
3. 日本におけるうつ病の経済的・産業的影響
では、日本国内だとどうでしょうか。日本におけるうつ病の生涯有病率は3~7%であり、欧米に比べると低いが十分に高頻度の疾患と言えます。うつ病の経験中に医療機関の受診に至った割合は27%(うち精神科医を受診したものは14%)と低く[3]、うつ病の25%は慢性化あるいは再発すると報告されています[4]。
これらの背景から,うつ病では早期介入・早期治療が重要と認識されています。しかし、実際には診断や治療には難しい面も多いです。原因としては、
・うつ病の症状が多彩で病態に異質性があること
・生物学的・生理学的診断マーカー(バイオマーカー)がないこと
が挙げられます。
また、経済的損失について着目すると、うつ病による疾病費用は年間約3.1兆円と試算されています[5]。
そして、精神障害の疾病費用が大きくなる原因は、
1. 負荷の評価が間違っていること
2. 有効な治療法が確立されていないこと
3. 患者が治療を受けていないこと
4. 患者が有効な治療を受けていないこと
の4点であると考えられています[6]。
うつ病は特に労働年齢における発症も多いことが指摘されており、うつ病等精神疾患での労災申請件数は、2,060件(2019年度)で統計開始以来最多となっています[7]。
職場においてストレスを感じている人は6割を超え、メンタルヘルスの不調のために長期の休職や退職に至る場合も増加しています。このように、うつ病に由来する社会的損失の半分以上は、アブセンティズム*1やプレゼンティズム*2を通した労働生産性の損失によるものです。メンタルヘルスの産業へのインパクトは甚大であり、こうした状況からは、日本の産業全体への影響も懸念され、対策は喫緊の課題であります[8]。
図1 精神疾患での労災申請件数 [7] 厚生労働省 令和元年度「過労死等の労災補償状況」から作成
生産性とプレゼンティズム
プレゼンティズムという言葉が健康経営のキーワードになっています。プレゼンティズムとは、健康問題によって業務の能率が落ちている状態のことを指します。米国の研究によると、従業員の健康関連コストは医療費や病欠よりも、プレゼンティズムによる損失が圧倒的に多いとわかっています。コロナ禍のリモートワークでは、プレゼンティズムでの勤務が多くなりがちだと思われます。さらに、社員のプレゼンティズムの状態にあるかどうかが見え辛いこともあります。仕事ができているのか確認したくなったり、気がかりで顔を見て話したい思いになるのも無理はないと思います。ただ、思いを社員に押し付けないように注意が必要です。
4. ストレスチェックの効果
このような背景を踏まえ、「労働安全衛生法の一部を改正する法律」が2014年6月に公布され、2015年12月以降一定規模以上の事業場でストレスチェック制度の実施が義務付けられています。川上ら[9]によると、ストレスチェック制度において、ストレスチェック後の職場環境改善がメンタルヘルスを改善するために効果的な方法であること、医師面接に対する労働者による有用性評価は高かったことが示されています。
一方で、医師面接のストレス軽減効果や生産性向上効果は明らかにされず、制度の導入によって労働者の心理的な負担が軽減されたとは言えなかったと報告しています。また、ストレスチェックの結果は高ストレス者の抽出に留まり、精神疾患の早期発見に関してはかけ離れた結果を示したとも報告しています。
以上のような観点から、職場における生理学的評価法を用いたうつ病の徴候の検出や、早期発見、早期介入を可能にする技術開発は非常に有用で、重要なものだと言われているのです。
5. 今後の記事に関して
今回の記事では、うつ病お社会・産業的影響の観点からストレスチェックの有用性に関してまとめました。
今後も、継続的にこの領域に関してキャッチアップした上で、発信をしていきたいと思います。ご興味を持っていただけたならば、「スキ」していただけると中の人が喜びます。
参考文献
[1] 厚生労働省, https://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/yosan/20syokanyosan/index.html, 2021.11.05アクセス
[2]. WHO, “The global burden of disease: 2004 update” (2004)
[3]. 川上憲人, “世界のうつ病,日本のうつ病──疫学研究の現在”, *医学のあゆみ **219**(13)*, p.925-929 (2006).
[4]. Stuart G. W., “Emotional Responses and Mood Disorders. Stuart Gail Wiscarz. Principles and Practice of Psychiatric Nursing”, *Elsevier*, p.289-322 (2014).
[5]. 学校法人慶應義塾, 平成22年度厚生労働省障害者福祉総合推進事業補助金「精神疾患の社会的コストの推計」事業実績報告書 (2011).
[6]. Andrews G., et al., “Why does the burden of disease persist? Relating the burden of anxiety and depression to effectiveness of treatment”, *Bull World Health Organ **78**(4)*, p. 446-54 (2000).
[7]. 厚生労働省, 令和元年度「過労死等の労災補償状況」(2020).
[8]. 中村純, “職場における適応障害・うつ病の早期発見・早期介入”, *精神神経学雑誌 **114**(9)*, p.1093-1099 (2012).
[9]. 川上憲人, “ストレスチェック制度による労働者のメンタルヘルス不調の予防と職場環境改善効果に関する研究”, 厚生労働省厚生労働科学研究費補助金 労働安全衛生総合研究事業 平成27~29年度総合研究報告書 (2018).
[10]. T. Yamamoto, C. Uchiumi, N. Suzuki, J. Yoshimoto, and E. Murillo-Rodriguez, “The Psychological Impact of ‘Mild Lockdown’ in Japan during the COVID-19 Pandemic: A Nationwide Survey under a Declared State of Emergency,” *Int. J. Environ. Res. Public Health* ***17**(24)*, p. 9382 (2020).
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