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進化する鰹節〜世界一硬い?鰹節の硬さの秘密を考えてみた〜

世界一硬い食品と言われる鰹節

 鰹節は世界で一番硬い食品と言われています。本当に世界一硬いのかどうかはわかりませんが、鰹節職人が、鰹節同士を手に持ってぶつけると「カーンカーン」と乾いた音がするのをテレビなどで観たことがある方もいると思います。

 当然、そのまま食べたら、文字通り歯が立ちませんし、包丁やピーラーでも削れません。専用のカンナや削り器でなければ、ちゃんとした削り節にはなりません。

なぜ鰹節は硬いのか?

 ではなぜ鰹節はあんなに硬いのでしょうか?普段鰹節をつくっている者から言わせると沢山の理由があるので、紹介したいと思います。

①そもそも鰹という魚が硬い

 ここで、鰹についてちょっと勉強してみましょう。鰹は「魚に堅い」という字を書くように、もともと身が硬い魚です。カツオという名前の語源も身が堅いという意味で堅魚(かたうお)に由来するとされています。

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 鰹は、スズキ目・サバ科に属する魚で、暖かい海に生息する大型の肉食の魚です。鰹は餌を追いかけて何千キロも大海原を回遊し、時速50キロ程のスピードで泳ぐこともできます。流線型の筋肉質の魚体は、人間の世界で言えばマラソンランナーのような体型と言えると思います。もちろん季節や個体差はありますが、他の魚と比べれば、余分な脂肪が少なく、ギュッと詰まった筋肉質な魚と言えると思います。

 これは人間も同じかもしれませんが、魚も脂肪が多ければ多いほど身が柔らかく、筋肉質なほど身は硬くなります。

 鰹節の硬さはこの筋肉質の鰹の身質があってこそだと言えます。筋肉質の鰹からつくるからこそ、鰹節は成り立つのです。ちなみに、鰹以外にもサバやムロアジ、ソウダガツオ等も節になりますが、鰹節のようにカチカチにはなりません。脂の少ないマグロを使ったメジ(マグロ節)は唯一鰹節同様の硬さにはなります。マグロも鰹と同じく、回遊距離の長いマラソンランナーのような魚です。

 また、同じ鰹でも、脂の多い鰹からできた鰹節は柔らかく、脂の少ない鰹からできた鰹節は硬く仕上がります。もちろん、毎日鰹節を扱ってないとわからないくらいの差ですが、確実に差は出ます。そのため鰹節職人は、出来るだけ脂の少ない鰹を選んで鰹節をつくっています。遠洋漁業が発達した現在では、水温の高い赤道付近まで脂の少ない鰹を大型のまき網船で漁獲しに行くのが、当たり前の時代となっています。脂のない鰹の方が、しっかりと固まった質の良い鰹節ができるからです。

 鰹節の硬さは「脂(あぶら)」が大きく影響しているのです。

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脂のある節(下)と脂の少ない節(上)。皮のシワにも差が出ます。

②鰹節の歴史は、節を硬くする歴史

 鰹節が硬いのは、鰹の身質が影響をしてあるのはおわかりいただけたと思います。ただ、いくら鰹が身質の硬い魚でも、鰹節がカチカチに硬くなるのには、当然他にもポイントがあります。その理由を探るために、鰹節の歴史について触れてみたいと思います。少し長くなりますが、お付き合いください。

 鰹節の歴史は古く、日本最古の歴史書「古事記」のなかに堅魚(かたうお)という言葉が出てきます。堅魚は現代でいう干物のようなもので、鰹を素干しにした食べ物だったと言われ、弥生時代にはすでに作られていたと考えられています。

 その後、奈良時代の初めに制定された「養老律令」という法律の中に現代の鰹節の原型である「煮堅魚」という言葉が出てきます。煮堅魚は、さばいた鰹を煮てから干したもので、堅魚からひと手間かけて保存性を高めていることがわかります。いつ頃から作り始めていたかはわかりませんが、法律に記載がある程ですから、すでに奈良時代の初めには一般的な食べ物となっていたと考えて良いと思います。

 ちなみに、鰹を煮た際の煮汁も「堅魚煎汁(カタウオイロリ)」として当時から調味料として使われており、これは現在でも鰹エキスとしてだしの素やカップ麺の調味料などで使われています。

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鰹を煮た汁。鰹エキスとして再利用されます。

 時代は少し進んで江戸時代。現在の和歌山県の甚太郎という漁師が「焙乾(ばいかん)」という方法で、現代の鰹節に近い製法で鰹節を製造します。それまでも天日で干して乾燥させる方法から、焙乾をする方法は各地で考えられていましたが、いよいよ現代の鰹節のように熱と煙で水分をとばす方法を完成させたのです。当然、天日で乾燥させるよりも水分がなくなるため、保存性はさらに向上します。この製法はその後、全国へと広がっていきます。

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 現在では様々な焙乾法が確立されています。写真は手火山式焙乾法です。

 さて、食品を保存する時の大敵はなんでしょう?色々思い浮かぶと思いますが、当時はカビが大きな問題となっていました。当時の一大生産地である薩摩や土佐では、関西へと輸送する際に発生してしまうカビの発生に悩まされていました。そこで考えられたのが「カビ付け」の技術です。カビに悩まされていたのに、カビをつけるのかと思うかもしれませんが、和食には欠かせない醬油や味噌、日本酒にも使われる「麹(こうじ)」もカビの一種です。悪いカビが自然に発生する前に良いカビを人工的につけて悪いカビの発生を防いでしまおうと考えたのが、このカビ付けの始まりです。

 最初に土佐で始まったこのカビ付けの技術は、やがて薩摩へと伝わり、土佐や薩摩から良質な鰹節が関西へと流通するようになります。カビは水分のある場所に発生しますので、カビが水分を吸収して発生し、そのカビを落とせば、鰹節の水分量はさらに減り、保存性が上がるという寸法です。

 ところが、当時のもう一つの一大消費地である江戸へは距離がさらに遠く、船で1ヶ月程はかかっていたと言われています。そのため、江戸へと運ぶ道中で、さらに新たにカビが発生するようになってしまいます。当時は発生するカビを落としては、カビが再発しての繰り返しだったと想像できます。ここで、当時の人はあることに気がつきます。

 「カビを何回もつければつけるほど、鰹節は美味しくなるのではないか。」

 現在の本枯節の原形が誕生した瞬間です。水分というのは腐敗の原因にもなり、生臭さの元になります。カビつけを繰り返して行い水分量を徐々に減らすのは、とても理にかなったやり方と言えます。

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 鰹節についたカビ。様々な効果をもたらします。

 また余談になりますが、このカビつけは思わぬ副産物も生み出しました。それが発酵です。カビつけに使われるカビは鰹節の持つ脂質を分解し、うま味に変える効果を持っていたのです。カビつけを繰り返すことで、本来はあまり好まれない鰹節の持つ脂質がうま味に変わり、さらに鰹節の味を向上させることに成功したのです。

 ここまで鰹節の歴史を遡ってみると、もうおわかりだと思います。堅魚や煮堅魚の時代から、焙乾法の確立、本枯節の登場と、鰹節の歴史はいかに鰹節の水分量を減らし、保存性を向上させることに挑んだ歴史とも言えます。

 当然、水分量が少なくなれば、鰹節は硬くなります。現在では、鰹は本枯節になるとおよそ20%以下の重さになります。それだけ水分量を減らす製造技術が確立されたといえると思います。

進化し続ける鰹節

 ここまでみてきたように、鰹節が硬い理由は鰹節に含まれる水と脂分が大きく関係しています。

 現代の鰹節造りは、漁業の技術の発達により、もともと脂分の少ない鰹という魚の中でも、脂の少ない鰹がいる漁場まで出向いて漁獲をすることが可能になり、年間通して安定した質の鰹を手に入れることができるようになりました。

また、鰹節造りの製法も効率よく火を入れることができる様々な焙乾方法が開発され、鰹節の質は飛躍的に向上しました。また、カビつけについても鰹節用の優良カビが培養され、カビつけをするカビつけ庫も温度や湿度を機械的に管理できる設備が登場し、季節や天候に関係なく、年間通してカビつけを行うことができます。

 伝統食材でありながら、登場から現代に至るまで、鰹節は常に進化し続けている食材と言えます。

 技術の進歩、職人の努力等による鰹節の進化の結果が、あのカチカチの鰹節を生み出したと言って良いのではないでしょうか?

 この先の未来の鰹節はどのような進化を遂げるのか。それは私たち鰹節職人の両腕にかかっています。先人の知恵や努力を継承し、日々の鰹節造りに励みたいと思います。