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ジャズの引出しについて ~アーニー・ヘンリーとジョン・ジェンキンスの引き出し~

〇アーニー・ヘンリーとジョン・ジェンキンスの引き出し 〜マシュー・ジー ジョン・ラポルタ ポニー・ポインデクスター バリー・ハリス〜

僕がまだ「イントロ」等にセッションで出入りしていたころ、一人のアルトサックス奏者と知り合いになった。キングのシルバーソニックを使っていて、一聴して、ああチャーリー・パーカーが好きなんだな、というアルトを吹く。話すと、パーカーしか聴かない、コピーもしない、と言う。パーカー以外を聴くのは時間の無駄、とすら言うのだ。そんな典型的なパーカー中毒者の彼が、パーカー以外でコピーしたのが一人だけいるという。それがアーニー・ヘンリーなのだった。だから、アーニー・ヘンリーはよっぽどパーカーみたいなアルト吹きなのだと思っていた。
実際にファッツ・ナヴァロのバンドで聴けるアーニー・ヘンリーの演奏はまるでパーカーそっくりである。フレーズだけではなく完成度というか吹き回しや空気感までもがパーカーみたいなのだ。当時のソニー・スティット達より格段にパーカーに似ている。結構パーカーを聴きこんだ人でも間違えるんじゃないだろうか。それが、後年の彼のリーダーアルバムだと印象が一変する。バップとしか呼べないスタイル、しかもかなり上質なビ・バップなのに他に似ている人が全くいない。兎に角脱力しまくっている。脱力ビ・バップ。頑張って演奏しているんだけどとてもそうは感じない。超絶テクニシャンの筈なんだけどとてもそうは思えない。そこはモブレーに似ているがそこまでダンディではない。同じぐらい美しいけど。
ビ・バップというスタイルは40年代にレスター・ヤングの影響下にいた当時の若手ミュージシャン達が確立した演奏スタイルで、パーカーはその中でもエース的存在だった。ビ・バップはパーカーが発明したものではないけど、パーカーがずば抜けてカッコ良かったものだから誰もがパーカーの真似をするようになってしまった。特にアルトサックスでビ・バップをやろうとしたら、多少なりともパーカーに似てしまうところがある。似てないのはカリフォルニアにいたアート・ペッパーぐらいだと思っていた。だから、初めてアーニー・ヘンリーを聴いたときはこんな人がいたのかと驚いた。ファッツ・ナヴァロのバンドの後はディジー・ガレスピーのビッグバンドとかでやってた様だが、ホントどうしてこうなったのだろう?素晴らしい。
初めて聴く方には取り合えず「Last Chorus」をお薦めします。ガレスピーバンドの面々とレコーディングしたといわれる4曲に他のアルバム(モンクやドーハムにサイドマン参加したものを含む)のセカンドテイクを足して作ったものっぽいんだけど、メンバーがビッグネームぞろいでまず凄い。リー・モーガン、ケニー・ドーハム、ベニー・ゴルソン、ロリンズ、ウィントン・ケリー、セロニアス・モンク、ポール・チェンバース。ドラムはフィリー、ローチ、テイラーと「全員いる」感じだ。1曲目の「Beauty And The Blues」はベニー・ゴルソンの曲で、僕の知っているブルースで一番美しい。あと超名演の「Like Someone in Love」。これはコピーした。ピアノは名演請負い人のウィントン・ケリー。ケリーとフィリー・ジョー・ジョーンズのバッキングで素晴らしい演奏をしない方が難しい。スポイル出来るのはマイルスぐらいだ。ベスト盤的側面もあるので本当におすすめです。このアルバムが気に入ったらアーニー・ヘンリーは全部集めてください。「Last Chorus」録音後の1957年にヘロインのオーバードーズで亡くなっているので、リーダー作が3枚、ビッグバンドを除くサイドマン参加のもの実質3枚ぐらいしかありません。

アーニー・ヘンリー「Last Chorus」

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さて、アーニー・ヘンリーのサイドマン参加の3枚のうち1枚がトロンボーンのマシュー・ジーの「Jazz by Gee」なのだが、このトロンボーンがまた物凄い脱力ぶりというかホノボノしているのだが、語彙がアレで申し訳ないが、アーニー・ヘンリーがトロンボーン吹いているみたいでダブルで凄い。パーカーがバラードでやった印象が強い「Out of Nowhere」をアップテンポでやっていて、アーニー・ヘンリーが頑張ってテーマに合いの手というかオブリガードもつけて、しかも脱力しているのである。遊んでる様にしか聴こえない。マシュー・ジーの唸り声も面白すぎるので機会があればお聴きください。
しかし演奏中の唸り声って普通はピアノか、あってもベースですよ。管楽器でこんなに唸っているはの初めて聞いた(ローランド・カークは除く)。もう気持ち良さそうで、こっちも笑ってしまう。

マシュー・ジー「Jazz by Gee」

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ジョン・ジェンキンスは「Alto Madness」でジャッキー・マクリーンとやっているのが有名だ。僕がこれをジャケ買いした当時はジェンキンスとマクリーンを聴き分けられず困った。音色とか吹きまわしがよく似ている。「Easy Living」なんて双子が演奏しているみたいですよ。これは多分ジェンキンスがマクリーンに影響を与えているんだと思う。マクリーンはそういうところがある。
John Jenkins with Kenny Burrell」は1957年に録音された、多分ジェンキンス唯一のワンホーンアルバムだ。マクリーンのようにダンディに、マクリーンより短いフレーズを重ねていく。時としてロリンズやマクリーンに感じる頑張りすぎな感じはない。マクリーンの様な泣き要素も少なめで少しドライな感じかな。きわめて自然体で聴いてて疲れない良質のバップである。サイドマンとして重宝され、2管、3管の作品が多いジェンキンスだが、もっとワンホーン作品も聴きたかった。
ジェンキンスは1957年以前は全く録音を残していないのになぜかこの年に大ブレイクして、この年だけでリーダー・サイドマン併せて10枚ぐらいのアルバム録音に参加している。そしてそれ以降はぱったりだ。数年後には引退してしまった。アーニー・ヘンリーと言い、1957年にいったいニューヨークで何があったのだろう?

ジョン・ジェンキンス「John Jenkins with Kenny Burrell」

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さて、アーニー・ヘンリー、ジェンキンスの引き出しに入っているのは例えばポニー・ポインデクスターの「Gumbo!」である。


「Gumbo!」、あまりジャズらしくないタイトルだ。ガンボというとすかさずボ・ガンボスを思い出すが、そのとおり、ポニー・ポインデクスターはニューオリンズ出身である。最初は「久しぶりにブッカー・アーヴィンでも聴いてみるか」という感じでブッカーがサイドマン参加している偶々目についたこのアルバムを試聴したのだが、一聴してポインデクスターのファンになってしまった。
彼のスタイルは言うなれば「ニューオリンズ・バップ」とでもいうしかないスタイルである。まず変わった所としては、ソプラノサックスを吹いている。ソプラノを吹くバッパーは他にもラッキー・トンプソンやデクスター・ゴードン、ジミー・ヒースがいるが、いずれもテナーサックスからの持ち替えである。ポインデクスターのメイン楽器はアルトなので、これは僕が知る限り唯一の存在だ。演奏スタイルはもうパーカー直系のビ・バップスタイルだ。調べてみると史上初のビ・バップ・ビッグバンドと言われ、パーカーやファッツ・ナヴァロも在籍したことのあるビリー・エクスタインのバンドに40年代末頃に参加していたらしい。ビ・バッパーの下積み時代としては中々輝かしい経歴である。20歳そこそこでそういうメンツに囲まれながらスタイルを確立すればこの様にならざるを得ないだろう。リラックスしていてひたすら楽しく、聴いていて疲れないという点は同じだが、訥々としたところのあるジェンキンスや時にエキセントリックな感じのするアーニー・ヘンリーと異なり、極めてストレートで流ちょうな、スティットの様なスタイルのバッパーである。曲のタイトルは「Muddy Dust」「Creole Girl」「French Market」「Front O' Town」と、もうコロニアルシティー出身のアイデンティティー出しまくりで期待は嫌がおうにも膨らまざるを得ない。「O' Town」とはもちろんニューオリンズの事である。
あと、このアルバムはピアノが良い。2曲目の「Happy Strut」で素晴らしいイントロを聞かせてくれる。ソロも良い。ギルド・マホネスという名前らしい。ポインデクスターもスティット張りの流ちょうなバップアルトを披露する。こんなに上手いのに今まで知らなかったのは迂闊だった。この曲はそのうちコピーしたい。5曲目の「Back O' Town」は怪しげで滅茶滅茶かっこいいリズムパターンのブルースだ。魔術的としか言いようがない中毒性である。サンプリングされて怪しいトラックに使われて何処かのクラブで流されていてもおかしくない感じ。ニューオリンズ・ジャズの事は良く知らないが時代的にアフロ・キューバンとかブーガルーとかジャズロックなんかにも影響されてそうだがここら辺は僕は浅学なので良く判らない。このリズムは何と混ざってるんだろう?ガンボだからか?ジャンル不明である。まあ「ニューオリンズ・バップ」で良いでしょう。とにかくかなり中毒性がある。アーニー・ヘンリーの音色にもかなり中毒性があると思うが、このアルバムも相当なものである。

ポニー・ポインデクスター「Gumbo!」

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すっかりレア・アルト紹介コーナーようになってしまったが、中毒性があるといえば、ジョン・ラポルタの「Budo」も紹介しなければならないだろう。モブレーのアルバム「The Jazz Message of Hank Mobley」の中の一曲だが、この曲にはモブレーは参加していない。モブレーのアルバムなのにモブレーは参加していない!「Lester Young Trio」のボーナストラックでデクスター・ゴードンがレスターの影武者をやっていた時以来の衝撃である(レスター・ヤングのアルバムなのにレスターは吹いていない!)。
真偽不明だが、グーグル先生によると、元々はドナルド・バードのリーダー・セッションだったのを、無理やり当時メッセンジャーズでブレイク中だったモブレーのリーダーアルバムとして売り出したものっポイ。なのでモブレーが参加してないテイクも採用されている、という事らしい。サヴォイ、かなり適当である。
「Budo」は「Hallucinations」という別名もあるバド・パウエルの曲だ。まさに中毒である。ラポルタは何というかアート・ペッパーやフィル・ウッズに通ずる天才肌なんだと思うけど、パーカーなりレスターなりを研究して自分のスタイルを作り上げた感じがしない。サックスを持ったらただ何となくジャズが吹けちゃった人な感じがする。パーカーの事が好きだったのは間違いないけど、聴いてみてもコピーしてみても、誰に影響を受けたのか良く判らないところがある。クラリネットも吹くらしいので、僕の知らないそっちの人の影響もあるかもしれない。とにかく凄く歌うしひたすらスイングするのだ。
もう一点この曲の面白いところは、レコーディングした時に何回か録音し直したと思うんだけど、あんまりラポルタがキレッキレのソロを取るもんだから、彼のソロだけ3テイク分のテープを切り貼りして繋げてあるのである!いつまでも聴いていたい、そう思わせるソロだ。ボツにするのはあまりに惜しいので、切り貼りして無理矢理繋ぎ合わせたのだろう。もう、ハサミで切ってテープで貼った、という感じで繋げてあるのである。
ちなみにこの曲は、何とサヴォイの「Hank Mobley Complete Recordings on Savoy」にすら収録されている。モブレーは演奏してないのに!ホントにサヴォイ、適当である。素晴らしい。というわけで、このアルバムからはこの曲だけがこの引き出しに入っている。

ジョン・ラポルタ「The Jazz Message of Hank Mobley」

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あと最後に忘れてはいけないのが、バリー・ハリスの「The Last Time I Saw Paris」である。バリー・ハリスのライブに行ったときに本人が手売りしていたのを買ってサインしてもらった。バリーはスティットチャールズ・マクファーソンのアルバムでよく聞いていたが、ピアノトリオは初めてだった。これが良かったのである。
バリー・ハリスと言えばパウエラーとして有名で、若いころの録音を聴くと本当にバド・パウエルそっくりのテクニシャンというイメージ。フレーズはもちろんだが、ハンプトン・ホーズやレッド・ガーランドの様なパキパキッとした所がない。ズドーンという感じである。唸ってるし。それがこの2000年、70歳時に録音されたアルバムではかなり指がもつれてる風なのだ。そこがいい。超アップテンポの「Oblivion」では指が追い付かず音符が小節に収まっていない!それでいてリズム隊に煽られてる感が全く無い!最後はなんか辻褄があっている。素晴らしく気持ちが良い。いつまでも、何回でも聴いていられる、聴けば聴くほどハマってしまいそうな感じである。

バリー・ハリス「The Last Time I Saw Paris」

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蛇足になるが、ポインデクスターについて付け加えたい経験をしてしまったので書かせて頂きたい。
「Gumbo!」を入手したことにすっかり気を良くした僕は、ポインデクスターの他のアルバムも聴いてみようと思い、とりあえずユーチューブでポインデクスターのデビュー・アルバム「Pony's Express」を聴いてみた。サックス6本をフロントに据えたノネット編成の演奏を中心とする1枚である。
すると1曲目からいきなりデクスター・ゴードンがソロを取り始めて驚いてしまった。「ボー、バホーッ」といきなりその場の空気をデクスターワールドに持って行ってしまう。ビリー・エクスタイン・バンドの先輩後輩だし繋がりは有っただろうな、と思いながら聴き進めて行くと、10曲目の「Lanyop」というスローブルースでカッコいいテナーソロに続いて「バキバキッ!ギュンギュン!ビーッビーッ!」とソロを吹きだしたアルトサックスがいたのである。何だこりゃ!と思って検索すると何とエリック・ドルフィーだったのである!そしてさらにパーソネルを確認すると、とんでもないビッグネームが名を連ねているではないか!ドルフィーの前にソロを取ったのはあのジミー・ヒースだった(クソー、気が付かなかった)。バリトンはペッパー・アダムスだ。ドラムはエルヴィン・ジョーンズでベースはロン・カーターだし、アルトセクションにはフィル・ウッズやソニー・レッドがいる。よほどこの時期のポインデクスターは人気・実力ともに充実していて周りからも期待されていたのだろう。各ソロも選曲もアレンジも(マイルスの「Bitches Brew」を作ったテオ・マセロらしい)良い。ジャケットのデザインさえよければもっと認知されたに違いないアルバムである。
というか、ジャケットを見て思うのは「ポニー」ではなくて「ソニー」という名前だったら、こんなクソなデザインのジャケットにされず、ロリンズやスティットに挟まれてレコード屋の目につくところに並べてもらえ、もしかしたらディジー・ガレスピーの「Sonny Side Up」セッションに3人目のソニーとして呼んでもらえたり、どこかのレコード会社にポインデクスター(ss、as)とスティット(as、ts)のダブル・ソニー二刀流バトルを企画して貰えて大ブレイクしていたかも知れないのだ。返す返すも誠に残念でならない。
妄想はコレぐらいにして、このアルバムについて特筆すべきもう一点、「Basin Street Blues」でポインデクスターがニューオリンズLOVE全開のボーカルを取っているのである。これが中々上手い。アレンジもロマンチックで素敵である。「Basin Street Blues」と言えばジャズではサッチモのバージョンが有名だと思うが、ポインデクスターはかなり歌詞を変えて歌っている。「プリティーなクレオールガールに会ったぜ」とか「マルディグラでガンボ食ったぜ」みたいな歌詞が聞こえてきて楽しい。
しかし、エリック・ドルフィー・・・。もうまともに聞くのは20年ぶりであった。昔、こういう尖ったジャズを聴くのがかっこいいのかと思ってよく聞いていた時期があった。その後ビ・バップにハマってすっかり聴かなくなってしまったが、嫌いになったわけではなかった。好意を持っていたが仲良くなりきれなかった友人に20年ぶりに再会した気分である。いささか照れ臭いが、今後はこのアルバムを聴くたびに会えるのかと思うととてもうれしい。聴くたびに笑わせてもらう事になるだろう。
まだこのアルバムを入れておく引き出しはないが、「Sonny Stitt & The Top Brass」(名盤!)やジミー・ヒースの「Really Big!」、バリー・ハリスの「Luminescence!」あたりの多管編成のやつと同じ引き出しに入らないか検討中だ。
しかし、それにしても「ポニー」ではなく「ソニー」だったら・・・。

ポニー・ポインデクスター「Pony's Express」

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※追記

テナーサックス奏者でマイケル・ブレッカー研究家としても有名な佐藤達哉さんの記事によると「Basin Street Blues」でボーカルを取っているのはJon Hendricksとの事。ポインデクスターはギルド・マホネスと共にLambert, Hendricks, & Rossのバンドメンバーだったので、ゲスト出演してもらったポイ。ポインデクスターも歌うので、てっきり本人が歌っているものと思いました。佐藤達哉さんの記事もとても面白くてためになるので、未読の方はぜひお読みください。

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