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#3-1 売上指標とコミュニケーション指標を接続する方法 | マーケティングアナトミー™

マーケティングアナトミー™は、組織での運用を前提としたBOX流「経営とマーケティングの統合解剖学」です。幅広い層の方にお読みいただけるよう、実務よりも敢えてかなり細かく書かれています。予めご了承ください。
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こんにちは。BOXの阿部です。

勢いではじまったこのマーケティングアナトミー™連載、前回の予告通り、今回から徐々に6要素について説明をしていきます。その初回となる今回は、マーケティングアナトミー™のキモの一つである「マーケティング計画」について切り込んでいきたいと思います。結構長くなってしまったので、数日にわけてゆっくり読まれることをおすすめいたします(笑)。

なぜ、マーケティング計画がキモと言えるのか?

それは、この部分がP/L指標(売上指標)とコミュニケーション指標を接続する極めて重要なパートでありながら、経営論からも、マーケティングの実践論からも、ほとんど解説されてこなかった部分だからです。

図1 売上指標とコミュニケーション指標をつなげるのが「マーケティング計画」

売上指標とコミュニケーション指標という、一見次元の異なるふたつの指標をいかにして接続していくか?という問いについて、今回の内容ほど簡潔かつ統合的に答えている体系論は、ぼくの知る限り見たことがありません(単に不勉強な可能性もあります(笑))。少なくともこの問いについて、ぼくがお手伝いさせていただいているビジネスの前線で、一般的に理解されているとは言い難いことは確かです。これも、連載1回目で触れた「経営とマーケティングの分離」現象の一つです。

今回の記事ではその問いについて、マーケティングアナトミー™流に紐解いていきます。

マーケティング計画のカギは、売上を分解していくこと

「売上」と「コミュニケーション」。次元が異なるように見えるこの2つの指標の接続には、売上を指標に分解していくことがカギとなります。いったいどういうことかイメージするため、わかりやすい例から眺めてみましょう。

まずは下の図2を見てみてください。

図2 売上を分解した例。浸透率はマーケットに対して購入客数の割合を表す重要な指標。

一番上にある式(i)は、売上を単純に購入客数平均客単価に分解したものです。お客さんが100人で、平均客単価が1万円なら、売上は100万円ですね。さらに、(i)を3つの項に分解してみた式が(ii)です。ここでは、対象となるマーケットの人口(対象人口)を用いて、購入客数を2つの項に分解し、平均客単価も分数で表現しました。式(ii)を約分すると、式(iii)で示すように、ちゃんと右辺も左辺も売上になることが確認できます。

この分数による指標の分解はとても強力なツールです。マーケティングの世界ではあまり分数による解説は多くありませんが、ファイナンスの世界では伝統的にかなり定着している考え方です。ぼくはビジネススクールではファイナンスの授業だけ真面目に受けていたのですが(笑)、マーケティングアナトミー™の発想はファイナンスの理論から多くヒントを得ています。

コミュニケーション活動が貢献できる売上の最重要ドライバー、浸透率

図2の式(vi)は、式(ii)の2つめの項を浸透率という言葉で置き換えています。浸透率は「対象人口中、自社を選んでくれる人の割合」のことです(※商品カテゴリの浸透率として使う場合は、そのカテゴリを選んでくれる人の割合として使うこともあります)。ちょうど、市場における自社の人数シェアのイメージです。

式(iv)の分解方法を前提にとると、売上を上げる方法は3つの指標で理解することができます。

対象人口・・・新しい国や地域、商品ジャンルに進出する
浸透率・・・対象人口の中で自社を選んでくれる購入客数を増やす
平均客単価・・・CRMなどを通じ、顧客により多くの出費を促す

1つ目は対象人口を増やすこと。新しい地域や国に進出したり、新しい属性を対象にした商品を発売するアプローチが、これにあたります。2つ目は、上述した浸透率を上げること。浸透率を上げるには、分子である自社の購入客数を増やさなくてはなりません。3つ目は、平均客単価を上げることです。平均客単価を上げるには、CRMに代表される、自社客により多く、より高頻度で、より高い商品を買ってもらう活動が求められます。

多くの場合、この3つの方法のうち、コミュニケーション設計において最も重要な指標は自社の購入客数を増やすこと、すなわち浸透率を伸ばすことです。新しい市場に進出したり、客単価を上げることも重要な打ち手ではあるのですが、前者は事業計画で打ち取ることが多く、後者は客数を増やすことに比べるとインパクトが小さく、かつ、ロイヤル顧客の母集団は自社の購入客数に他なりません。そのため、マーケティングアナトミー™のマーケティング計画では、誤解を恐れず浸透率により重点を置いています。新規顧客を継続的に獲得し、離脱顧客を最小限に留めることは、規模の大小を問わず全ての商売で共通の最重要課題ではないでしょうか。

したがって今回は浸透率を上げる=購入客数を増やすことにフォーカスし、浸透率をさらに分解してコミュニケーション指標を求めるプロセスを紹介します。

浸透率をさらに分解することで、コミュニケーション指標が見えてくる

さて、売上を分解して出てくるこの浸透率をさらに分解することで、なぜ我々が店頭POPやパッケージを日々改善し、ブランド活動に投資し、ときには大規模な広告を実施するのか、そしてそれがどのように顧客数に影響するのか、大変シンプルに理解できます。

再び、そのわけを分数で説明します。またまたぐっとこらえて、下の図4をみてみましょう。売上の分解と同様、浸透率の分解も分母や分子に自由な指標を当てはめれば無限にパターンが作れますが、図4は、消費財のビジネスで浸透率を分解した、最もスタンダードな例です。

図3 浸透率の分解例(消費財の場合) 分解方法は無限にある

式(v)はすでに述べた浸透率の定義です。式(vi)から(viii)は、同じ浸透率をいくつかのパターンに分解してみた例です。(vi)から(viii)は項は多いですが、約分すれば全て、(v)になることが確認できます。

このように、売上を分解したときと同様、浸透率もいくつかの子指標に分解することができます。そうすると、自社の客数を表す浸透率を上げるためにやるべきことやその重要度を、子指標ごとに観察できるようになります。

図4の4つの式は全て浸透率を表現していますが、分解のしかたによって指標のタイプも数も異なります。ここでは、一番項の多い例(viii)について簡単に解説しておきます。(viii)の4つの項のうち、認知率認知関心率は認知に関するメンタル指標、後ろの配架率店頭購入率は店頭に関するフィジカル指標です。前回説明したとおり、BOXはマーケティング計画を①プロダクト②フィジカル③メンタルの3要素で捉えることを推奨していますが、ここではそのうち2つが具体的な数値を伴って登場してきます。

今回の分解ではわかりやすいように消費財の例を挙げていますが、B2B2Xビジネスやサービスなど、どんな業種でも基本的には分解が可能です。自分のビジネスの場合どのように浸透率を分解できるか、ぜひ考えてみてください。

ここではまず、フィジカル指標メンタル指標について解説します。

フィジカル指標

配架率は「店頭に並んでいる割合」です。例えば対象商品カテゴリを扱う店舗が全部で1万店舗あり、自社商品がそのうち1,000店舗に配架(陳列)されている場合、配架率は10%です。店頭購入率は、「行ける店舗に置いてある」ときに「実際にその店舗に行ったときに買う確率」のイメージでOKです。

配架率を上げるには、より多くの店舗で扱ってもらうよう、営業努力や営業人員の拡充、強い流通網を持つ会社との業務提携などが打ち手になります。

店頭購入率は実際にお店に行った人が買う確率ですから、これを上げるには目立つ場所に陳列してもらったり、目立つPOPを置いてもらったり、購入キャンペーンを実施したりすることが貢献します。

ちなみに、ここでは実店舗を例にとって説明していますが、配架率店頭購入率もそれぞれデジタル空間でも当てはまります。Amazonや楽天、ZOZOTOWNなどのプラットフォーマーで取り扱うことは配架率を上げますし、店頭購入率はそのままECにおけるCVRに相当します。

メンタル指標

代表的なメンタル指標である認知率は「対象人口の中で自社を知っている人の割合」です。認知関心率は「自社を知ってくれている人のうち、興味を持ってくれている人の割合」です。ここは興味でなく「好意」が指標になることも大変多いです。要するに、認知者の中で、あなたのブランドについて「欲しいなぁ」とか「好きだなぁ」とイメージしている人の割合を示しています。

よく知られているブランドになることは認知率を上げるアプローチですが、多くの場合は時間がかかるため、広告に出稿することにより、短時間である程度までは認知を広めることもできます。広告、とくにマス広告の本質的な意味合いは、認知の浸透にかかる時間を手っ取り早くお金で買うことと言ってよいでしょう。

認知関心率を上げるには、より自社やブランドを好きになってくれるようなブランド活動を行ったり、社会的な時流に合ったキャンペーンを展開するアプローチが代表的です。

よく、「これはブランド活動だから売上には関係ないんだ!」という言説がありますが、ブランド活動は認知好意率に影響しますので、きちんとやれば潜在顧客数を増やすことにつながります。何人それを増やしたいのかを意識して、ブランド活動を設計すると良いでしょう。必要な数に全然届かない企画ではいけません。

プロダクト指標

BOXのマーケティング計画のもう一つのドライバーであるプロダクト指標は、浸透率を上げるための別な重要指標である推奨率の観点から説明しようと思います。これについては感染症のモデルと合わせたオリジナルの詳説を別な記事で後ほど掲載する予定です。

分解した全ての子指標は、平等なインパクトを持つ

さて、図3までで、売上浸透率を項に持つ分数に分解できること、浸透率はコミュニケーションが最も貢献できる購入客数の指標であること、浸透率は(消費財を例にとると)メンタル指標フィジカル指標に分解できること、を説明してきました。

勘のいい人は、小学校で習う「かけ算の交換法則」に気づいているかもしれません。実は、分数のかけ算による図3までの分解は、かけ算の交換法則に則って、分解した子指標が平等な影響(インパクト)を持つということを同時に示しているのです。

これがどういうことか、浸透率を4つの子指標に分解した式(viii)を例に説明します。

図4 浸透率をかけ算で分解した子指標は、それぞれ浸透率に対して平等なインパクトを持つ

図4は、そのことを端的に説明しています。式(x)から(xii)までは、全て浸透率を1.5倍にする(=購入客数を1.5倍に増やす)アプローチを示しています。

最もイメージしやすいのは、式(x)に示す認知率を1.5倍に上げるアプローチでしょう。広告キャンペーンやPR活動を通じて、自社のことをより多くの人に知ってもらうのがこのアプローチです。

式(xi)は、店頭勝負型です。店頭でより目立つPOPやパッケージに変更したり、店頭キャンペーンを実施することで、お店に来たお客様の目にとまり、より欲しくなるように仕掛けるアプローチです。消費財ですでにかなりの認知(感覚的には60%以上)を取れている場合、広告によって認知率を上げる投資をするよりは、店頭のフィジカル指標を伸ばしたほうが効果的である場合が多いです。認知率を60%から90%(1.5倍)にするためには何十億円もの投資(と時間)が必要ですが、それと比較すると店頭購入率を1.5倍にすることは比較的現実的かもしれません。

式(xii)は、2つの指標を組み合わせて浸透率1.5倍を達成する例です。各指標がそれぞれ等しく浸透率の改善に貢献するため、実際のビジネスでは、どの指標でどれくらいの改善を目指すことが現実的か、ユーザー調査はもちろん、営業部門や店頭の声も吸い上げながら可視化し、プランしていきます。

このように、浸透率を分解した各子指標は、どれをn倍にしてもそれぞれ、算数的には同じ効果をもちます。多額の投資で認知率をn倍にするのも、店頭POPに命をかけて店頭購入率をn倍にするのも、対象人口の中で購入客数をn倍にすることに対しては、全く等しい効果です。むしろ費用対効果という面では、店頭への投資のほうがより効果的である場面は少なくありません。お客様をひとり増やすことに対して、どの指標から取り組むのがよさそうか考えるツールとして、浸透率の分解は大変有効なアプローチといえます。

今回は、売上指標がどのように有機的にコミュニケーション指標につながっていくのか、分数による分解を用いて説明しました。冒頭でも触れた通り、分数による子指標への分解は無限のパターンを作れますし、あまり多くなく、できるだけシンプルな形で、ご自分のビジネス構造に合わせて分解してみてください。

浸透率の分解は、カスタマージャーニーの「物語」を「数値」とつなぐ

また、今回ご紹介した浸透率の分解は、そのままカスタマージャーニーにも当てはめていくことができる点も特長です。

図3や図4を眺めていると、認知してから興味を持ち、店頭で購入するという伝統的なカスタマージャーニーを否定する必要はこれっぽっちもないことがわかります。逆に、伝統的ではないカスタマージャーニーを想定しているならば、それに沿った形で浸透率を分解すればよいのです。店頭で認知から購買行動までが一気に起こる商材もあります。その場合は、わざわざ事前にメンタル指標を挟む必要はありません。

浸透率の分解をカスタマージャーニーに沿って行うことで、ビジネス視点でのカスタマージャーニーは単なる「物語」ではなく、しっかりと「数値」で定量化できるようになります。そうしてこそ、物語が測定可能になり、カスタマージャーニーの意味はよりパワフルになるでしょう。

図5は、カスタマージャーニーと浸透率の関係について、BOXでもお手伝いしたことのある商材の例を示しています。

図5 カスタマージャーニーに合わせて浸透率を分解する一例(BOXのPJから)

(xiii)に示すコンビニPB商材の場合、事前認知や好意度はほとんど影響を及ぼさないと判断し、シンプルに「店頭勝負」のジャーニーを描いています。事前の認知ではなく、店頭にあることがまず重要で(配架率)、ついで店頭で知ってもらい、気づいてもらうこと(店頭認知率)、そして最後に気づいたのちに買ってもらうこと(店頭認知購入率)という3段階にしています。

(xiv)に示すEC中心の商材では、市場の中でどれくらいの人にコミュニケーションをリーチさせるか(リーチ率)をジャーニーのはじめに設定し、リーチした人のうちサイトを訪問する割合(リーチ訪問率)、さいごにサイト訪問者の中で実際に購入する人の割合(CVR:コンバージョンレート)という流れでジャーニーと浸透率を描いています。コミュニケーションリーチは測定が大変むずかしいのですが、設計段階でOSEP(Owned/Shared/Earned/Paid)メディアを通じて必要なコミュニケーションの規模感を計算しておくと、予算や企画のプランニング上も大変有用です。

まとめ

以上、今回は売上指標とコミュニケーション指標の接続についてご説明しました。カギは、分数による分解購入客数を表す浸透率、そしてかけ算の交換法則にあり!です。ふわっとした議論が多い売上とブランド活動の関係、店頭コミュニケーションとマスコミュニケーションの優先順位、などの論点について、一定のガイダンスとなることを期待しながら書いてみました。

次回は、今回ご紹介した式を逆算することで、コミュニケーション指標の目標値を算出し、実際のコミュニケーションプラン(IMCプラン)を設計していくプロセスをご紹介します。

2/1更新:第4回目、公開しました!


<参考>分数による分解で、マーケティング理論を把握してみる:ダブルジョパディの法則、NBDのM

この先は、ちょっとマーケティングの専門書に目を通したことのある方向けです。興味のない方は読み飛ばしてください。

図5 マーケティング理論も分数で理解するとわかりやすい

式(i)を式(xiii)のように分解すると、そのうち(xiv)に示す浸透率購入1人あたり購入回数は「浸透率(シェア)の高いブランドほど、購入頻度も高い」という有名な「Double Jeopardyの法則」で説明されている2つの指標にあたります。これについての解説は『ブランディングの科学』を参照されると良いです。

さらに、式(xiv)の真ん中3つの項を合成した対象人口1人あたりの購入個数は、1人あたりの購入個数が分布する確率分布、負の二項分布(NBD)における主要パラメータのMに当てはまります。Mがなぜ対象人口を分母に取るのか、ぼくは自分で分数で表現するまで、1年あまり気づきませんでした(笑)。NBDについてはよく知られている『確率思考の戦略論』をご参照いただくか、ぼくの高校時代の同級生であり恩師である和山君のブログにも詳しく解説されていますので、ぜひ目を通してみてください。

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