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大学中退して独立したら独立なんて必要なかった話③

夕暮れが沈む中、僕はベンチでコーヒーを飲みながら鳥部がくるのを待っていた。ここのベンチは鳥部と会う時の定番の場所だ。このベンチは鳥部が住む実家のマンションの前にあるアパートの中にポツンとあった。僕たち以外がこのベンチに座っていることを見たことなかった。鳥部と仲良くなってからは、暇があれば自販機でコーヒーを買いこのベンチでとりとめのない話を、お互い気が済むまでしていた。二人がけのこのベンチに座ると保育園が見える。迎えにきた母を見つけて子供たちが喜ぶ声が、姿は見えないが聞こえてくる。保育園に夕日が沈んでいこうとしていた。

大学に入って早6ヶ月が過ぎようとしていた。なんとも言えない悶々とした日々を送っていた。大学に行ったからといって自分の望んだ未来につながっているとは思えなかった。そもそも望んでいた未来というものが、見えなくなっていた。行き先がわからなければ、どちらに進んで良いのかわからない。親を探す迷子の子供のような気持ちだ。

この気持ちはきっとあの卒業式の日渡された自分への手紙を読んでからではないだろうか。



3年後の自分へ。

三年後無事卒業できてますか?大学合格できていますか?
きっと僕のことだから無事卒業して大学も受かっていることでしょう。
そして大学進学して頑張ってください。
大学で経理や経営の勉強をしてゆくゆくはお父さんの会社を支えて
3兄弟で仲良く父の会社を盛り上げてください!!



現実を知らない無邪気な夢を見ていた幼い自分の言葉が胸に刺さる。

僕の家族は、父と母に10歳上と8歳上の二人の兄の5人家族だった。僕の父は、福岡で美容室を6店舗展開する会社を営んでいた。兄二人は高校を卒業すると、県外の父の知り合いの美容室に就職して行った。きっと他の会社で修行をさせる意味があったのだろう。兄たちは県外の美容室で6年ほど働くと福岡へ戻ってきて父の会社に働いていた。

そんな二人の兄を見ていた僕は、なんとなく僕も高校卒業したら美容師になるもんだと思っていた。そう思い高校では卒業出来さえすればいいと思い、赤点ギリギリでフラフラと遊んでいた。すると父の逆鱗に触れてしまい、怒られてしまった。

「もう美容師はうちに入らない。お前は大学に行け。」と。

最初はびっくりしたが元々ファッションに疎い僕は、大学で経理や経営の勉強する方が、父の会社に貢献できると思って納得した。

しかし状況は僕が高校を卒業する時には変わっていた。兄二人は父の会社でどっちが次期トップになるかで派閥争いを行なっていた。結局は長男が父の会社を抜け独立し、会社を作ることで決着を見せた。

僕の3兄弟で父の会社という夢も無情にも消え去った。

かつて持っていた夢が、どうあがいても叶うことのないという現実を自分への手紙で突きつけられたのだ。

3兄弟で父の会社という目標を失った僕には、大学に行く意味を見出せなかったのだ。大学行ってどうなるのだろう。大学卒業したら普通に就職するのか。別に知らない会社で経理をしたいわけではない。僕の人生はどのようになるのだろうか。

子どもたちの声もいつの間にか聞こえなくなり、夕日が沈み終わろうとした時に

「うぃいいいす!お待たせ!」と

鳥部がやってきた。



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