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【TEALABO channel_28】できることを積み重ねる。それが今の自分たちができること。 -福田製茶 福田孝良さん-

鹿児島のブランド茶である「知覧茶」の作り手を直接訪ねて、その秘めたる想いを若者に届けるプロジェクト「Tealabo Channel」。

日本茶は全国各地に産地があり、各産地で気候や品種、育て方が違います。そんな違いがあるから「知覧茶」が存在します。一年を通して温暖な気候がもたらす深い緑色と甘みが特徴である知覧茶の作り手の話を皆さんにおすそ分けします。

第28回目は、『福田製茶』代表の福田孝良さんにお話をお伺いしました。

先代が築き上げてきた礎

福田製茶は知覧町後岳地区にて福田さんのお祖父様が創業されました。

2代目のお父さんと共に、知覧茶のブランド力を上げる礎を築かれ、現在3代目として小売を中心に茶業に従事されています。

20年以上前のこと。

自社工場を閉鎖し、地域の茶農家と共同で工場を使っていく道を選択したといいます。そこにはおじいさんとお父さんの未来を想う心がありました。

「どんどん人手不足になっていく中で、祖父も父も“自分たちが元気な間に、次のアクションをした方が良い”と考えた末の決断と聞いています。年を重ね、どちらかが倒れてからでは遅い。それなら、お互い元気なうちにきちんと次の世代が安心して茶業に従事できるような状況にしたい。そんな想いが二人にはありました。」

福田製茶 福田孝良さん

まず案内してくださったのは福田さんにとっても思い入れのある茶畑でした。

何とそこは5年前に品評会で農林水産大臣賞(以下:大臣賞)を獲得したお茶を栽培している場所だったのです。

「実は父の代の時に一度も大臣賞を獲れたことはなかったんです。“いつか獲りたいよね”とずっと言い続けていました。それで、私の代になり父と再度大臣賞にチャレンジしたんです。そしたら、ありがたいことに賞をいただけて。父も私もかなり喜んだのを覚えています。」

ここからは福田製茶の礎を築き上げてきた先代の後を継がれた福田さんの背景を伺っていこうと思います。

様々なことを経験したから

福田さんは高校卒業後、そのまま就農されました。

周りが農大や茶業試験場等でお茶について学んでから就農することが多い中、そのルートを辿っていないことでのしかかるプレッシャーは大きかったといいます。

「周辺の茶農家に同級生もいない。お茶に関する座学や実習で何かを学んだわけでもない。“本当に自分は大丈夫だろうか?”と不安な気持ちでいっぱいでした。どうしようかと思っていた時、救いだったのが茶業青年部や農業青年クラブの存在でした。そこで先輩たちから色々と教えてもらいました。」

「冬の閑散期には機械メーカーへアルバイトにも行っていたんです。そこで機械のメンテナンスを覚え、自社の機械整備や修理は私がほとんどやっていました。」

そんな福田さん。22歳の時、一時期茶業を離れ、友人の紹介で居酒屋の住み込みバイトを経験したことがありました。

そこで友人から勧められ、居酒屋にて住み込みでアルバイトをすることにしたのです。

「昼間に空いている時間があれば、カラオケボックスや手打ちうどんのお店でアルバイトもしました。この期間を利用して、普段できないことをやってみようと思ったんです。お茶農家だけずっと従事していたらできない作業を覚えたり、知恵を身につけることができました。あの半年間があってよかったです。」

「息子がいるのですが“色々なことを経験してみて”と伝えています。結果として、お茶農家を繋がない選択をしても、それでいいと思っています。」

自園から見渡す集落の風景

時代の変化を駆け抜けて生まれた夢

就農されてから、茶業界における時代の変化を目の当たりにしてきたといいます。

「例えば、お茶を摘む機械。就農当初は2人1組で摘む機械が当たり前でしたが、今では常用摘採機になって大分作業が楽になりました。以前はお茶といえば宇治だったり八女だったりで、知覧茶はあまりブランドとして知名度を持っていなかったんです。知覧茶はそんな時代を駆け抜け、今は一大産地としてブランド力があります。それは、先輩たちが歯を食いしばって礎を築き、風景を守ってきてくださったからです。」

そんな時代を経験されてきた福田さんから
今思い描いている小さな夢を教えていただきました。

「もし10年後に、次の世代へある程度任せられるようになったら全国を知覧茶の販売しながら巡りたいと思っていまして。」

「鹿児島では当たり前のように飲まれていますが、都市部の方に飲んでもらえると“とても美味しい!”と感動してもらえるんです。ただ、正直試飲してもらって100人に一人がお茶を買ってくれたらいい方です。皆さん、昔から飲んでいるそれぞれの味があるので。」

「知覧茶というブランド名があっても、まだまだ全国的には知られていません。だから、そこも踏まえて、一人でもファンになってもらえるように楽しみながら、各地でこの美味しさと感動を伝えたいと妄想しています。」

次世代が気持ちよくお茶づくりをできる環境を

“お茶づくりをしてよかった。次の世代が将来そのように思ったもらえるような基盤づくりをしたい。”

取材を通して、何度も口にされたのが次世代を想う言葉でした。

そのために何をされているか尋ねると次のように答えられました。

「工場内の設備投資を少しずつ行っているところです。今我慢して、その時だけ乗り切ればいいわけではありません。将来残った次の世代が“こんなはずじゃなかった”と感じないように、できる範囲で1つずつでも投資するようにしているんです。」

その後、工場へ案内していただきました。

知覧岳製茶の茶工場内

工場の繁忙期は24時間フル稼働しています。

少しでも組合員の労力を減らすために事務所にはカメラを数台設置し、わざわざ機械の近くまで行かなくてもチェックできるような体制にされているそうです。

「事務所から流れを確認できますし、異常があれば機械が知らせてくれます。機材トラブルさえなければ、全部自動で作業が進むので効率がかなり良いです。他にも、工場内の入口と出口を一緒にしたり、生産性を考慮して機械配置を行ったりすることで、組合員の負担を極力減らすように努力しています。」

「まだ設備投資できていないものもありますが、普段からの掃除をこまめに行うことで、良い状態で機械を使い続けられるように意識しています。」

自分たちができる時に少しずつでも

常に次世代を想い、5年・10年先のことを考えてらっしゃる福田さん。

組合としては定期的に周辺の茶工場のメンバーで集まり、情報共有や意見交換を行っているといいます。

「集落も高齢化が進んでいて、65歳以上がほどんとです。この産地をどうやって次世代へ引き継いでいくか。それが一番感じている課題です。ゆくゆくは苦渋の選択をしないといけない時もやってくるかもしれません。でも、それが次世代のためになると思っています。自分たちの代でやれることは少しずつでもやっておきたい。いきなりまとめてやっても大変だと思うんです。」

福田製茶としても同様に次の一手を打っているようです。

「10年前から自園のほとんどを有機栽培に切り替えました。良い色になりますし、味もスッキリして美味しいです。」

「新茶はティーパックを作り、急須を使わないお客様向けに販売しています。高品質で付加価値があるものを提供し、生き残れるようにと考えました。」

「息子がいるのですが、現時点では家業を継ぐ予定はありません。でも、もしかしたら、ある程度歳を重ねたら考えが変わるかもしれない。そんな時に、安心してお茶づくりに専念できるように、家業も10年先を見据えた動きをしていきたいと想います。」

どの時代も1年先の未来を読むのは難しい中

5年先、10年先、さらにその先を見据えて地道にアクションをされている福田さん。

それは先代のおじいさんやお父さんの姿勢を自然に引き継ぎ
実践されていると感じました。

その姿勢は茶業界だけではなく
どの世界においても共通することだと思います。

今回の取材を通して
取材陣の私たちも先を見据えて何ができるか。

それを見つめ直す機会にもなりました。

【プロフィール】
福田孝良(ふくだたかよし)
1969年南九州市知覧町生まれ。幼い頃から祖父と父親のもとでお茶について学び続け、地元の高校を卒業後、茶業青年や農業青年クラブなどに入会し先輩達から製茶業について学ぶ。現在は、(有)知覧岳製茶の代表取締役と家業の「福田製茶」にて自園の栽培管理を行う。

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