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5.2.3. 茶道の教授者という選択:茶道教室を運営する場合

「お茶」を仕事にする第一歩

インフォーマントが「お茶」を仕事にするまでの経緯については前頁で触れた。
しかし,それまで企業に勤めていた人が,いきなり収入源を「お茶」だけに絞ることは考え難い。

インフォーマントの事例を見るに,「専業」になる前段階にあるのは,本業もしながら,自分の教室(生徒)を持つことだ。
「お茶」を仕事にする過程で,避けては通れないと考えられるこの段階を,この節では掘り下げたい。

教授者にならない場合とその理由(1)

インフォーマントに将来の展望を伺ったとき,茶道教室の先生になる意思が「無い」と明言したのは翔太さんだけであった。

もちろん,明言しなかっただけで,教授者になる意図のない人は他にも存在する。
解答は全てインタビュー当時のものであり,心境が変化している可能性は明記しておく。

翔太さんは,教授者にならない理由として,まず許状制度(第3章3.1.1.参照)への不信感を挙げた。

お免状って利休さんの時代になかったでしょ。
(千利休の弟子の)古田織部は別にお免状作ってなかった。

流派に支払う許状の申請料自体は,そのまま流派に流れる。
これが翔太さんの言うところの「本家の運営費」に充当する。

すなわち申請料自体は,生徒には直接関係のない費用といえる。

茶道の教授者になると,流派と生徒の間に入り,こうした免状の申請を仲介することになる。
許状制度そのものに納得していないため,仲介も避けたい,というのが翔太さんの感覚だろう。


教授者にならない場合とその理由(2)

加えて,多くの茶道教室では,許状申請(もしくは許状取得)のお礼を支払う。
申請料とは別に,茶道教室の先生に指定された金額を支払うことが常識であるとされているのだ。

すなわち,流派に流れる許状の申請料を差し引いた額,つまりお礼やお菓子料 [注61] として上乗せした額が,教授者の手元に残る。
その上乗せ額は,教授者次第で決められる。


このお礼やお菓子料の有無や金額は,完全に教授者の裁量である。
他の茶道教室の修練者と許状の話になると,「うちは申請料だけですよ」と,お礼やお菓子料を求められないことを主張する人もいた。

したがって,月謝(炭代や茶菓子代といった必要経費を含む)以外の,許状の申請料やそのお礼といったお金は,単純に「先生の給料」であると翔太さんは述べる。


茶道教室の運営だけで生計を立てている場合,この上乗せ分は大きな収入源だ。
本稿のインフォーマントが茶道教室の運営だけに終始しない理由は,ここにもある。


「生計を立てるための茶道」との違い

職業茶人ってそれ本質ですか」という翔太さんの発言には,生計を立てるための「茶道」は,「茶道」の本質に反しているという強い主張がそのまま表れている。

翔太さんのいう「職業茶人」が茶道教室の運営で生計を立てている人だと定義しよう。
職業茶人とは対照的に,複数のインフォーマントが,茶道とは別に本業を持ち,「お茶」で稼ぐ必要がないことに触れていた。

「お茶」とは直接関係のない生業を持つことで,採算を度外視した,自由で実験的な「お茶」が可能になると語っている [注62]。

本稿のインフォーマントが茶道の教授者になることを庶幾しないのは,妥当な流れだろう。


教授者としての「茶道団体」の代表

しかし,インフォーマントのほぼ全員(茂さんは含まれない)が茶道教室に所属している。
彼らが順当に免状を積み上げ,教授者へとなっていくことは想像に難くない。

むしろ,既に茶道を教え始めているインフォーマントも観察された。
さらに進行すると,中には茶道「専業」になり,茶道教室の運営に注力する人も見受けられるようになる。


ここで重要なのは,本来なら茶道の教授者になることを望まないはずのインフォーマントが教える「お茶」が,どのように従来の教授者と異なっているのかという点である。(詳細は5.2.3.1.5.2.3.2.


教室より生徒が先に在る

まず複数のインフォーマントに共通していたのは,教室を始める前から,インフォーマントに習いたい人がいたという点である。


「茶道団体」を発足した翌年に,「茶道団体」の活動の参加者に依頼されて茶道教室を開いたのは大輔さんである。

ちょうどその頃,教授者になることができる段階まで許状を取得していたため,大輔さんの師匠も茶道教室を始めることを後押ししてくれたようだ。


例えば裏千家では,助講師以上の許状を取得すると,茶道を教えることが可能になる。
ただし,助講師を取得したばかりのタイミングで茶道教室を始める人は多くはない。
道具や生徒等,教室の環境も整っているとは限らないからだ。


同様に洋平さんも,「どうしても(洋平さんに)教えてほしい」と頼まれたのが契機だった。
洋平さんの場合も,「茶道団体」の活動を始めた後に茶道教室を開いている。


インフォーマントに習いたいと感じた理由

「茶道団体」の活動の参加者がインフォーマントに習いたいと思った理由として,「茶道団体」の活動に共感した(楽しいと感じた)ことがまず含まれるだろう。

例えば大輔さんの教室の生徒の一人は,50代以上であるように見受けられたが,これまで他の茶道教室に通ったことはないと語った。
「茶道団体」の代表者の「お茶」が,茶道の原体験になった事例である。

その50代の生徒は,以前から茶道そのものに興味はあったようだ。
ただし,いざ習い始める際,大輔さんの「お茶」を見て教室を決めた点は特筆すべきだろう。

「茶道団体」の活動が,茶道を習いたい人々(=将来の生徒)と出逢うきっかけになったことは間違いない。


次項では,「茶道団体」の代表者の教室運営にも現れる時代性を見ていこう。


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[注61] 筆者の通っていた茶道教室では,許状の申請料が17,000円であれば,先生へのお礼は同額の17,000円であった。また,金一封にのし付きのお菓子などを添えるしきたりも,教室によっては存在する。
筆者のいた茶道教室では,社中の人数が多いことを理由に,食べ物ではなく現金で「お菓子料」を払うことになっていた。これに関しても,筆者のような許状の位がまだ低い生徒は3000円,といった指定があった。許状の申請料だけでなく,お礼やお菓子料なども,許状のランクに応じて値段が上がっていくのである。
[注62] 大輔さんは,「お茶」を生活のためのビジネスにしていない理由を「お免状を申請するときに,お礼を上乗せして儲ける必要がない。なぜならそれで家計を維持してるわけじゃない」からだと述べていた。すなわち,「お茶」以外に生業があるからだと主張している。

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