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【1話完結小説】記憶に無いおつかい

「あんたは小さい頃“は◯めてのおつかい”に出たことあるのよ。」

 そう言いながら一度もその時の映像を見せてくれたことのない両親は、俺が20になった年に交通事故で死んだ。
 葬式も終わり、両親の部屋の片付けをしていると“は◯めてのおつかい”と書かれたDVDが出てきた。

「ああこれか。言ってたことは本当だったんだな。」

 特に興味もなかったが、何の気無しに再生してみる。例の音楽と共にVTRが始まった。

 そこに映し出されたのはまさに俺の町、俺の家。室内の映像では若かりし父と母が映る。そしておつかいに行く子供。これが俺。

…いや、俺…じゃない…。

 “4歳、ひとりっ子で気弱な男の子”と紹介されたVTR中のソイツは明らかに俺とは違うタイプの子供だった。
 ひょろりと細く、癖っ毛の髪は栗色。色白で全体的に儚い雰囲気。一方の俺は、骨太で剛毛の黒髪。色黒の超健康優良児だ。子供の見た目は成長するにつれて変わるなんて話も聞くけど、これはいくらなんでも無理がある。
 ____明らかに別人…。道理で俺の中に番組に関する記憶が全くなかった訳だ。

 さっぱり意味が分からない。この映像の中で俺だけが全くの別人なのだ。そもそも紹介された名前が違った。“健斗くん”。俺は“康夫”だ。
 ナレーターによると健斗くんは病弱で入退院を繰り返しているらしい。だから外の世界にあまり触れたことがなく気弱なのだという。

 黄色いポシェットを斜めがけにして家をのろのろと出発した健斗くんは、怯えたように歩き出した。本当に病弱のようで、少し歩いてはゼーゼー言いながら道端に座り休んでいる。工事現場の横を通った時は、砂埃が気管に入ったのか激しく咳き込み、見ているこちらが「もういいよ、帰って休めよ!」と言いたくなるほど辛そうで、視聴者は絶対みんなこのシーンで泣いてるだろう。

 意外なことに、ようやく健斗くんが辿り着いた目的地は町外れの総合病院だった。現在ではすっかり廃墟になっている病院が、VTRの中では営業している様子が新鮮だった。

 しかし、健斗くんは病院に一体何のおつかいで来たのだろう。前半部分で明示されるはずの目的を見逃したのか、よく分からないままだ。

 病院の自動ドアへ入って行く健斗くん。

 ____暗転。

 次にVTRが明転した時、健斗くんは両手に新生児を抱えて出てきた。

「えっ…何…?」
いつもの番組らしからぬ展開に俺の目は釘付けになる。

 細い腕でしっかりと赤ん坊を抱き締めた健斗くんは「健康な子、健康な子…」と呟きながらよろよろと来た道を戻り、家に辿り着いた。玄関の外で涙を光らせて出迎える両親。

「健斗くん、よく頑張りました。自分の代わりの健康な子、ちゃーんと連れてこれたね。」というナレーションに続き、母の「名前は康夫にするわね。」という嬉しそうな声。そこで例の音楽も流れぬまま、VTRはぷつんと途切れた。

end

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