【1話完結小説】子供たち

 小さい頃、母は怒ると凄い剣幕で怒鳴り、私を締め出し鍵をかけた。このまま棄てられるかもしれない…という絶望と恐怖。何が怒りのきっかけになるか分からないので常に怯えて過ごした。

 やがて私は大人になり母になる。我が子に決してあんな思いはさせまいと誓った。叱る時も丁寧に理由を説明し、常に努めて冷静に対応した。それでも息子はヤンチャ盛りでなかなか指示が通らない。育児で悩む事が増えた。昔の私はあんなに怯えていたのに、この子は何故こんなのびのび過ごしているのだろう。たまに息子が羨ましくなる。

 その日、ふざけた息子は私が回覧板を回しに出たその一瞬で、玄関に鍵をかけた。

 チャイムを連打し、ドアの前で「開けて!開けて!」と叫ぶ。中から息子の無邪気な笑い声。

 遠い記憶の自分と今の自分が重なる。気付けば泣きながら「開けてぇぇぇ!」と絶叫していた。

 驚いて鍵を開けた息子。私はすかさず玄関になだれ込み、大声で喚きながら息子を突き飛ばす。「なんで閉めたの!なんで!?なんで!?」一度溢れ出た感情は止まらなかった。

 そしてどこか冷静な頭の片隅で気づいてしまった。ああ、私は大人でもお母さんでもない。まだこんなにも子供のままだったのだ。子供が子供を育てられるわけないよ。

 母に、自分よりも大きな存在に、思い切り寄り掛かりたかった。抱きしめてほしい、励ましてほしい、「きっと大丈夫だ」と力強い言葉で導いてほしい。だが今はもう私がそうするべき立場なのだ。こんなにも、こんなにも子供なのに。きっと母もあの時、子供のままだったのだろう。

 横では息子が泣きじゃくっている。私は途方に暮れ、薄暗い玄関でいつまでも胎児のように膝を抱えて泣き続けた。

end

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