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【1話完結小説】木瓜

介護ベッドの上から爺さんが叫ぶ。
「婆さんや、ご飯はまだかね」
隣の部屋からヨタヨタと杖をついた婆さんが近付いてきて優しく答える。
「嫌ですよお爺さん、さっき食べたじゃないですか」
「何!?ワシはまだ食っとらんぞ!昨日からもうずっと食っとらんぞ!さてはお前ワシを殺すつもりだな!?この人でなしが!」
瞬間湯沸かし器のごとく急に激高した爺さんは側にあった湯呑みを掴み婆さんに投げつけようとしたが、その腕は枯れ枝のように細く、湯呑みが持ち上がることはなかった。
婆さんはまた優しく笑顔で繰り返す。
「嫌ですよお爺さん、さっき食べたじゃないですか」
穏やかなその目は爺さんを見ているようでどこか遠くを見つめていた。
3月の控えめな陽光が窓から差し込み、2人に薄い影を作る。庭では赤く小さなボケの花がポツポツと開き始めていた。

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