学級の概念が変わろうとしている
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学級の概念が変わろうとしている

旅する教師が出会った言葉(なかがわ さとゆき)

先日、教育関係者の勉強会で、これからの教育の方向性について話をする機会がありました。その時に話した内容を一部紹介します。

中央教育審議会の答申『「令和の日本型学校教育」の構築を目指して』では、誰一人取り残されない教育を実現するため、多様化する児童生徒とどのように向き合っていくのかが大きな柱になっています。
そのことは答申に明記されている「正解主義や同調圧力への偏りから脱却」という言葉からも強く感じ取ることができます。

イノベーションは辺境から起こると言われますが、教育における変革は、国の動きに先駆けて既に学校現場から始まっています
誰一人取り残さない、すべての子どもの学習権を保障する、という目的を最上位に掲げて、長年の慣習や既存の枠組みに囚われずに、覚悟と信念を持って変革を起こしていく校長や教員の姿には尊敬の念しかありません。

今、現場で起きている変革には、一つの共通点があると感じています。
それは、日本型教育の特徴でもあり、学校教育のベースとなっている「学級」の概念が変わろうとしているという点です。

例えば、千代田区立麹町中学校では、クラス担任を廃止しています。
詳細は当時の工藤校長著『学校の「当たり前」をやめた。』をご覧頂ければと思いますが、生徒の「自律」を最上位の目的に掲げたときに、学級担任制は本当に必要なのかを問い直した変革です。
これは「学級=担任」という学校が当たり前としていた考え方を変える事例です。

また、広島県福山市の常石小学校では、公立小学校で初のイエナプラン教育を実践する学校として全国から注目を集めています。
異年齢集団(小学1〜3年生/4〜6年生)で学習集団を再編し、主体的・対話的な学びを進めています
こちらも「学級=同一学年」という概念を変える事例といえます。

愛知県岡崎市の中学校では校内にフリースクールを開設しています。
同様の動きは広島県でも行われていますが、自分のペースで過ごすことのできる別室が学校にあることで、不登校の生徒を含めて多様な子ども達の安心・安全な居場所となっています
これまでの「学級=自分の所属する教室」ではない、新しい形の居場所づくりです。

熊本市では、一斉臨時休校で導入されたオンライン授業を発展する形で、不登校児童への授業のライブ配信を始めています。
様々な事情で登校できない子ども達が自宅でも教室にいるクラスメートと一緒の授業を受けることができる取り組みです
今までの「学級=同じ空間」での授業を変えていくものです。

貧困、発達障がい、不登校など、児童生徒の抱える課題が複雑化・多様化する中、従前の「学級」という枠組みに囚われていたのでは、対応できなくなってきているのだと思います。
その構造に気が付いた学校が「学級」の概念を再定義しながら変革を起こし始めているのだというのが私の仮説です。

一方で「学級」という枠組みをベースとした学校の教育活動を全否定するつもりはありません。
日本型教育の特徴とも言える「学級」が、教育的な機能だけでなく福祉的な機能も有しながら学級担任を中心としたセーフティーネットとして働いていたことや、良い意味での同質性、協働性に寄与してきた点も評価すべきです

しかしながら、ドラマ「3年B組 金八先生」のように担任が一人で様々な背景を抱える児童生徒(家庭を含む)を支えるのは、児童生徒の多様化が進む現状ではもはや不可能ですし、働き方の観点からも推奨できません。
また、良い意味での同質性も行きすぎれば「同調圧力」につながりますし、これからの時代に求められる協働性は、様々な背景や価値観を持つ児童生徒による多文化協働性であることを考えると、これまでの「学級」の在り方を見直し、再定義していく時期にあると感じています。

令和の日本型学校教育とは「日本型学校教育」の特徴である「学級」という枠組みの持つ協働性を最大限に生かしながら、DXや共創という「令和」の技術や価値観を導入することで、多様性を高めていくことではないでしょうか。

(福山市教育委員会のホームページより)

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旅する教師が出会った言葉(なかがわ さとゆき)
1981年の福岡生まれ。岡山県で中学校の教師を4年経験したのち、文部科学省に入省。その後も島根県の海士町や岩手県への出向を経験。 学校現場から文科省、県教委、町役場と、様々な立場から教育に携わってきた道のりはまるで旅のようで、そんな旅の中で出会った言葉をここに綴っています。