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「アイアムアファーザー」第21話:近づく別れ

 4月になった。満開の桜が人生の新しいステージを迎えた新入生や社会人1年生を祝うように咲いているこの頃、社会人13年目を迎えた僕は苦しんでいた。

 両親共働きだった僕にはあまり一家団欒の記憶がない。酒を飲んで周囲に当り散らす親父と家族の関係が良好だったはずもなく、家の中には常に変な緊張感が漂っていた。僕はそんな家が大嫌いだった。だから自分が親になったら、子供たちにとって自慢の父親になりたかったし、僕の親父や婆ちゃんも含めた四世代で仲の良い家族になりたかった。

 色々悩んだ末、近い将来、地元である浜松に生活の拠点を移そうと考えていた。そうすれば子供たちは、お爺ちゃんやひいお婆ちゃんといつでも会えるし、それは親父や婆ちゃんにとっても嬉しいことだと信じていた。

 よく「仕事を取るか、家庭を取るか」と言うけど、僕はどちらも捨てるつもりはなかった。東京を離れたからと言って仕事を諦める訳ではない。その場所その場所でやりがいのある仕事ができる自信があった。そして離れることになるであろう東京の友達との関係は何も心配はしていなかった。会う回数は減るけど、友達はどこにいようとどれだけ会ってなかろうと友達だと言うことは、小学校・中学校の友達、オーストラリアの友達から教えてもらったから。

 だけどそんな矢先に親父が死んだ。そして2月からは突然婆ちゃんも倒れて病院に入院している。80を過ぎているとは言え、それまで全く健康で元気にしていたのでショックだった。親父が死んだ時、誰よりも落ち込んでいたように見えた婆ちゃん。娘である僕の母を死ぬまで苦労させた大酒飲みの親父を恨みつつも、親父とは気が合うようで母が亡くなった後も、一緒に暮らしていた。

 婆ちゃんはオーストラリアに住んでいる伯母が浜松に来て付きっ切りで看病してくれている。その事実が、考えたくないけれど婆ちゃんの死が近づいていることを予感させた。二十代の頃から浜松を離れて東京に行き、更にオーストラリアにまで行ってしまった伯母は、今婆ちゃんに最後の親孝行をしているんだと思った。

 婆ちゃんが倒れてから、僕は毎月一度は家族で浜松に見舞いに行った。そして行く度にやつれていく婆ちゃんの姿が悲しかった。ねえ、婆ちゃん。僕はどうすればいいの?浜松に引っ越すつもりだったけど、引っ越しても誰もいなくなっちゃうのかい? 僕はこれからどうやって生きていけばいいのかわからなくなっていた。

 楽しかろうが辛かろうが時間は全ての人に平等に1日24時間ずつ与えられている。新太郎と由莉杏はすくすくと成長していった。新太郎は毎日新しい英語を話し続けている。「It looks like a dragon though. (これドラゴンみたいだけどね)」とthoughを使うようになったし、バットを手で支えて「After Shintaro help this baseball bat, it can stand up but after losing hands, it's gonna be fell off. (新太郎がこのバットを助けてあげれば、バットは立つけど、手を離せば倒れちゃうんだよ)」というような長文も話し出した。細かいことを言えば文法的な間違いはあるのだが、いちいち指摘して英語を話す事が嫌になってしまっては本末転倒なので、あまり間違いは指摘していない。そもそもまだ3歳にもなっていない子供なんて日本語でも間違いはあるものだ。

 4月半ばには、アイルランド人の高校生ウイリアムとお父さんのティムが日本にやってきた。ウイリアムとは彼が14歳の頃、僕の店で日本のアーティストのCDを買ってくれて以来の付き合いで、もう何度も会っている。ティムとは今回が初めてだった。新太郎は最初は少し人見知りをしたけど、すぐに慣れて楽しく食事をした。英語で堂々と会話する新太郎に、普通のアイルランド人の子どもみたいだとティムは驚いていた。

 そして毎月恒例になってしまった婆ちゃんのお見舞いで浜松にも行った。由莉杏はまだ何もわからないけど、新太郎は婆ちゃんに何が起こっているかある程度はわかっているので、とても悲しそうにしている。「早く元気になってね。ばあば大好き」新太郎がそういうと婆ちゃんは嬉しそうに微笑んでいた。

 せっかく浜松に来たので、子どもたちが楽しめることもしようと思って、航空自衛隊 浜松広報館(エアーパーク)に行った。僕と新太郎はフライトジャケットに身を包み戦闘機に乗り込んだ。「Shintaro, if this airplane can really fly, where do you wanna go? (新太郎、もしこの飛行機がホントに飛んだらどこに行きたい?)」僕が聞くと、「Anywhere is OK. (どこでもいいよ)」と答えた。僕がどこかに移り住むと言ったら新太郎がこんな風にどこでもいいよと言うかはわからないけど、新太郎と由莉杏が大きくなるまでは、僕が住む場所が子どもたちの住む場所になる。浜松へ移住することの目的がなくなりかけている今、僕はどうしたら良いのだろうか?

 4月28日、僕は32歳になった。朝起きてきた僕に新太郎は「Happy Birthday!」と言ってくれた。そして、「Look! I can fly like an airplane! (見てよ!飛行機みたいに飛べるよ!)」と言ってミッフィーの椅子に乗って飛んでいるポーズをとった。この天真爛漫な笑顔を守りたい。その為なら先の見えない真っ暗な未来でも手探りで進んでいくさ。

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第22話:https://note.com/teachermasa/n/n75e953885db5

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