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「アイアムアファーザー」第22話:そして誰もいなくなった

 たまにはゆっくり家族でイタリアンなんてのもありなんじゃないかと思い、店を早く閉めて、中野駅南口で彼女と子どもたちと待ち合わせをした。

 中野駅北口から高架下を通り南口へと向かう途中で、横断歩道を渡って南口へと向かう新太郎と目が合った。新太郎は「ダディ!」と叫び僕に向かって走り出した。スタートのピストルが鳴った直後のスプリンターのように僕も新太郎に向かって走り出し、新太郎を抱きしめた。

 バスに乗ってイタリアンレストランに向かう途中、新太郎が先ほどの駅での再会をこう説明した。「I found daddy and said "Daddy!". Daddy ran and Shintaro ran too. And daddy gave a hug. Because daddy loves Shintaro so much. (僕がダディを見つけて「ダディ!」と言ったら、ダディは走って、僕も走って、ダディは僕を抱きしめてくれた。ダディは僕が大好きだからね)」 僕の気持ちまで勝手に説明してくれた。まったくその通りだけれど。

 僕の愛する子どもたち、新太郎と由莉杏は日々めまぐるしく成長している。そしてその一方で死に向かって時計を進めるしかなくなってしまった人もいる。

 5月24日、僕と新太郎は両国国技館にいた。大相撲5月場所の千秋楽、日馬富士が、白鵬との優勝決定戦を制して幕内初優勝を決めた日だ。新太郎が「ゴーゴー日馬富士!」と声援を送り、桝席の周りのお客さんの人気者になっていたその頃、僕の婆ちゃんはこの世を去った。僕がそれを知ったのは翌日の朝だった。「婆ちゃんだって、せっかく楽しんでいるのに自分のせいで相撲が見れなくなったら嫌だろうから」と、僕たちが相撲観戦に行くのを知っていた家族が気を使って連絡をしないでいてくれたのだ。

 そしてお通夜。僕が「Shintaro, please come and see Ba-Ba's face. (新太郎、こっちに来てばあばの顔を見てやってくれ)」と言うと、「No!」と新太郎は叫んだ。

「I know you're scared but everyone dies. I will die. Mom will die, you will die finally. Ba-Ba's body will be burned tomorrow so please see her face now and remember her. (怖いのはわかる。でも皆いつかは死ぬんだ。俺も、ママも、お前だって。ばあばは明日になれば燃やされてしまう。頼むから最後に顔を見て忘れないでやってくれよ)」と僕がもう一度頼むと新太郎は婆ちゃんの遺体の傍に来てくれた。

「Touch her face. (顔さわってごらん)」と僕が言うと、新太郎は恐る恐る婆ちゃんの顔に触れて「Cold. (冷たい)」と言った。そして新太郎の目から大粒の涙が溢れ出した。僕も一緒に泣きながら、「Thank you, I'm sure Ba-Ba is very happy to meet you. (ありがとう。ばあばは、お前と会えて幸せだったと思う)」と新太郎を強く抱きしめた。

 その後、僕の中学の同級生で今は坊主になっている友達が「流派は違うけどお婆ちゃんにはお世話になったからお経だけあげさせてくれ」と言ってお経をあげてくれた。

 中学の時から一緒にバカをやってきた友達が立派にお経をあげてくれていることに「あいつも立派になったんだなあ」と思うと同時に、彼がうちに遊びに来て婆ちゃんがおやつを出してくれたこととか、色んなことが頭を過ぎった。そして「ああ、これで両親、両祖父母みんないなくなっちゃったんだなあ」と幽体離脱したみたいに客観的に思った。

 幽体離脱した僕が聞く。「お前これからどうすんの?」

 生身の僕が答える。「ちょっと考えさせてくれよ」 

 僕が思い描く理想の家族を求めて生きてきたのに、物語の主要人物が二人続けていなくなってしまった。頭の中が真っ白になった。

 僕は人生で起こったことは良いことも悪いことも必然だったと考えることにしている。そう考えて今まで前向きに生きてきた。例えば僕が16の時に母が死んだ際には、このまま母が生きていたら甘えっぱなしでどうしようもない人間になったかも知れないから、今が自立する時だと思って頑張った。

 僕が浜松に移り住んで4世代で家族をやり直したいと思っていた矢先に、親父と婆ちゃんが死んだ。その理由を見つけ出すには少し時間がかかりそうだ。だけど必ず答えはある。


第23話:https://note.com/teachermasa/n/nd45fd27047ba

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