茶品種トリビア① いずみ~ミントティーになるはずだった!?~
現実逃避にトリビアひとつ
過去記事の!続きが!進まない!
そういうとき、人は現実逃避に走ります。でも実際、現実逃避中にポッといいアイデアが浮かぶのも事実…。どうせ現実逃避をするのなら、ちょっと役立つものをということで茶品種の紹介をすることにしました。
基本的に、脈絡はありません。その時書きたい・書きやすい茶品種について書いていきます。やぶきたとか好きすぎて、逆に手こずるので…。
アイドル茶品種 いずみ・みなみさやか・ゆめわかば(ド主観)
さてさて、今回はアイドル茶品種筆頭、今を時めく「いずみ」です。
「国産紅茶の品種別特徴をざっくり知ろう」にもちらっと書きましたが、国産紅茶人気の立役者といってもいいくらいいずみの紅茶のファンは多く、
「国産紅茶って微妙だと思ってたけどこれで目が覚めた」
という紅茶好きの方もいるほど。
その愛らしき芳香、桃のごとし。ぽよよん、ぷるっとした口当たり、と私は表現しているのですが、特に軽めの発酵だと口当たりまでもが本当にかわいいのです。重めの発酵だとふっくらした中にジューシーな香りがじわっ。
ポットの蓋を開けた瞬間、なにこれ?飲むアロマテラピーなの?と言いたくなるくらい、甘い魅惑的な香りが鼻をくすぐります。
紅茶だとちょっと似た系統、だけどヨーグルトやミルク感もある「みなみさやか」、バニラのような香りの煎茶用品種「ゆめわかば」と共にアイドル茶品種…しかもセンターともいうべき存在。ちなみにド主観です。
いずみのバックグラウンド:その①~レジェンド紅茶用品種の子~
「べにほまれ」の子供たち
「いずみ」のバックグラウンドについては、1961年の茶業研究報告にこうあります。
まず戦前の1933年、福岡県。新たな紅茶用の品種を作ろうと、国産の紅茶用品種第一号「べにほまれ」の樹からとれた種で、茶畑が作られました。
当時の日本は美味しい紅茶を作って輸出するため、紅茶用品種の選抜に力を入れていました。日本在来種から紅茶を作ると味が軽やかすぎて海外ウケがいまいちだったからです*。インドや中国から持ってきた種や、それらと日本のチャノキの雑種であれば、しっかりコクのある紅茶ができる!とわかったのが明治のころ。
なかでも「べにほまれ」は非常に優秀で、バラのような濃厚な香気を持つ、紅茶用品種の白眉でありました。その子供からもきっと素晴らしい紅茶ができると思われたのでしょう。なお、「べにほまれ」はのちにロンドンの紅茶市場で参考価格ながら最高値を付けるという快挙を成し遂げます。
ミッション:海外輸出を回復させろ
そして、戦後。ボロボロになった日本でしたが、茶の輸出量を回復させつつ、当時緑茶の大きな消費地であった北アフリカ(モロッコ・アルジェリア・チュニジア・リビア・エジプト近辺)に照準を定め、釜炒り茶用品種の選抜・育成に着手します。ライバルが中国の釜炒り製緑茶だったこともあり、釜炒り茶の方が海外向けだろうと踏んでのことでした。
そこで釜炒り茶に適した品種はどんなものか研究したところ、葉肉が厚く細胞の密度が高いものであること、そういう特性を持つ品種は中国種×アッサム種の子孫に多いことがわかりました。そこで白羽の矢が立ったのが、件の紅茶用品種の畑の茶樹、「べにほまれ」の子供たちです。
「べにほまれ」はまさにアッサム種の血をひく品種。例の畑から優秀な樹がピックアップされ、様々な試験にかけられます。挿し木で増やしやすいか、どんな病気に強い/弱いか、たくさん採れるかどうか…もちろん味に至るまで。
そのうちの1本が、日本茶の輸出量が戦前並みに回復した1953年に有望系統としてAt-5371の個体番号をもらい、高評価を得て1960年に茶農林24号として登録された「いずみ」でした。名前は生まれ故郷の福岡県筑後市”和泉”に由来します。
いずみのバックグラウンド:その②~モロッコ進出をあきらめた眠り姫~
ところが、です。いずみが登録された1960年ごろから、日本茶の海外輸出に翳りが見え始めます。円高、ライバルである中国茶の健闘、輸出先の政情不安、茶の需要低迷等の要因が重なった結果、1966年ごろには輸出は下火になってしまいました。
そして日本の緑茶生産は国内消費へと舵を切りますが、そこで求められたのは主に煎茶でした。1953年、茶の品種登録制度ができた際にいずみの母「べにほまれ」と共に登録された静岡県の奨励品種、茶農林6号「やぶきた」がこのあと大ブレイクし、日本を席巻していきます。「いずみ」はほぼ栽培されることなく、長い長い眠りにつきました。
(※ちなみに眠っている/眠っていた品種は、いずみだけでなく他にもたくさんあります)
いずみのバックグラウンド:その③~茨城へ。華麗なる復活劇~
時は流れ、2000年代。茨城の生産者の方々に見出されたことで、「いずみ」は華麗なる復活を遂げます。2008年に煎茶と烏龍茶が、2018年に紅茶が、国内のコンテストで高評価を得たのです。
国産紅茶は2000年代にぽつぽつ増え始めてはいたものの、インドやスリランカ産の高品質な紅茶を飲みつけている紅茶好きからの評判は、正直芳しいとは言えないものでした。1970年代以降生産がほぼ途絶えていたこともあり、栽培・製造のノウハウもほぼなかったのです。
「紅茶が苦手な人には飲みやすいのかもしれないけど、紅茶としての奥行きが足りない」「紅茶になっていない」―もちろん例外はあったと思いますが、おしなべて私が耳にした紅茶好きの評価はこのようなものでした。
(正直、私自身も同様の感想を持っていました。もっとも緑茶と紅茶では栽培のコツと製造方法、ひいては設備も違ってくるのでそう簡単にできるものでもなく、技術が途絶えていた経緯を考えるとやむをえないとも言えるのです…。)
そこに「いずみ」が躍り出て、一転、劇場は喝采の渦に包まれました。夏摘みのダージリン産紅茶を思わせるフルーティーさ、しかしよく喩えに使われるブドウやマンゴーではなく桃のような、個性のある香り。そしてみずみずしい口当たりと透明感。渋味は非常にかすかでありながら、紅茶好きが「軽やか」な紅茶に求める奥行きをきっちりと備えていました。
2010年代末には紅茶用品種を使った美味しい紅茶も少しずつみられるようにはなっていましたが、「いずみ」には圧倒的に「飲んでみたい」「国産紅茶苦手だったけど飲んでみようかな」と思わせる個性と、プロによる評価がありました。そして、飲んだ人を虜にすることのできる実力をちゃんと備えていました。
ちょうど2010年代から販売員としてお茶に関わるようになった身からすると、この品種がそれまでの国産紅茶の評判を払拭し、新しい扉を開け、他品種が飲まれる糸口となったことは間違いないと思います。
もちろん「いずみ」だったから、というだけではなく、生産者の方々のたゆみない研究がその成果を生み出したことは言うまでもありません。
いずみのこれから
現在いずみは茨城県外、静岡や熊本などでも栽培が始められています。
前述の通り、特に脚光を浴び現在人気があるのは紅茶ですが、烏龍茶にしてもそのフルーティーさと「飲むアロマテラピー」っぷりをいかんなく発揮してくれます🍵まだまだ数は少ないものの、見かけたらぜひ飲んでみていただきたいと思う品種です。
そうそう、私が「いずみ」を初めて知ったのは、とあるお茶のイベントでお茶友達が「いずみ」の釜炒り茶をモロッコ風のフレッシュミントとお砂糖を入れたスタイルでサーブしてくれた時でした。最初は遠くモロッコで、こう飲まれるはずだったのですよね…。ミントの爽やかさが加わるので、暑い時期にいずみの来歴を思いながらアレンジするのもまた一興。
輸出の期待を一身に負って生まれ、長い長い眠りにつき、復活して国産紅茶界に風穴を開けた「いずみ」。近いうちに世界に出て愛されるようになることを願ってやみません。
参考文献
1)農林省九州農業試験場茶業部 讃井元・安間舜 かまいり茶用新登録品種「いずみ」について 茶業研究報告 1961 年 1961 巻 17 号 p. 11-15
(online), https://doi.org/10.5979/cha.1961.11, (参照 2021-02-23)
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