雨宮塔子のパリ通信 最終回 “人権の国”フランスが掲げる主張と現実
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雨宮塔子のパリ通信 最終回 “人権の国”フランスが掲げる主張と現実

「パリでアジア人狩りが増えているそうだから、何か話せることがあったら取材に応じてほしい・・・」

新型コロナウイルスの発生と結びつけて、フランスでアジア人に対する差別的な行為や攻撃を呼びかけるSNSが拡散しているというニュースに、11月の初旬、とある番組から先のような取材依頼を受けた。

この時には、先方の期待に沿えるような具体的なエピソードや経験談は持ち合わせていなかったから、この番組の取材はお受けすることができなかったのだけれど、時を同じくして11月2日に在フランス日本大使館からも、在仏日本人に向けて警戒を呼びかけるメールが一斉送信されていたから、事態は私の想像以上に深刻なのだと、私はその時はじめて恐れを抱いた。

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写真:テラスでの営業も停止になったカフェでは、こうして椅子が山積みにされた光景がよく見られる。

第一弾のロックダウンが発令された3月に、私は携帯を盗られていた。

どうしてもメトロに乗らなくてはいけない用があったので、特例外出証明書を携えて、人気の無い車両(その車両には私以外、乗客はいなかった)の座席に座り、携帯を取り出してLINEに返信していたら、携帯が手からすり抜けていく。マスクをした体格のいい男がこの車両に乗り込んできたのは目の端で捕らえていたけれど、何気ない感じで私に近づき、私の手元から携帯をいとも簡単に抜き取ったのだ。あっと立ち上がった時にはそのアラブ系の男と、いつの間にか合流していたもう一人の仲間らしき男がドアに向かって走っていて、追いかけようとした私の目の前で自動ドアが閉まってしまった。

“ひったくり”という言葉もあてはまらないくらい、本当に不意をつかれた一瞬だった。パリに20年以上住んでいるけれど、スリを試みる人の気配にはすぐに気付いてきたから、これまで被害に遭ったことは一度もなかった。ロックダウン下で人気の無いこともあってこうした軽犯罪が増えているのかもしれないと、それからは外出する際は一時も気を緩めることの無いようにしている。

実際、その頃のパリでは私のように携帯(とくにスマートフォン)を盗られる被害が頻発していたようだ。

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写真:シャッターが降りてみると、地域によってはその上に落書きがされている店舗がほとんどなのに驚く。

同じくパリ在住の日本人の友人のひとりに限っては、さらに組織的な手口を思わせる被害に遭ってしまった。

駅の券売機でメトロカードをチャージしようとしたところ、不審な男がじっと見ていたので、彼女は用心してカード払いで暗証番号を打ち込む際に手元を覗き込まれないよう、手の平で覆い隠した。また、財布をしまう時もリュックの下部の、ファスナー付きのポケットの中にきちんとしまいこんだ。さらにその男につけられないよう、ホームに降りてからも小走りで扉が閉まる直前の車両に飛び乗ったそうだ。車内では先ほどの男が自分の車両に乗り込んでこないか終始見渡して、いないことを確認してから自宅の最寄り駅で降りた。

その駅で降りたのは、自分と同じ車両に乗っていたカップルだけだったので、ようやくそこで一息つき、それまではお腹に抱えるようにして持っていたリュックを肩掛けにして歩き出した。

しばらくすると、耳元で携帯のバイブ音がしたような気がしたという。そこで後ろを振り返ると、自分のリュックの、財布をしまっていたポケットのファスナーが空いていて、中はからっぽ。視界に先ほどのカップルが走っていくのが見えたので、慌てて追いかけると、その男女は駅の出口で二手に分かれて逃げたそうだ。友人は男の方に照準を定め、追いついたけれど、結局シラを切られ通し、財布を取り戻すことはできなかったという。

50代の私の友人が、2~30代の男に追いついたところで何ができただろう。逆ギレされて暴力を振るわれていたかもしれない。

友人曰く、おそらく券売機のところにいた男がカップル仕立ての仲間に電話をし、彼女の外見上の特徴や財布のしまい場所などを詳細に伝え、彼女をつけさせたのではないかと。

私は3月に携帯を盗られてからはメトロの利用は極力避けていたけれど、彼女の話を聞いてからは、それでも利用せざるを得ない時は、必ず斜め掛けできて、かつファスナーやボタンで留められるバッグを選ぶようになった。

意識して見てみると、メトロに乗り込んでくるパリジェンヌは大抵の人が小ぶりのバッグを斜め掛けにし、そこに貴重品を入れ、書類や資料などのバッグを別にしていた。小ぶりのバッグはブランド名がわからないようなものを。私の友人も、一目でブランドがわかるようなバッグを避け、あえて学生が持つようなリュックを選んでいたのだから、もはやお金を持っていそうかどうかではなくアジア系というだけでつけ狙われるのかもしれない。

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写真:メトロのホームで。斜め掛けできるバッグを持つ女性が目立つ。

メトロでのスリはずっと以前からアジア系の人たちが狙われてきたから、友人や私のケースがこの10月から警戒を呼びかけられている“アジア人狩り”という物々しい表現が当てはまる事象なのかはわからない。けれど、コロナ以前よりもずっとずっとこうした軽犯罪が頻発しているのは確かだ。

実際、2020年に入ってからの8か月間で、すでに6309人の外国人未成年者が逮捕されており、2019年の同期間より300人多くなっているそうだ。これは2年前に比べると42%の逮捕者の増加で、パリに限れば51%の増加にあたるという(2020年9月29日の le parisien.fr)。3月からおよそ2か月間のロックダウンがあったことを踏まえると、この増加率は看過できないように思う。

ロックダウン下で観光客が激減したせいか、メトロ内でスリやひったくりの対象になるのはもはや観光客やアジア系だけではなく、パリジャンにも広がっているというのが私の印象で、実際ティーンエイジャーのパリジェンヌがマグレブ系の同世代の青年に声を荒げているのを目撃した(スリは未遂に終わった)ことがあるし、娘は70代ほどの白人の老女がやはり外国人未成年者、3人組につけられているのを見て、警察に通報したと言っていた。

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写真:営業が許されている食料品店舗ではNoël (ノエル:クリスマス)のデコレーションが。

11月初旬には15歳の息子も被害に遭った。学校帰りに友人と3人で歩いていたところ、アラブ系3人組に囲まれた。息子は手に携帯を持ち、イヤーポッドもしていたため、それらを寄越すように言われた。彼らは息子たちより1、2歳上ぐらいだったので、息子は彼らの要求を拒否し、ケンカも辞さない覚悟があったけれど、その1ヶ月前に左肘を骨折し、ギブスがようやく外れたばかりだったので左腕の自由が効かなかったのと、相手がナイフをちらつかせ始めたので諦めて携帯とイヤーポッドを渡したのだそうだ。

親としては、息子や息子の友人たちにケガがなかったのでまずは胸を撫で下ろした。というのは、3月には日本人観光客の2人の若者がトロカデロ広場で3人組の未成年の強盗から携帯を奪われそうになり、抵抗した際に1人がお腹を刺されるという事件があったからだ。

このような事件に巻き込まれたら、携帯や財布は先方にくれてやるぐらいの心持ちでいた方がいい。だから、現金は必要最低限、カード類は財布には入れず、身分証は行政機関に用があって赴く以外の外出では、コピーを携帯するのが私たちの間では暗黙の了解になっている。

息子が無事に家に戻ってきたことでよしとした私とは違って、息子は向こうの意のままに携帯などを渡す羽目になったのが相当悔しかったようで、すぐに警察に“déposer plainte”(「告訴する」と訳すけれど、日本で告訴というと持たれる重い響きとは違って、フランス語では被害・盗難届けのことを指す)しに行くのをしぶった。

こんなケースはそれこそ何千とあるから、きっと警察も動かないだろうと。だから自分である程度彼らの足がかりを掴んでから警察に行きたいのだと。
以前息子が自転車を盗まれた時の警察の態度に息子だけでなく私も失望していたから、息子の思いはよくわかった。

一般的にはすぐにでも警察に被害届けを出しに行くべきだと思う。

しかも息子の場合、アラブ系の青年たちに携帯を渡す際に「iPhoneを探す」と「紛失モード」の設定機能の解除まで強制されていたから、彼らがオンラインにしたところで追跡できないのだ。
さらに悪いことに息子も私も彼の携帯のIMEI番号を控えていなかったため、回線をブロックするまでに時間がかかり、その間にインストールしていたアプリなどを利用されてしまっていた。

すぐにでも警察へ、と促す私に、あと一日だけ待ってほしいと息子は家を出ていった。後から知ったことだが、息子は主犯の青年の自宅を確かめに行っていた。UberEatsの利用履歴にいくつか同じ住所があるのを、彼はその青年の家と見定め、張っていたという。そして息子の姿を見ると、その青年は慌てて逃げたそうだ。

相手がまた大勢だったら、また刃物を持っていたら・・・。事後報告に背筋が凍る思いをしたが、とにかく息子はそれだけの証拠を揃えれば警察も動いてくれるかもしれないと一縷の望みを抱いていた。

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写真:シックなノエルのデコレーションが映える、7区にあるヨーロッパ最古のデパート、ボン・マルシェの食品館前。この辺りでも"携帯狩り"が頻繁している。

警察での被害届けの作成には、被害に遭った場所やその時の状況から、息子が張り込んだ青年の居住地まで入念に書き込まれ、盗難現場と、青年が息子の姿を見て逃げ出した場所あたりに設置された防犯カメラを見てくれるということだった。息子がその青年と出会った2か所の場所と時間を正確に覚えていたのが、防犯カメラでの割り出しにとても役立つと、被害届けを作成した警官は言ってくれた。

盗まれた携帯はSIMカードを抜き取られ、初期化されて誰かに売られるのが通常だ。警察も、盗まれた携帯の中にはロシアまで渡ったものもあると言っていた。息子の携帯には少なくないアプリが入っていたし、回線をブロックするまでに時間を要したから、利用価値はあったとしても、それでも証拠を残してしまうリスクを犯したのは、まだ未成年だからだろうか。

息子の携帯の件以来、気になったので同学年の子供のいるフランス人の友人に聞いてみたところ、その友人の息子さんこそ未遂に終わったものの、彼の友人のほとんどが一度は携帯を同じ手口で盗られているとのことだった。彼は治安も良くシックな地区である6区にある学校に行っているのだけれど、そうした6、7、16区といったいわゆる高級住宅街にある学校に通う子息を狙って、パリ郊外に住む外国人未成年者が“狩り”に来るのだという。

学校周辺や通りでやると、人目があるからだろう。最近は自宅のあるアパルトマンに入ったところを襲う手口が多いそうだ。帰宅途中からつけ狙い、その子が友人と別れて自宅のアパルトマンに着き、コードを押して門が開きかけたところで、数人でその子の後ろから一緒に押し入る。

アパルトマンの一つ目の門の先は公共スペースで通路になっているから、表にいる人々の視線を浴びることなく、その子を脅すことができるというわけだ。

携帯を盗られることはなかったけれど、後ろから急に襟首を掴まれたことのある息子さんは通学中や家に入る時は絶えず後ろの気配に気をつけるようになったそうだ。

ティーンエイジャーでも、女の子は手元の携帯をひったくられることはあっても、刃物などで脅されたり暴力で強奪されたりすることはほとんどないという。女の子を狙うのは性暴力のニュアンスを纏うのと、暴力を伴う強盗の刑罰は未成年でも格段に厳しくなるのを彼らはよく知っているのだ。

事件から3週間が経った先日、警察から連絡が入った。犯人らしき青年の映像を息子に確認してほしいとのことだった。そして、警察が息子に示した映像は、まさにその青年だった。

黒人とアラブ人のハーフだというその青年を、警察はかなり前からマークしていたという。彼らによると、その青年は11月に入ってからすでに5回は同様の犯行を重ねていて、被害届けの中には息子と同じ学校の学生もいたそうだ。

「未成年だから未成年者に対する緩和措置が取られて刑事罰に問えないかもしれない。それでも我々はできるだけ重い処分を与えられるよう、今はあえて泳がせているところがあるんです」

警察署の帰り道、警官の言葉がずっと胸にひっかかっていた。悪いことをしたのだから、犯した罪は償わせてほしい。仮に彼を拘留するためにもっと罪を重ねたり、あるいは重罪を犯すまで泳がせるとしても、それが彼のような外国人未成年者のバックに潜む、青少年に麻薬を密売させるような闇の組織に切り込むことに繋がりうるのだろうか

言い方を変えると、その大本に辿り着くまで被害者は増え続け、中には重傷を負う青少年さえ出かねないのを私たちはただ見守ることしかできないのだろうか。

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写真:こちらも7区にあるヨーロッパ最古のデパート、ボン・マルシェの食品館前。

道すがら、壁にもたれかかるようにして立っている売春婦たちの姿が目に入った。東欧出身者と思われる、中高年から初老の域に入る女性たち。彼女たちはコロナ禍のさなかでも客を取らなければならないのか・・・。そんな私の思いを見透かしたように、隣を歩く息子が言う。

「フランスの売春婦の8割は外国人だよね。彼女たちがフランスにいられるかどうかは裏のマフィアが握ってるって何かに書いてあったよ」

息子が何の記事を読んだのかは分からないけれど、近年買春が違法になり、外国人の売春者が売春以外の職を探すことに同意した場合は、暫定的な定住資格を与えるといった保護政策を取っているフランスで、まだこうして街頭に立ち続けざるを得ない理由には、その保護政策でも救いきれない、のっぴきならない事情があるのは間違いない。

経済危機や内紛で自国を離れざるを得なかった移民・難民だけでなく、違法に人身売買され、強制的に性労働に就かされている売春者にとって、コロナに感染する恐れより、今日一日の生活の糧を選ぶしかない現実がある。それは、彼らを操る闇組織によって、携帯を盗んだり、麻薬を密売したりするといった犯罪を重ねざるを得ない一部の外国人未成年者の現実とどこか重なって見える

人権の国、共和国フランスは、掲げた理念と現実との均衡をどう図っていくのだろう。

息子は生まれ育った国、フランスが大好きだと言う。考え方や行動が大人に見えるのだと。その思いは携帯を盗られた今でも変わっていない。若い世代にはデモによって主張を掲げるだけでなく、こうして辛抱強く進むべき道を見守っている者もいることを、フランス政府は忘れずにいてほしい



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雨宮塔子 TOKO AMEMIYA(フリーキャスター・エッセイスト)

’93年成城大学文芸学部卒業後、株式会社東京放送(現TBSテレビ)に入社。「どうぶつ奇想天外!」「チューボーですよ!」の初代アシスタントを務めるほか、情報番組やラジオ番組などでも活躍。’99年3月、6年間のアナウンサー生活を経てTBSを退社。単身、フランス・パリに渡り、フランス語、西洋美術史を学ぶ。’16年7月~’19年5月まで「NEWS23」(TBS)のキャスターを務める。同年9月拠点をパリに戻す。現在執筆活動の他、現地の情報などを発信している。趣味はアート鑑賞、映画鑑賞、散歩。2児の母。



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