見出し画像

コロナ危機と報道カメラマン シリーズ「いま届けたい」②

聖火リレーが通るはずの桜並木、家族連れで賑わうはずのイルカショー、無人の公園に咲く満開の藤棚ー。新型コロナ禍により想定外の風景が日常となった。TBS報道局のカメラマンたちが映像にこめた思いをつづる。

ここしかない!

3月上旬に、東京オリンピック・パラリンピックの「聖火リレーと桜」の映像企画を担当することになりました。調べてみると、全国で桜の開花時期と聖火リレーの日程が重なるのは、栃木県と群馬県のみ。「桜と聖火がうまく絡む場所なんてあるのだろうか」と思いながら、グーグルストリートビューでカチカチと桜の木を探す日々でした。そこで見つけたのが、栃木県さくら市にある早乙女の桜並木でした。

画像2

大正14年に植えられ、樹齢100年近いソメイヨシノが約600m並びます。さらに樹木の老朽化により、2021年にはすべての樹の伐採が決まっていることが分かりました。良い映像が撮れる上に、桜並木の最期のストーリーも描ける。ここしかない!と飛びつくように取材を始めました。

延期の決定に落ち込む私に届いたメール

桜並木を走る聖火ランナーの方とも顔合わせができ、順調すぎるほど準備が進んでいきます。しかし、新型コロナの影響により聖火リレーの実施が日に日に危ぶまれていきました。無観客で進める、ランナーは走らせずランタンを乗せた車が走る…。日々めまぐるしく更新される情報に振り回されました。そして聖火リレーが福島県で始まる予定だった3月25日の直前、とうとう延期が発表されました。延期、中止だけはどうか避けてほしい、と思いながら過ごしていた私は、見事に落ち込みました。悔しいなあ、この企画どうしようか…と途方に暮れました。そんなとき、聖火ランナーの猪瀬さんからメールが届きました。

画像2

(写真:猪瀬 衛さん)

「来年の五輪は『桜五輪』と聞いて今年以上にわくわくしています。延期になったことで今やらなくてはいけないことがはっきりしたのでよかったと思います。」

メールを読んだ瞬間、自分が恥ずかしくなりました。一番の当事者がこんなに前向きに語ってくれている。落ち込むだけの私は一体何をしているんだ…。今の状況がずっと続くわけではない。聖火リレー、オリンピックは、コロナ収束後の明るい未来であり、みんなの新たな目標なんだと、メールを読んで感じました。いま自分にできることは落ち込むことではなく、テレビを通して「明るい未来への提案」を視聴者のみなさんにお届けすること。取材相手の方から教えていただきました。猪瀬さんの前向きなお言葉をお借りして、延期を前向きにとらえるVTRを作ろう。そのためにも、聖火が走るはずだった3月30日に、綺麗な桜を撮影しなければと思い直しました。

通常の桜取材であれば、桜がいちばんきれいに咲き、天候に恵まれた日に撮影日を設定します。しかし今回の企画では「3月30日の桜」に意味があります。桜並木の例年の満開時期は4月の7~10日ごろ。つまり、3月30日はまだつぼみのはずです。今年は暖冬の影響で、関東の桜の開花が早く進んだとはいえ、桜の様子は行ってみないと分かりません。樹齢100年近い老木で、元気に咲いてくれるのかもとても不安でした。桜並木までは東京から車で2時間半近くかかるため、気軽に様子を見に行くこともできず、毎日祈るばかりでした。お天気も日々変わりました。3月30日までの1週間、取材チームで毎日天気情報を交換をしました。ウェザーニュースだと曇りだけど、ヤフー天気だと雨だ。午前中だけは晴れマーク出てきた!と、チーム全員で一喜一憂していました。

樹齢100年の人生の”先輩”が教えてくれた

画像4

3月30日当日、不安を抱えながら桜並木に到着すると、桜が見事に咲いてくれていていました。一瞬ではありましたが、青空も見えました。桜並木の前でいい年の大人たちがやったー!と喜び合う姿は少し異様だったかもしれません。私たちの心配をよそに、桜もお天気も準備は万全だったのです。きれいに咲いてくれた桜を見ることで、1年後への期待も高まりました。この桜たちなら、来年もきっと聖火に合わせて咲いてくれるんじゃないかー。樹齢100年の”先輩”から勇気をもらいました。コロナが収束し、桜並木が聖火とともに有終の美を飾る姿を、この目で見たいと願っています。

【JNNニュース 4月1日放送】

早乙女の桜並木のこれから

桜並木の将来をどうするかー。専門家や近隣住民を交えた「市民会議」による話し合いの結果、植え替えが決定しました。今あるソメイヨシノは来年には姿を消すことになりますが、遺伝子は残ります。桜の種を取り出し、苗木を生育しているのです。苗木は近くの公園に植樹される予定です。

栃木県さくら市ホームページ


画像4

取材:寺谷 和佳奈 カメラマン

1990年生まれ、兵庫県高砂市出身。2013年入社。音声マンとして先輩方から多くを学び、2018年より報道カメラマンに。今回初めて編集も担当。