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小さな仕事のもつチカラ「お探し物は図書室まで」(青山美智子)
「お探し物は図書室まで」を読み始めて、ある記憶がよみがえってきた。30年くらい前だろうか、「登場人物が全てハッピーエンドになるようなストーリーを作りたいと思ってこの作品を書いた」というような記事を見た。あの作家はいったい誰だったのだろうか…
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私は学生の頃「文学とはどこか暗くて重みがあって、作品の登場人物はとても悩みが深いもの」という印象をもっていた。そんな作品こそが文学的な価値が高いのだと、ありがたがって好んで読んでいた。それが社会人になると、とたんにそのような作品が読めなくなる。急激に少なくなった自由時間に、わざわざ深い悩みを抱えた登場人物に寄り添う体勢に自分を整える時間はなく、また疲れていた。その上バブル崩壊後とはいえまだまだお祭り騒ぎの余韻が残っていた時代、はやりのカフェでの待ち合わせ前に読むのにはちょっと違和感があった。その時の自分には「みんながハッピーエンド」になって「がんばればいいことあるよ」と言われているような、少ない自由時間にホッとできるような、エネルギーをチャージできるような…そんな作品が必要だと思っていた。
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「お探し物は図書室まで」は、まさにそのような小説だった。登場人物は、「今の仕事にやりがいや誇りを感じられない」「ママになったことで元の仕事ができない」「定年退職をしたとたんに時間をもて余してしまう」というさまざまな世代のよくある悩みをそれぞれに抱えている。ふとしたきっかけで「羽鳥コミュニティハウス」にある図書室を訪れ、司書の小町さんにすすめられた本を読み、前に進むきっかけをつかんでいく物語だ。
この作品はオムニバスになっていて、各章ごとに違った主人公の視点で語られている。私も自分の人生の中で感じたことのある悩みも多く、どの主人公にも共感できる部分が多かった。それぞれの主人公は、司書の小町さんと出会ったことをきっかけに、自らのことを考え始める。すると、各章の主人公のまわりの人たちが語る「人生の真実」とも言えるような言葉が心にまで届くようになってくる。それと同時に、読者にもしっかりと語りかけられるのだ。
「メシ大事だよ。しっかり働いてしっかり食う」「食うために仕事してるのに、仕事してるせいで食えないなんて、そんなのおかしいと思ったんだ」
「なぜ雑誌の仕事をやめたのか」と聞く主人公に答えたこの言葉は、好きな仕事に着いたのに終電がなくなるまで働いて今日が何曜日かもわからなかった頃の自分に聞かせてあげたいと思った。
「いいわねぇ、やっとこれから本当に、いろんなことがやれるわよ。楽しみなさい、遊園地は広いのよ」
子育てと仕事に悩む四十歳になった主人公にかけられた言葉は、夕暮れにバギーを押しながら「私はいつ仕事に戻れるのだろう…」と考えていた頃の自分に笑顔で言ってあげたい。
「たとえば十二個入りのハニードームを十個食べたとして…そのとき、箱の中にある二つは『残りもの』なんでしょうか」
定年退職した後の人生を「残りもの」と言った主人公に司書の小町さんが問いかけた言葉は、定年を身近に感じられる年齢になった主人や私自身に背中をポンとたたきながら、ウィンクして言おうと思った。
そして、今まで働いてきた中で自分にも「いろいろやってきたこと全てがひとつになった!」と感じられた瞬間があったことを思い出しながら、次の文章をしみじみと読んでいた。
「そういうのって、狙ってどうこうできることじゃないじゃん。だから、まず俺に必要なのは、目の前のことにひたむきに取り組んでいくことなんだと思った」
各章の主人公たちは同じ図書室を訪れるくらいだから、同じような地域で生活しているアカの他人だ。それでも、最初の章で自分の仕事に悩んでいた主人公は、最後の章の主人公から見ると「自分の仕事に明るい意気込みが感じられるお嬢さん」として登場する。二章で出てくる骨董屋の元ご主人も、最終章ではお元気でいることがわかるようになっている。この小説に出てくる登場人物がみんな元気で暮らしていることに、心からホッとしている自分がいた。そして、他人からは順風満帆に見える人みんながそれぞれの悩みを抱え、それを乗り越えている。その繰り返しが人生なのだと、改めて感じることができる。
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ところで、読む前の予想に反して司書の小町さんはあまりでしゃばることはない。しかし、私はそこがとてもいいと思った。実は今、私は小町さんとよく似た環境で仕事をしている。仕事をする上で、私が大切にしたいと思っていることは利用者の方との距離感だ。例えばこちらが何冊か本をおすすめすることがあっても、利用者の方が全て借りられるとは限らない。たとえ借りられたとしても、その作品をどう受け取るかはわからない。その人は自分で必要なものを見つけ、自分に大切なものだけを受け取る。
「私が何かわかっているわけでも、与えているわけでもない。皆さん、私が差し上げた付録の意味をご自身で探し当てるんです。本も、そうなの。作り手の狙いとは関係のないところで、そこに書かれた幾ばくかの言葉を、読んだ人が自分自身に紐付けてその人だけの何かを得るんです」
小町さんは、本の貸し出しと一緒にそれぞれの人に渡している羊毛フェルトの付録の選び方について尋ねられた時、そう答える。きっと「その人を動かすのはいつも本人でしかない」ということを知っているのだ。それでも…、毎日営まれている世の中の小さな仕事のひとつひとつが、まれに誰かの背中を押すこともある。そして…、それはとても素敵なことだと思うのだ。
さあ、明日からもお仕事がんばりましょう…🍀
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