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人格形成にスポーツが関係している?——「スポーツ・アイデンティティ(Sports Identity)」とは何か。

以下「スポーツアイデンティティ どのスポーツを選ぶかで人生は決まる」(太田出版 5/23発売)の〈前書き〉より抜粋。

冒頭の写真は「スポーツアイデンティティ」に出て来る、2002年にドイツで行われた世界選抜のチャリティマッチの控室。元日本代表の廣山望氏の他、ポルトガルリーグの得点王だったジャウデルもいる。

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 人間は環境に大きく影響を受ける生物である。
 粘土の塊が整形されて人形になっていくように、学生時代は同じようであっても、教師になった人間は教師の顔に、警察官は警察官の顔に、政治家は政治家の顔になっていくものだ。似合わないと思う組織に放り込まれたとしても、逃げ出さず、それらしくなることをぼくたちは知っている。

ノンフィクション作品において、インタビューは重要不可欠な仕事である。野球やサッカー、格闘技といったスポーツ、プロレス、あるいは企業人、政治家、最近では医療分野に至るまで多くの人間を取材してきた。取材前、数々の資料を目を通す。ある時期から、過去に何のスポーツをやっていたのか、を意識するようになった。
 人はしばしばグループ分けで個体を理解しようとする。占星術、日本に限ってではあるが血液型占いなど、である。これらには、科学的な裏付けはない。一方、スポーツ体験には、特定の環境における一定時間の蓄積という一つの合理性がある。個人スポーツなのか、集団スポーツなのか、それを頭に入れて取材をすると、なるほどと感じることが多かった。アスリートに限らず、その人間の背骨ともいえる人格形成にスポーツの選択が関わっていると思うようになった。
 ぼくはそれを「スポーツ・アイデンティティ(Sports Identity)」――〝SID〟と名付けることにした。
 SIDと近似のグループ分けはこれまでも存在した。
 故・野村克也はしばしば、投手出身者は監督に向かないという趣旨の発言をしてきた。
 サッカーにおいては背番号によってチーム内の役割が定義される。「9番」をつけるセンターフォワード、古くは釜本邦茂のような選手と「10番」のジーコの性格は明らかに違う。また、センターバックの「4番」は往々にして教師然とした人間に落ち着く。サイドバックは長友佑都のように、いじられる人間が多い。 
 こぼれ落ちる人間はいるにしても、一定の傾向を認めることができるのだ。

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http://www.ohtabooks.com/publish/2020/05/22165239.html


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