※この原稿は二〇一六年八月から二〇一八年四月まで水道橋博士主宰「メルマ旬報」の連載に修正、加筆したものです。原稿用紙296枚、おおよそ単行本一冊分になります。その他、取材時に撮影した未発表写真、佐山さんからお借りした貴重な資料や写真も掲載しています。 4月20日発売の文庫版「真説佐山サトル」(集英社)と合わせて楽しんでください。 【はじめに】 どんな分野であろうと、人間を取材することに変わりが無い。ひと揃いの使い慣れた道具を取り出せば、どんな分野でも描くことが出来ると
round 20 ミスター・キグチ その日は朝から不思議な天気だった。 第三京浜を走っていると、ローバーミニのフロントガラスに細かな水滴が落ちてきた。前方の空は灰色の雲で埋め尽くされていた。ぐずついて、泣き出す直前の子どもの顔のような空模様だった。横浜新道を進み、戸塚料金所を降りた。のろのろと国道一号線を走り、江ノ島の海が見える頃には、からりとした青空となっていた。 取材場所に指定されたのは、海沿いのファミリーレストランだった。夏の土日には海水客やサーファーでごったが
【この原稿は二〇一六年八月から二〇一八年四月まで水道橋博士主宰「メルマ旬報」での連載を修正、加筆したものです。秘蔵写真も入っている全話購入がお得です】 エンセンさんの生き様は実に「アメリカ人」的である。 子どもの頃からバスケットボール、野球、そしてラケットボールという複数の競技に触れ、その中で自分に向いていると思われたラケットボールを選んだ。一つの競技を突き詰めることを是とし、他競技との並立を嫌う日本とは違う。 また、大学生のときから「個」の意識を持って
【この原稿は二〇一六年八月から二〇一八年四月まで水道橋博士主宰「メルマ旬報」での連載を修正、加筆したものです。秘蔵写真も入っている全話購入がお得です】 重版で修正を入れることを除けば、印刷された自分の単行本を読み返すことはほとんどない。 責了までの過程で嫌ほど、読み返し、修正を入れる。もうゲラを見たくないほど、その世界に没頭する。終わった瞬間、ぼくは頭を次の作品に切り替えるのだ。 理由は幾つかある。 まず印刷された後に読み返すと、直したい箇所を見つけてしまうのが嫌
【この原稿は二〇一六年八月から二〇一八年四月まで水道橋博士主宰「メルマ旬報」での連載を修正、加筆したものです。秘蔵写真も入っている全話購入がお得です】 連載開始時には、ほぼ原稿を書き終わっている、あるいはしばらくは〝貯金〟があるという書き手もいれば、ぎりぎりにならないと書かないという人間もいる。 ぼくは後者だ。 『真説・佐山サトル』は、この連載の初回で書いたように見切り発車のような形で始まったこと、そして月刊誌であり時間的に余裕があるということから、毎月、原稿を書き出
【この原稿は二〇一六年八月から二〇一八年四月まで水道橋博士主宰「メルマ旬報」での連載を修正、加筆したものです。秘蔵写真も入っている全話購入がお得です】 前田日明さんの二度目の取材を行う日、スーパータイガー対前田さんの試合映像を繰り返しみていた。 UWFにはプロレス団体運営に必須であるテレビ中継がなかった。団体が後に発売するために録画していたものだろう、映像にはアナウンサー、解説者の音声は入っていない。 大阪臨海スポーツセンターのリングは暗い。先にリングに立っていた前田
【この原稿は二〇一六年八月から二〇一八年四月まで水道橋博士主宰「メルマ旬報」での連載を修正、加筆したものです。秘蔵写真も入っている全話購入がお得です】 『真説・佐山サトル』を書く際、延べ五十人ほどの人間に話を聞いている。不明な点が出てきた場合は、電話、メール等で確認したことはあるが、その多くは一度きりの取材である。 数少ない例外の一人が前田日明さんである。 すでに触れたように、二〇一六年六月末に前田さんにインタビューしている。このときは、佐山さんとの出会いなどを中心に聞
【この原稿は二〇一六年八月から二〇一八年四月まで水道橋博士主宰「メルマ旬報」での連載を修正、加筆したものです。秘蔵写真も入っている全話購入がお得です】 井上さんと合流し、京成立石駅前のこじんまりとした洋菓子屋に入った。小柄な女性を想定して作られた空間なのだろう、小さなテーブルに一八〇センチほどのターザン山本さんとぼくが座るのが精一杯だった。付き添いで来た井上さんと伊藤健一さんは隣のテーブルに座ることになった。 「立石には飲み屋は沢山あるけど、落ち着いてお茶を飲めるのはここ
【この原稿は二〇一六年八月から二〇一八年四月まで水道橋博士主宰「メルマ旬報」での連載を修正、加筆したものです。秘蔵写真も入っている全話購入がお得です】 新聞あるいは雑誌の人間(及び出身者)は、ネットメディアの編集者、ライターの質の低さを嘆く傾向がある。ぼくもその一人だ。 時々、著者インタビューなどでぼくは取材を受けることがある。これまであまりの不勉強さに席を立ったことが二度ある。両方ネットメディアだった。 紙媒体の取材では、稀に勉強不足だなと感じることはあっても、そこ
【この原稿は二〇一六年八月から二〇一八年四月まで水道橋博士主宰「メルマ旬報」での連載を修正、加筆したものです。秘蔵写真も入っている全話購入がお得です】 〝会議〟の詳細を調べることが難しいことの一因は、修斗に関する資料はごく限られていることだ。 プロレスの場合、『東京スポーツ』――東スポがある。しばしば東京スポーツは日付しか会っていないと、揶揄されるが、それは間違いだ。 特に一九八三年の新日本のクーデターから、翌八四年のUWF立ち上げの時期については、東京スポーツの記事
【この原稿は二〇一六年八月から二〇一八年四月まで水道橋博士主宰「メルマ旬報」での連載を修正、加筆したものです。秘蔵写真も入っている全話購入がお得です】 一九九六年の夏頃、修斗の主たる選手、スポンサーだった「龍車グループ」の人間たちが集まり、佐山さんを追い出す「会議」が開かれた。 この会議で何が話し合われたのかを真説佐山サトルでは、きちんと書かねばならなかった。そしてぼくは主な参加者を一人づつ訪ねていくことにした。 最初に会った〝出席者〟は桜田直樹さんだった。 桜田さ
正当なノンフィクションは思い出したくない過去を掘り起こし、被取材者を傷つけることもある、この連載で書いた。 佐山さんは修斗の話題になると機嫌が悪くなる。そのため弟子たちは修斗には触れないという。そのため、なぜ離れたのか、そのとき何を考えていたのかを誰もきちんと訊いたことがない。 当時を知る格闘技ライターの布施鋼治さんに相談すると、取材すべき人間を何人か教えてくれた。そのリストの一番上にあったのが、石川義将さんだった。 石川さんと待ち合わせをしたのは、御堂筋線の江坂駅
【この原稿は二〇一六年八月から二〇一八年四月まで水道橋博士主宰「メルマ旬報」での連載を修正、加筆したものです。秘蔵写真も入っている全話購入がお得です】 その日は朝から不思議な天気だった。 第三京浜を走っていると、ローバーミニのフロントガラスに細かな水滴が落ちてきた。前方の空は灰色の雲で埋め尽くされていた。ぐずついて、泣き出す直前の子どもの顔のような空模様だった。横浜新道を進み、戸塚料金所を降りた。のろのろと国道一号線を走り、江ノ島の海が見える頃には、からりとした青空とな
【この原稿は二〇一六年八月から二〇一八年四月まで水道橋博士主宰「メルマ旬報」での連載を修正、加筆したものです。秘蔵写真も入っている全話購入がお得です】 いつの頃からか、ノンフィクションとは「取材する」「資料を調べる」「考える」「執筆」という四つが揃った「知的総合格闘技」だと思うようになった。 その元になったのは、佐山さんが提唱した「打倒極」という考えである。 〈「打て」という〝打〟ではなく「投げろ」という〝投〟ではなく「極めろ」という〝極〟ではない。 また単に打・
【この原稿は二〇一六年八月から二〇一八年四月まで水道橋博士主宰「メルマ旬報」での連載を修正、加筆したものです。秘蔵写真も入っている全話購入がお得です】 「食」を描くことで、文章にぐっと立体感を増すことがある。 「真説・長州力」で、長力さんが橋本真也さんの団体「ゼロワン」のリングに上がる相談をする場面を書いた。 〈場所は用賀の東名高速出口に近い、和食チェーン店の個室だった。 テーブルの上にはしゃぶしゃぶ用の鍋が置かれ、肉が盛りつけられた皿が並べられた。長州は焼酎、森伊蔵の
【この原稿は二〇一六年八月から二〇一八年四月まで水道橋博士主宰「メルマ旬報」での連載を修正、加筆したものです。秘蔵写真も入っている全話購入がお得です】 前田さんの著書『RINGS 真格闘技伝説』で、八四年四月に新日本プロレスを追放された新間寿さんが立ち上げたユニバーサルプロレス——UWFに触れている。 新間寿さんはアントニオ猪木さんに新団体に加入するという言質をとった上で、フジテレビに中継の話を持ち込んだ。そして、猪木さん、タイガーマスク、長州さん、前田さん、アンドレ