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【米国政治】LGBTQ候補の躍進から、薬物の非犯罪化まで、大統領選狂想曲の陰で起きた変化

さて、色々手に汗を握る展開(笑)でしたが無事バイデンが勝者として発表されました。トランプは引き続き根拠なき選挙不正を主張、ほぼ選挙前の記事で予想した通りになってしまっています。トランプ息子も戦争を煽るような発言を続けており、このまま内戦状態に突っ込まないことを祈るばかりです。いいニュースは、ペンス副大統領、マコーネル上院議員ら共和党重鎮は「開票を待つ」というコメントに留めるなど、静観の姿勢であること。Fox含め保守系メディアも一部のコメンテーターを除き、平和な政権移譲が行われるべきだというトーンになってきています。(WSJ、Fox、New York Post等が一斉にスタンスをシフトさせたので、どうやらマードックから指示が出たようですね。)

共和党としては、予想に反して下院で議席数を伸ばし、上院も過半を死守。 トランプという頭が痛い存在がいなくなり、党としては悪くない結果だという判断かと。このまま行けば22年中間選挙で下院もひっくり返せる道筋がつく。議員としてはトランプが辛勝して中間選挙で議席をさらに失うよりはいい結果だとも言えるのでしょう。

さて、大統領選ばっかり話題になりますが、今回はその裏で大統領選と同時に行われた様々な州投票法案(州レベルの住民投票が行われる法案)や、州議会議員選などで起こった注目すべき結果にフォーカスを当ててみたいと思います。

トランプの善戦の裏にはゆっくりと、しかししっかりと変革を遂げるアメリカ社会の変化を見て取れます。


LGBTQ候補の躍進

今回の選挙では何よりも、カマラ・ハリス氏が史上初の「女性、黒人、南アジア人、バイレイシャル」の副大統領となったことが大きなニュースになっています。でもそれだけではありません、州・連邦議会レベルで見ると様々なLGBTQ候補が、いわゆる「レインボーシーリング」を打ち破って当選を果たしました。

ペンシルバニア州議会初となるトランスジェンダー議員で、オバマ大統領のトレーニーだったSarah McBride氏 をはじめ、州議会選挙では数多くの性的マイノリティが躍進。他にも、バーモント州のTaylor Small氏(トランスジェンダー)、カンザス州のStephanie Byers氏(全米初初のトランスジェンダーで有色人種)、オクラホマ州の Mauree Turner氏は州初の黒人・イスラム教議員であるだけでなく、全米初のノンバイナリー(男女二元論に限定しない性アイデンティティ)議員となりました。

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Sarah McBride氏

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Mauree Turner氏

そして、連邦議会選挙でも、ニューヨーク州のMondaire Jones氏と、Ritchie Torres氏が二人揃って初めての黒人LGBTQ連邦下院議員となる快挙を果たしました。

特筆すべき点は、ニューヨーク等のリベラル州でなく、カンザスやオクラホマ等、保守州でもこういった候補が当選を果たしていること。文化戦争が叫ばれる中、10年前ではありえなかったことが次々と実現していくのもアメリカならではのダイナミックさだと思います。

一方で、ジョージア州では初のQAnon陰謀説のオープンな支持者、Marjorie Taylor Greene候補が当選するなど、いいニュースばかりではありませんでした。

薬物の非犯罪化・合法化

今回、大麻、薬物関係の提案は州の保守/リベラルに関わらず全て可決されたのも大きな社会の変化を示していると思います。

アリゾナ、モンタナ、ニュージャージー、サウスダコタが大麻の娯楽利用を非犯罪化。ミシシッピとサウスダコタは医療用大麻を合法化。大麻は精神的、身体的依存性もなく税収源としても期待でき、ユタ州など、一部の宗教的保守なエリアを除き、ほぼ一般化したと言っていいと思います。

テレビでは、スヌープ・ドッグがマーサ・スチュワートとハイの状態で料理する料理番組が放送され、イーロン・マスクは放送中にオープンにマリファナを吹かす。日本では考えられないような光景が普通になってきました。

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放送中にマリファナを吸うイーロン・マスク

オレゴンに至っては、ヘロインやコカインなどのハードドラッグを含む薬物を非犯罪化、マジックマッシュルームの医療利用を全米ではじめて合法化しました。

米国では近年、薬物利用者による刑務所の混雑や、薬物依存者の蔓延が社会的問題になっています。欧米では薬物利用を犯罪として捉えて刑務所に閉じ込めるより、病気として社会全体でケアしていく方が総社会コストが低いという研究も相次いでおり、全米で最も深刻なレベルの精神病と、薬物依存問題を抱えるオレゴン州はこの欧州型のアプローチに舵を切りました。

最低賃金の引き上げ

フロリダ州では最低時給を2026年までに段階的15ドルまで上げることが可決されました。「最低賃金15ドル」はコルテス上院議員(通称AOC)やサンダース上院議員を始めとするリベラル勢の大きな公約であり、実際に可決されるのはフロリダ州が初めてとなります。今回、トランプが善戦したフロリダ州ですが、リベラルの目玉政策が初めてここで実現します。

黒人に差別的な歴史観の見直し

ミシシッピ州では州旗を刷新する提案が可決されました。
連合旗(confederate flag)をベースにしたものからモクレンの花を中心に添えた新しいデザインに変更することを民衆が支持したのです。

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ミシシッピ州の州旗(上:新州旗、下:旧州旗)

連合旗は米国の南北戦争で奴隷制の維持を掲げて戦い、敗北した南部のアメリカ連合国の国旗。奴隷制や、黒人差別の象徴として捉えられています。今年のBLM運動においても、各地で多くの連合軍要人の銅像が破壊されました。しかし、南部州では今でも根強く連合旗を掲げるエリアも多くあります。北部に比べ、経済的に貧しい地域が多い南部において、連合旗は今でも歴史的プライドとして、北部支配の屈辱を象徴するものとして捉えられているのです。これは、エスタブリッシュメントに対して反旗を翻したトランプの支持者達と大きく層が重複し、実際、トランプ大統領のイベントでも多く連合旗が見られます。

とはいえ、近年、人権意識の高まりにより、保守州でも歴史理解の見直しがすすんできました。白人による黒人リンチなど、暗い黒人差別の歴史を持つミシシッピ州が、象徴である州旗の刷新を民衆の総意として決めたことは非常に喜ばしいことだと思います。

余談ですが、この新州旗の運動を始めたのは著名な白人至上主義政治家の孫娘のLaurin Stennis。"Stennis Flag"と呼ばれた彼女のデザインは大きなムーブメントになりました。最終的に彼女のデザインは採用されませんでしたが、黒人の排斥を謳った政治家の孫娘がこのようなムーブメントを起こしたことも、変わり続けようとする、実にアメリカらしい事象だとおもいます。

また、ロードアイランド州も正式名称を「Rhode Island and Providence Plantations」から「Rhode Island」に変更。これで「最も小さく、最も名前が長い州」ではなくなりました。これも、「Plantations(農園・植民地)」が黒人奴隷を働かせていて成り立っていた歴史を象徴する言葉だからでした。

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最後に

アメリカ社会は良くも悪くも非常にダイナミックで、振れ幅が大きい社会です。ときには信じられないような決断もしますし、世界がそれに振り回されることも多いのが事実です。

ですが、その勢いとダイナミックさがあるからこそ、10年前まで信じられなかったような変化をヒョイっと遂げてしまうのもまたアメリカ社会です。

1965年までは投票さえ認められていなかった黒人が、たったの40年やそこらで大統領の地位まで上り詰めてしまう。こういったローカルレベルでの投票を見ていくと、国政選挙の解像度では見えない、アメリカ社会の変化が見て取れると思います。

田澤悠(たざわゆう)ー "Taz"
BnA株式会社代表取締役
神戸市出身。幼少期をバルセロナ、高校時代をイギリスで過ごした後、大学・大学院を米国ペンシルバニア大学に進学し電気工学を専攻、セルンの粒子加速器の研究等に携わる。2008年のオバマ選挙戦を近くで目の当たりにし、米国政治のダイナミックさ、面白さに目覚める。
卒業後、ボストンコンサルティンググループでコンサルタントとして、主にIT、製薬業界の戦略プロジェクトに携わる。
独立後は、ジャカルタで美容事業や、民泊事業を立ち上げ、同時に米国認知科学ベンチャー「Lumos Labs」の日本代表を務める。
2015年にアートホテル事業やアートプロジェクトを手掛けるBnA株式会社を創業。高円寺、秋葉原、京都、日本橋でブティックアートホテル「BnA Hotel」を運営。
その傍ら、コンサルティング事業を手掛け、グローバルで起業経験を持つチームと共に、大手上場企業の新規事業立ち上げや、事業デューデリジェンス、経営戦略策定などのプロジェクトを手掛ける。

趣味はロッククライミング歴18年、飲酒歴20年。



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