「誰かの話」2022.9.17~10.30

『誰かの話』

「彼女は、彼等の人生が後悔多きものにならぬようにと、何度も何度も手を差し伸べたが、彼等はその手を終ぞ取ることはなく。ああ、彼等の不幸は彼等が自ら招いたものなのだ。決して、彼女の仕業ではない。」
「彼女の人生は痛み多きものであったが、彼女はその痛みを恥じてはいなかった。彼女が彼女を誇れるままであれたことは、彼女の人生にとって最も幸福なことだろう。」

『彼女の話』

「だから私言ったんです。我慢することは必ずしも良いことにはならないって。でも彼女、そう言っても微笑むばかりで。……きっと私の言葉なんて彼女にとっては無意味な音でしかなかったんじゃないかな。……なんとなく。少し哀しいですけど。……え?寂しくは……ない、ですね。私も薄情、なのかな。」
「彼女が「もう直ぐだ」と言うんです。私、まさか、なんて笑ってました。でも、彼女ってなんていうか……当てるんです、そういうの。あ、別に超能力があるとかそういうのじゃなくて。予測が上手いっていうのかな。あんまり当てるんで、……正直、少し怖いなと思ったことはあります。」
「矛盾している。……そう、確か彼女はそう言っていました。らしいな、と思いましたよ。彼女、時々本に書いてある文章を読む時みたいに喋る癖があったから。……どういう時?……わからないです、ごめんなさい。…………あ、でも、とても冷ややかな雰囲気でした。珍しいというか、少し、怖かったな。」
「彼の話?いえ、聞いてません。たぶん誰に聞いても同じだと思いますよ。話さないんです、あの子。どこかにそういう拒絶?みたいなものはありました。いつも笑顔だしたくさん色んな話をしましたけど、本当の内側には絶対に入らせてはくれなかった。……それでも好ましいんだから、ずるいですよね。」
「勝手なんですよ、あいつ。勝手に怒って勝手に悲しんで勝手に解決して勝手に納得して勝手に終わらせる。少しでも俺を責めたりしてくれれば俺だって弁解しただろうけど、何も。……そりゃ、何でも許してくれるんだから、俺だってどんどんエスカレートしちゃうよ。俺悪くないでしょ。ねぇ?」
「私、ずっと思ってました。彼女は嘘をついてるって。だから、あんなことがあって、私「ほらね」とか思ったりして、友達に前からおかしいと思ってたとか言っちゃって…………最悪ですよ。サイアク。彼女といると自分のこと嫌いになるんですよ。だから、………………謝りたい…謝りたいよ……酷いよ…」
「怖いなって。一緒にいると彼女に合わせて笑っちゃうんですよ。それで、なんか使う言葉とかもいつもより丁寧になったりして、話しながら頭の中で今喋ってるの誰?みたいな気分になるんです。影響を受けてる、みたいなのの、度を越してる感じが……彼女と自分の境目が曖昧になるみたいで気持ち悪くて。」
「そういえば、彼女押し入れが好きだって言ってたなぁ。子どもの頃はよく潜り込んで遊んでたって。大人になってからも押し入れを開ける時はワクワクするんだって言ってましたよ。理由?いやぁ、わからないなぁ。酒の席だったし、軽く聞いただけだから。」
「一番好きな顔?……寝顔かな。っていうか、寝顔以外あんまり好きじゃないかも。……いや、今になって思うとって話ですよ。なんか、もしかしたらあいつは眠ってる時以外は一切が作り物だったんじゃないか……なんて。……わかんないんすよね。何も残ってないし。残してくんなかったしさ。」
「付き合ってた人?いるんじゃないですかね。本人に聞いたわけじゃないけど、久しぶりに会った時に指輪、してたから。右手の薬指に。昔からオシャレな子だったから指輪しててもおかしくないけど、その指輪は彼女の好みとは違う気がしたから贈り物かなって。聞かなかったのは、……なんとなくです。」
「あー、その子。たまにね。いつもそこの席で1、2時間くらいかな?注文が面白くてさ、酒は飲み慣れてる風なのにいつも「あなたのおすすめを」っていうんだよ。なんだか口説かれてる気持ちになっちゃってね。何だろうね、妙な色気があるんだよね。“あなた”ってのもいいよね。いや手は出してないよ!」
「彼女、森とか山とか好きでしたね。木が並んでる所とかにフラフラ〜って行っちゃうんですよ。で、俺が声かけるとハッとした顔ではにかんで戻ってくるんですけど。音が好きで聴いてると足がそっちに向いちゃうんだって言ってました。彼女のそういうところがすごく好ましくて。えぇ、好きでした。」
「嫌なら嫌って言えばって言ったことがあるんです。今思うと私はなんて馬鹿な助言しちゃったんだろうって後悔してます。彼女に嫌だと言わせないように、私達全員がそう仕向けていたのに。もちろん自覚なんてなかったけど、でもきっと彼女が嫌だと言ったら私達全員で彼女を責めてたと思います。」
「彼女が嫌っていた人、ですか?……うーん、誰だろう。そういうの隠す人だったからなぁ。」
「彼女、身なりは綺麗にしてるんだけど、なんでもっと……なんて言うのかな、オシャレ?……うーん、ちょっと違うかも。とにかく、なんでそんなに地味にしてるんだろうって不思議でした。一度髪とか染めてみれば?って言ったら、ごまかされちゃって、それからは何も言ったことはないです。」
「彼女の言葉って本当にわかりやすくて、でもひとつだけ、俺には意味がわからなかった言葉があるんです。「自分は不誠実だ」ってやつ。……彼女の言葉の中でそれだけがとても彼女のイメージに合わなくて、意味がわからなかったな。…………意味は、わかりたくなかったけど。」
「あの子、全部演技でしょ。……とか言って、別に彼女の本性見抜いてるとかではないんだけど。ただ、彼女は全部演技だった。その演技は、彼女を守るためというより、他人を守るためのものだと思ったよ。だから、責められないし、……止められなかった。」

『彼の話』

「思えばあの時、彼は少しだけおかしかった気がします。どこか、話が噛み合わないような……。また適当なこと言ってるんだな、なんて軽く考えてしまったから、そこまで気にならなかったのですが。……後悔?いえ、してません。だって本当に、彼って適当だったから。」
「え?……あぁ、あの人か。えぇ、覚えてますよ。たまにいるじゃないですか、“The いい人”みたいな。そんなに関わりが深かったわけじゃないけど、自分もいい人だなって思いました。あぁそうそう、何したら怒るんだろ?とか陰で言われてたみたい。自分は興味なかったんで話には入らなかったですけど。」
「そういえば、彼は基本的にはとても温厚なんですが時々酷く憤ることがあって。怒鳴ったり物に当たったり、そういう乱暴なことはしなかったんですけど……ただとても怖かった。心底、冷たい声で言うんです。「破綻している」って。それだけ。それだけが、とっても怖くて。……怖くて。」
「彼の幸せを許せない人物……ですか?……思い当たりません。言い方が悪いかもしれないんですけど、正直そんな強い感情を抱かせるほどの人ではなかったというか。みんなに満遍なく優しくて、みんなに満遍なく冷たくて、そんな人でした。どうでもいい人……は、言い過ぎですかね。…ごめんなさい。」
「アイツについての印象……?そうだな、こんな人間いるんだって感じかな。オレ達って良くも悪くも男だからさ、あぁいう奴ってなんていうか、……側にいると毒だよ。聖人君子のフリした人間なんてごまんといるけど、本物と会ったことある?ありゃオレに言わせてみれば……狂ってるね。良くも悪くも。」

『私の話』

「矛盾こそが人間の証だ。生命の衝突だ。思考の根幹だ。矛盾こそが我々に与えられた宝だ。我々に与えられた光だ。……だから、矛盾しない私は、いつだって爪弾き者だ。誰も私を愛せない。人間じゃないから。それに気付いてから、随分と楽にはなったが、……胎の中がたまに泣くんで、鬱陶しいんだ。」
「私が誠実?はは、それは……そうだろうね。私は私ほど誠実な人間を知らないよ。だがね、それは私がそうあろうと決めているからなんだ。君だって本当は思ってるんだろう?私のこと“気持ち悪い”って。いや、いいんだよ。それは悪ではないさ。人は私を受け入れられないし、信じられない。私は異物だ。」
「月をみていると、頭の中がぼんやりとしてくるんです。私の頭の中はいつも忙しくて、たくさんのもので溢れていて、それでいて整列していて、苦しかった。だから疲れた時は月をみるんです。そうしていると、私を続けられる気になるんです。そうやって、生きてきました。」