自分が霞んでつかめなくなる頃/文字は楔でありロープの瘤unlike仮名文字

毎月やってくる。
体調が悪いわけでも良いわけでもないときだ。1ヶ月の中で、自分の現在地をつかめない、という感覚に陥る時期がやってくる。

昼が来て夜が来る、というのは時間の移動であるとともに空間的移動(太陽の正面から太陽の死角への移動)である、
という話を聞き及んだことがあるが、空間と時間の把握はたしかに連続していると思う。

現在地がつかめない、と感じるとき、流れてゆく時間もわたしを避けてさらさら流れていっているような気がする。流れの真ん中に沈んだ石を、笹舟が、すっとかわしてそのまま流れてゆく、そんな景色が漠然とうかぶ。

わたしは時間に置いていかれているのだから、流れ、笹舟が時間であり、わたしは石のはずだ。
したがってわたしは動いていないはずであり、空間的ないどころは、むしろ時間に置いていかれているときにこそ見失わないはずのように思えるのだけれども、
実際は時間というのは空間的移動でもあるので、時間に置いていかれて身動きの取れない石になっているとき、わたしは自分の本来あるべきところを失っているのである。

そんなとき、わたしは文章を書けない。書けないから、今この時のわたしはどこにも残らない。これから先振り返ることもできない。

自分の居場所がつかめないから書けないのか、書かないから自分の居場所をつかめないのか。
大方後者だろうとはわかっているのだけれど。

ある文明において、文字が楔の形をとっていたことを思う。
あれは、近現代の研究者の目から見て楔の形をしていたから「楔形文字」と呼ばれるようになったのだろうか。
それとも、あの文字を使っていた人々にとっても、あの形状は楔の形として意識されていたのだろうか。
知らないが、もし後者であってくれたらよい、と思う。わたしは楔形文字とキープに夢を見ている。

粘土板にうがたれた楔、結びとどめられたロープの滞り、そういうものが文字であることが、とても嬉しい。

なめらかに流れ動いてゆくものの力に抗ってとどまる、異物を差し込む、そういう力を持つものが文字であってほしいと思っているのだろう。
そして、文字というものの形態が、その文字の力を反映したものであってほしいと思っているのだろう。
文字とは人間の思惟、頭の中を預けるものなのだから、その形態が器として、中に盛られた思惟に十分耐えるものでなくてはならない。
そう思っているのだろう、わたしは。

その点、日本語の文字というのはなんだか頼りない。(東アジアの各地によく似たかたちの漢字の略字が存在しているものの)日本語固有の文字は、仮名文字である。
仮名文字とは縦に書くものであり、連綿して流れ、ゆるやかにつながっていく形態のものだ。とどまる力を持たない。

成り立ちからしても、仮名文字とは漢字を崩したものなのだから、そもそもが形を失い、中国語の文字である漢字の本質を失うところから生まれた文字である。

そうすると、仮名文字にキープのような結びとどめる力は期待できない。
むしろその、失う中から生まれた文字であること、やぶれかぶれた状態でなお生きている力のことを考えなくてはならないだろう。

そう、わたしは今まで無自覚だった。仮名文字という文字の意味の希薄さ、ただながされてゆくそのあり方に。
知識としては十分に知っている(正確には、知っていないといけない立場にある)が、自分で受け止めて考えたことがなかった。

したがって、そのような言語に思惟を依存し、そして思惟こそ自分の本体だと思っている(「自分で受け止めて考えた」などという言い回しは、「思惟」こそ「自分」であると把握していることを端的に示している)自分が、日本語の文字にどれほど影響を受けているのかにも、まったく無自覚だった。

当然、わたしを取り巻く日本語文化圏の中にいる人がどれほど仮名文字に影響を受けているかにも。

現代は、少しずつ日本語文に占める漢字の割合が下がり、かなの比重が上がっている時代である。そのことは知っている(明治なんかの文章と比べればよくわかる)。

また自分自身がひらがなだらけの文章が好きではないこと、芝居がかっていて憎らしいと思っていることも知っている。
しかし和語の多義性を生かそうとすると仮名文字だらけになってしまい、しばしば主観的に読んだ自分の文章と客観的に読んだ自分の文章のずれに悩んでいることも認めよう。

そして何より、わたしが日頃大切に読んでいるのは、仮名文字の文芸、和歌である、このことを認めなくてはならない。

これだけ仮名文字について考える機会も、動機も、理由もあったのに、わたしは何も考えてこなかった。
忸怩たる思いだが、まずは後考のため、ここまでメモしておく。

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