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何暗
2019年6月8日 22:02
後輩が、立派なところで立派な発表をしたようだった。彼はツイッターに、道端の花なんかの写真とあわせて、会場の、スクリーンに自分の名前と発表題目が写っているときの写真をあげていた。それは絶望的な距離だった。わたしには絶対できないことだった。一生懸命、自分は研究をする資格がある、能力もある、すべきこともある、と言い聞かせている。事実、わたしは学部生のときなんかは、研究がしたくてしたくて、お風
2019年3月22日 18:54
学区指定の小学校は体育の研究指定校で、わたしはとても体育が苦手だった。ぼんやりしてるし、何をしても遅いし、体もそんなに強くない。声が高いのが恥ずかしくって、大きな声を出せなかった。そんなだから学校の行事や体罰だらけの方針にはいっこうついていけなくて、わたしは自分の体への不信感を根強く持っていた。その小学校や先生のことが大嫌いだったもので、お前らの生徒はお前らのおかげでこんなに不健全で体を動