カメムシのカメ子 第36話 侵略者~  招かれざる者。。。4/4

東岸はこれまでの少ない情報の中、必死で今後の対策を考えていた。
航空機を撃墜した時、こちらの戦力を知り尽くしていると言った一つ目の言葉に嘘はないだろう。
しかしこちらの戦力を知り尽くしているはずの一つ目はカメ子達を差し出す様に言う他はこちらに攻撃を仕掛けてくる気配は今のところ無い。
やはりそれはカメ子とカーメルを恐れて慎重になっているからではないかと東岸は考えていた。
でももし一つ目達がカメ子とカーメルがこの場にいないという事を知ったら、有無も言わさず攻撃を仕掛けてくるだろう。
そうなったらお終いだ。
この地球上のどこにも逃げ場はないだろう。
とにかく今はカメ子とカーメルがいないという事を知られてはならない。
今はこの状況を少しでも長引かせるしかないんだ。
そう考えると東岸は結局できる事といえば逃げ回るしかないのかと半ば絶望にも似た気持ちになった。
そんな不安に頭をかかえている東岸の所に丸男の父親がやって来た。

「大変な事になりましたね東岸さん。でもまさかこんなに早くやって来るとは」
「いや菱形さん、私はむしろ遅かったんじゃないかと思ってるんです」

東岸は丸男の父親である菱形角児に、まだ誰にも話したことは無いのですがとの前置きをすると、航空機を撃墜された事でまとまった一つ目達に対する自分の考えを話した。

「なるほど。でも東岸さんの言う様に向こうとこちらがつながってるという事になれば、こちらの話は筒抜けって事になるんですか?」
「いやそれは無いと思います。 どういう理屈かわかりませんが、つながるのは向こうが話しかけてきた時だけだと思うんです。もしこちらの話が筒抜けであれば、奴らはきっと躊躇なく攻めて来てると思うんです。でも今の所それは無い。あれだけの力を持っているのに慎重過ぎるほど慎重になっている。こうやって姿を現したというのは、どうやってもカメちゃん達の事を調べることが出来なくて業を煮やしてって所なんじゃないかと思うんです。現に向こうの要求っていうか、言う事は今のところ ”あの娘を出せ” だけですから。そう考えると一つ目達は二人がここにいないという事が分かっていない。そういう事だと思うんです。まぁ、すべて私の推測ですがね」

菱形は一つ目が断末魔の叫びをあげ死んでいったのを目の当たりにしただけに、東岸の言う一つ目達はカメ子達を恐れて攻撃を躊躇しているではとの考えに同意できた。
正直菱形はこの時までは一つ目達に襲われそうになったとしても研究所での時と同じようにカメ子とカーメルが一つ目と対決する。
そして今回はそこに他のカメムシ達もその加勢に加わるのだと漠然と楽観的に思っていただけだったので、東岸の話を聞き、ここに来てようやく今おかれた状況が本当に切迫した状況だとういう認識を持った。
呆然としている菱形に東岸はカメ子達から何か連絡はあったのかと聞くが、菱形はその場で軽く目を閉じ首を横に振ふるしかできなかった。


「とうとう来てしまったのう。全くすごい事になってしまったものじゃ」

カメ爺はカメ子とカーメルを前にしてそう言った。
人間の世界に宇宙からの侵略者がやって来たという事はカメムシの世界でも大事と捉えられ、これからどうなるのかと重大な関心事になっていた。
最初はその恐怖に怯える者も少なくなかった。
しかしカメ子とカーメルがカメムシと人間の橋渡しになり共に戦うという事を聞かされるとカメムシ達の士気は上がった。
普段は人間から邪魔者扱いされているのを知る多くのカメムシ達にとって、人間から必要とされるという事は喜ばしい事であり、何よりも自分達が誇らしく思えた。

「なんにしてもこれは人間だけでは無く全ての生き物にとっての一大事じゃ。そう思って全てのカメムシに呼び掛けておる。その仲間達が集まり次第お前達に連絡をする。その事を人間達に知らせてくれ。そしてお前達はわしからの連絡があるまでそのまま人間の世界で待っておれ」

カメムシの世界の長としてそう簡単に多くの仲間の命を危険に晒す事は出来ないと言っていたカメ爺が、全てのカメムシ達に声をかけてくれていていると言う。
戦いに出れば生きて帰ってこれないかもしれない事くらいどのカメムシも理解している事だろう。
しかし、カメ爺に声を掛けられた多くのカメムシ達は勇敢に戦う決意をしてくれ、続々とカメ爺の元に集まって来ていると言う。

「なんだろう、この気持ち・・・」

そんなカメムシ達の事を思うとカメ子だけでなくカーメルも胸が熱くなり込み上げて来るものをこらえられなかった。
そしてその熱い気持ちを何か言葉にして伝えようとしたが、この時の二人は涙を拭いながらありがとうと言うのが精一杯だった。

「今言った通りこれは全ての生き物にとっての事じゃ、こちらにも火の粉はふりかかってくるじゃろう。それを他のカメムシ達もそれをちゃんと分かってくれたのじゃ。それに我らカメムシはたとえその体は小さくとも誇り高い生き物なんじゃ。助けてくれと頼まれれば何としても助けてみせる。それがカメムシじゃ」

そう言うとカメ爺は二人を見つめ手を大きく広げた。

「大丈夫じゃ。大丈夫じゃ。何も心配はいらぬ。だからもう泣くのはよしなさい」

カメ子もカーメルも決意をしてくれたカメムシ達に申し訳ない様な気持ちと同時に不安な気持ちが湧きあがっていたが、カメ爺から伝わってくる温もりが二人の心の奥にあったその不安な気持ちを消していってくれた。
そして代わりに ”体は小さくとも誇り高い生き物” と言う言葉が深く二人の心に刻まれた。
カメ子とカーメルの二人はこの事を一刻も早く人間の世界へ戻り知らせなければいけない、このカメムシの誇りを伝えなければいけない、とカメ爺から感じた温もりと共にカメムシの世界を後にした。
人間の世界に戻るとカメ子とカーメルは早速研究所の東岸の元へ向かった。


「そうか。それは心強いね。本当にありがとう。でも仲間が集まるまでは待ってなきゃいけないって事だよね?」

東岸からはありがとうと言う感謝よりも、まだ待ってなければならないと言う落胆の気持ちが強く感じられた。

「何よ、そんな言い方無いじゃない」
「そうですよ。東岸さん。カメムシの人達だって命の危険があるのに、人間の呼びかけに応えてくれてるんじゃないですか」
「カメムシの人達? 人っていうかなんていうか、カメムシは虫であって人では無いような・・・」
「何よ。そんな事どうだっていいじゃない。 それよりもカメムシ達がどんな気持ちで集まって来るかわかんないの?」
「そ、そうだよね。そんな事どうだっていいよね。ごめん、ごめん。 勿論私だって感謝はしているよ。本当に。でもいまの状態が急を要するっていうか、まだ攻めては来ないけど、偵察に行った航空機も一機撃墜されたこともあって、つい・・・、うーん、ホント申し訳ない」

東岸はカーメルと増田にたしなめられしどろもどろになりながら謝ったが、カーメルはへそを曲げてしまった。

カメムシの世界での事を東岸に伝えた後、カーメルの曲がったへそは元に戻る事はなく、とりあえず連絡が来るまで待っているだけなんだから研究所にいるより家にいた方がいいのではないかと増田や他の所員の言うことに従いカメ子とカーメルは一旦帰る事にした。

「ねぇみんな聞いてよ。東岸さんてあたし達の気持ちなんか全然解ってないんだよ。本当に嫌になっちゃう」

久しぶりに帰った自宅ではお母さんとミヨさんがせっかくだから吾一やモロミも呼んでみんなで食事をしようという事になり久しぶりに皆で集まっていた。
しかし皆が集まった所でもカーメルは東岸への不満を口にするのをやめず、回りはカーメルをなだめるのに苦労していた。

「まぁまぁ、カーメルちゃんも落ち着いて・・・・」
「あたしは全然落ち着いてるわ。ねぇカメ子はどう思うの? 何も言わなかったけど悔しくないの?」

なだめようとしたミヨさんの言葉を食い気味にさえぎるとカメ子に向かって言った。

「あたし?」
「そうよ。カメ子はどう思ってんの?」
「あたしはもちろんカーメルの言う事も分かるけど、東岸さんの言う事も分かるわ」
「ちょっと何言ってんの? あなただってカメ爺の話聞いたでしょ? それを待ってなきゃいけないんでしょって何よ」
「うん。分かる。でもカーメルも東岸さんの話を聞いたでしょ? あの一つ目が目の前に現れていつ攻撃して来るかもわからない。そんな状況だからつい口から出ちゃったんだと思うな」

冷静なカメ子に言われカーメルはそれ以上何も言わなくなったが、まだ気持ちが落ち着いてないのは周りの誰からも見てとれた。
そんなカーメルに丸男も横から口をはさんだ。

「ねぇカーメル。僕もカーメルが怒るのは無理はないと思うよ。でも、東岸さんもまたあの一つ目を目の当たりにして混乱してるんだと思うよ。しかも今度は大勢で来てるんだしね。一刻も早くって言うかなんていうか、なんかそんな風に思ったのがつい言葉に出ちゃったんだよカメ子の言うように」

カーメルはカメ子だけでなく丸男にも言われると、その場でうなだれたが、しばらくするとポツリポツリと自分の気持ちを語り出した。

「ごめん。本当はあたしにもわかってたの。でも集まってくれてるカメムシ達の気持ちを考えるとついカッとなって言っちゃたの」

そこまで言うとカーメルの込み上げる気持ちは頬をつたった。
しかしその頬をつたう気持ちは怒りでも悲しみでもなかった。
それはカーメルの心に残っていた不安な気持ちだった。
そんな呆然と立っているカーメルの肩をモロミが優しく抱くとカーメルは何度も頷きながら心に残る全ての不安を流していった。
カメ子も丸男もその場のみんながカーメルの気持ちを察し笑顔で見つめていた。

「さあ食べましょう」

ミヨさんがそう言うとテーブルの上に並べられた野菜サラダとお漬物、そして麹屋特製のチーズパンを皆でほおばった。


#創作大賞2023


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