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ボタニカルってなんかイイ

コロナ禍の自粛生活中に始めた家庭菜園。色んなハーブと野菜を育ててます。初めてなので収量は多くなさそうだけど、黙々と脇芽を切ったり、雑草をむしったりする作業が良いストレス発散になってます。

サボテンを枯らす女

先に言っておくと、20代は家にあったサボテンすら育てることができない人間でした。。色々理由はつけられると思うが、ひとつのことに没頭すると身近なことがおろそかになるというか、生活が乱れてました。でもそれを自分で理解して少しずつ改善してきたかな。

でもグリーンに惹かれる

現在フリーランスの仕事と勤務と7:3くらいの割合で仕事していて、事務所も自宅もグリーンを置いてます。初心者向けのパキラは私でも育てられて、5年くらい元気です。お花はなかなかうまく咲かせられないけど、グリーンは枯らさずに育てられるようになったかな。本当はもっといろんな植物が欲しい。

ハーブは食べられるしいい

家庭菜園では、バジルやイタリアンパセリ、シソやミントなど比較的育てやすいものを中心に植えていて、少しずつ収穫しては、トマトやチーズと一緒にサラダにしたり、ジェノベーゼソースにしています。

自分で育てた野菜なので、肥料も与えてないから多少葉が黄色くなっても日焼けかなくらいに考えて気にしない。捨てるのはもったいなくて茎も食べたくなる。苦みや青臭さが強くても、食物に力があるんだなと感じる。そういう感覚は育てるまではなかったので自分で育てて食べる価値は大きい。

食べ物を育てることから気づくこと

家庭菜園も1週間に1度くらいしか見に行けないけど、大雨が降った後気になって見に行ったらトマト用の雨よけカバーが倒れてました。

時間かけて建てたカバーが倒れていてショックなんだけど、自然の力には逆らえないし、また建てればいいのだからイライラもしない。

虫さんや蝶々が受粉を手伝ってくれることや土が豊かになることを知ると、苦手な虫にも感謝がわくし、肥料を与えすぎなくていいので経済的でもある。

自然界にはそもそもそれぞれの役割があって、それで成り立っていたわけなんだけど、人間が収量を増やそうと思った、つまり経済効果を考え始めてから肥料や種の改良が始まった。それはいつでも季節関係なくいろんなものを食べることが可能になったという豊かさは確かにあるけど、一方で本来の自然界の秩序や季節感、感謝を失わせる結果になったのかもしれないです

必要なところへ届く循環へ

政府広報オンラインによると「食べられるのに捨てられる食品「食品ロス」の量は年間643万トン(※2)と推計されており、日本の人口1人当たりの食品ロス量は年間約51キログラムです。日本では、家計における食費は消費支出の中で4分の1(※3)を占めています。」とあります。実際のページはこちら

この食品ロスを本来必要とされる場所へ届けることができたら世界中の貧困や食べるものに困っている人の手助けになるよなと思います。すでにそういった活動も始まっているみたいです。無料というわけではないけど、市場に載せられず廃棄されるしかない食品を安価に購入できるみたいです。→食品ロス削減をビジネスに

でもそもそも見た目とかは本当は関係ないんですよね。そのまま食べる訳じゃないんだし、野菜がもっている価値は、苦みや甘みや酸味で感じる栄養素です。そしてそれは土地の持っている力に依存しています。人間に必要なのは野菜の栄養素ですよ~。


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