魂を込めるタクシー運転手の話③

目を瞑り黙ってしまおうと思ったが、運転手はまだ続ける。

①「サイドミラーを見ることにつけても、魂を込めることが出来ないようじゃお客様を危険にさらしてしまう」といったタクシー運転手がいた。
https://note.com/taxi_driver1/n/n8ee3d6432c05
②「魂を込めることが出来ないようじゃお客様を危険にさらしてしまう」と言うタクシー運転手の話、続き。
https://note.com/taxi_driver1/n/n382a6714027c


「私の場合は、元々はそうじゃなかったんですが、失敗した経験があったからそうするんです。事故なんですけど」
「へぇ」

もう聞く気もない實光は肺に残った残った僅かな息の分だけ小さく声を吐く。

「人を殺しかけたんです」
「. . . !」

聞く気はなくとも、聞こえてくる言葉に耳を傾けたくなってしまう。目を開き、その後に続く運転手の言葉を拾う。

「右折の際に、対向車の陰にバイクが居たことに気付かずに進んでしまって。
接触はしなかったんですが、そのバイクが急ブレーキを掛けて、勢いが余って転ぶと、対向車線にまで飛んでっちゃって。
そこにトラックがいたそうなんですが、そのトラックには間一髪ぶつかるところでコースがズレたんですけど、軽く接触して、それでも全治3か月の入院になっちゃって」
「・・・・・」

―――急に重い。

「直接ケガをさせてないにしろ、私の不注意がきっかけで、その方はトラックに轢かれて死んでいたかもしれない。殺しかけたと思ってるんです」
「・・・怖いっすねぇ」
「えぇ、しばらくは仕事出来ませんでした。他にも左折の際に自転車と接触してしまって。幸い、相手に大きなケガはなかったですし、親切な方だったので通院とか、自転車の修理の要求も少なく済みましたが」
「へぇ. . . 」

それからは運転手も会話が弾む空気感ではないことを察したのか静まり、實光も家に着くまで目を閉じ、無言の車内が終始続いた。
「お客さま~」という呼びかけに實光は目を覚ますと風景はすっかり変わり、見覚えのある街並みとなっていた。

「最終的にはどちらまでお送りしましょうか?」
「あぁ、え~っと、あそこのガソリンスタンドの前で大丈夫です」
「かしこまりました」

支払いを済ませ眠気眼に降りる實光。
特に最後は運転手と会話を重ねることは無かった。

それから土日を経て、再び月曜日。
實光はいつものように会社に向かっていた。

―――そういえば、先週石川さんに怒られたんだった。どう顔合わせよう。

土日の間は、怒られたことを出来るだけ考えないようにしていた。
反省点を探すのはもちろんしたが、思い出し、理由を考えると少し腹が立ってしまう。
いつもはどんなミスも優しく助けてくれる石川だが、酔った勢いで飲み会の不満をぶつけられたと考えていた。
未だに納得できない實光はこの後の会社でどう振舞えば良いのかが分からずに電車の車内で頭上の広告に目線だけが向いていた。

こんな時の通勤は、鬱々とした気分になってくるが
そういう時に限って時計を15分くらい早回ししたんじゃないかと思うくらいあっという間に着く。
電車を降り、改札を出て会社へ向かう。
近付けば近づくほど、嫌に思う。
「おいっす、實光」
「あーおはようございます」
そんな時、實光の上司で石川と同期の竹田と顔を合わせた。
竹田は石川、實光の部署とは違う部署にいる。
實光が所属するのはイベントによるプロモーションや運営、企画を行う会社だが、小規模な会社の分、顔も知っているし会話もしたことがあった。

「この間凄かったな~石川」
「あ~そうっすね、だから今ちょっと憂鬱ですよ」
「はっはっは、そうだよな。石川があんな姿見せることないもんな」
「はい。考えたくないですけど、酒飲むと面倒なタイプなのかな?とか思います」
「あれ、石川と飲んだことない?」
「無いっすね」
「そっか~。あいつ全然飲みに行かないもんな、それじゃあ分からないかもな」
「え、なんすか?」

会社に近付くにつれ不安が募っていく中で竹田との会話に妙な安心感を憶える實光だったが、石川には何かあるらしい。

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