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「魂を込めることが出来ないようじゃお客様を危険にさらしてしまう」と言うタクシー運転手の話、続き。


「あの. . . すいません」
「はいっ!」

恐る恐る話しかける實光に運転手は高音気味でシャキッと反応する。

前編


「僕. . . 行き先って言いましたっけ?」
「はい、富士見町ですよね?」
「あーそうです、ありがとうございます」
「. .あれ、道順とか間違ってますか?」
「あ、いや、別の事考えてて、伝えたかどうか忘れちゃって」
「そうですか、それじゃあ先ほどお聞きしたルートのままで宜しいですか?」
「あーもうはい、お任せします」
「かしこまりました」

受け答えからは、変わった様子はなかった。後ろから見る雰囲気とこのやり取りから真摯な運転手だと伝わってくる。
それはそれだが、實光はあの妙な掛け声は何なのだろかと益々気になる。
するとまた、

「ウッシ!ウケー」

運転中の様子を見ると掛け声の理由に気が付いた。
どうやら左折や右折、車線変更の際にサイドミラ―を見て、横断歩道を目視をして、と安全確認が取れる度に「ヨシッ」と掛け声をしているしい。それが微かに聞こえることで「ウシッ」という聞き取りにくい掛け声となっていた。

―――そんなの必要か. . . ?

實光には疑問が浮かぶ。
自分が運転する時もそうだが、人が運転する車も、他のタクシーに乗った時も、
掛け声をすることも聞くこともほとんどない。
この掛け声で料金が増すわけでは無いため、大して嫌気が差すこともなかったが「真面目な人なんだなぁ」という印象が脳裏を横切っていった。

それからしばらくして、

「ウッシ!ウケー」

相変わらず掛け声を続ける運転手に、次第に實光は焦燥的な心地に蝕まれていく。気持ちを落ち着かせたいのに、安全確認の度に掛け声を入れる運転手をバカ真面目に思い鬱陶しくなっていた。

「運転手さん、毎回掛け声されるんですね!」

苛立ちが募るなか、實光はあえて嫌味を訊かすように運転手に問いかける。

「ええ、そうですね。.鬱陶しいですよね?」
「え、あ、いや~. . .几帳面にお仕事されるなと思って」

感情を読んでいるのか、即座に図星な回答をする運転手に言葉が詰まる實光。
これも嫌味と言うべきか、几帳面と褒めるような物言いをするが鬱陶しさが気になってしょうがない。
實光は「もう止めてくれませんか?」の言葉が喉の手前まで出かかっていた。

「几帳面. . ですか。お褒めの言葉と受け取って良いのか. . 」
「まあ僕が言うのもナンですけど、素晴らしいと思いますよ」

特にその気もない言葉だが、そこに謙虚さを示す運転手に少々嫌悪を抱きながら取り繕う實光。

「有難いです。一つ一つ魂を込めてやるだけです」
「魂込めるんですか?」

また変なことを言い出したかと、真面目さがゆえに偏物に見えてしまう運転手を少々下に見ながら、辱めを晒すように聞く。

「えぇ、魂を込めてます」
「へー、なんか. . .カッコいいすね」
「カッコいいなんて話じゃありませんよ」
「いや、カッコいいっす」
「いえいえ、そんなんじゃ. . . 」

大してその気もなく並べる誉め言葉に対し、それを謙虚に受け取る運転手をさらに卑しく思う實光。

「私が思っているだけなんですが、サイドミラー一つを見るにつけても、魂を込めることが出来ないようじゃお客様を危険にさらしてしまうと思っていますから」
「あぁ、確かに. . でも客としてはそう言われると心強いです」

實光は掛け声ですら鬱陶しいなかで、それを止めさせたいと声をかけたが、さらにそこへのプライドを掘り起こしてしまった。
なんとか運転手を称えるように見せるが、たかだかタクシー運転手がプロ意識を語るところに腹立たしさも覚えるようになっていった。

「でも、それは誰でもにも、どの仕事にも言えることなんじゃないでしょうか、私の様なタクシー運転手でなくても」
「そうっすね. . . 」

實光は運転手の言葉に石川に怒られた光景が蘇る。

「どんな小さいことにも魂込められるかなんだよ、それで決まるんだよ」
「・・・・はい」

―――あぁ、なんでタクシーに乗ってまで説教されているような気分になんなきゃならねんだよ。

目を瞑り黙ってしまおうと思ったが、運転手はまだ続ける。

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