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獅子座の姉は、ハダカンボが喜ぶ方へ

いつも私の悩みに対して、ズバリ適切な助言をくれる姉が、珍しく自分の生き方に悩んでいた時期があった。私自身は鏡リュウジ氏の著書『牡牛座の君へ』が人生の指針になったから、一応、駄目元で姉にもすすめてみた。

「お姉ちゃんは獅子座だから、『獅子座の君へ』読んでみたら?」
「読んだよ。でもなんかピンとこない。刺さるお言葉がほしかったんだが」

やっぱりな、と思う。姉はこの手の本で「あなたはこういう人」と分析されても、あまり当てはまらないのだ。たとえ当てはまっていたとしても、響かない。

多分、悩みがあっても自分で完結できちゃうから、人の言葉を必要としないのだと思う。いつまでもグダグダとは悩まず、事実だけを見て淡々と分析し、方針を打ち出す。好きな心理学者はアルフレッド・アドラー。

しかししばらくして、改めて『獅子座の君へ』を読み直した姉から感動の咆哮が発せられた。

「そうかわかった! 『百獣の王』は、百獣がいないと王になれないんだ!」

このとき姉が悩んでいたのは、憧れの専業主婦になった自分について。会社でバリバリ働いていた頃、専業主婦にとても憧れていたのだが、いざなってみたら、なんかわからないがやる気が出ない。どんどん堕落して自己嫌悪に陥っている。せっかく専業主婦になって、念願の自由な時間を手に入れたはずなのに、全然楽しめていない、と。

それを解決に導く言葉が、「百獣の王」。ライオンは百獣がいてこそ――つまり大勢の人の中にいてこそ輝ける、ということだった。

このあと姉は、再び働きに出ることを決意した。

  *

その姉がまたしばらくして「ちょっとタロッてくれないか」と言ってきたことがあった。タロット占いのご所望である。

私はこのとき、タロットリーディングにはまっていた。予言とか霊的なことではなく、ユングの「集合的無意識」や、カウンセリングツールとしてのタロットに興味を持っていた。

姉と違って私は悶々と悩むから、セルフカウンセリングのつもりで独学に励んでいたのだが、まさかその姉から依頼が来るとは思わなかった。

「タロさんを鵜呑みにするわけじゃないから。まあ参考までに。和珪ちゃんも腕試ししてみたいでしょ」
はいはい、と流しつつ、興味津々で本題に入る。
「で、何を知りたいの?」
この姉が自分で答えを出せずにタロットに頼るとは、一体何に悩んでいるのか。

「働きに出ることにしたから、求人を見て回ってんだけど。本屋さんとおそば屋さん、どっちがいいか本気で迷ってる」

姉いわく、本屋さんで働くことは、子供の頃からの夢だった。近くのショッピングモール内の本屋さんでちょうど募集していたから、すごく気になっているとのこと。

一方、おそば屋さん。こちらは一軒家タイプのお店で、実際に行ってみたところ、とても品の良いお店で、そこで礼儀作法や所作を学びたいと強く思ったらしい。

姉は、数年前の祖母の葬儀でのことが、ずっと心に引っかかっていたという。あのとき姉は、和尚さんへのちょっとしたお役目を仰せつかったのだが、作法に自信がなく、何度もセリフや所作の練習をしていた。

親類たちとの食事の席でも、葬祭センターの担当さんから「ここはお孫さんたちがやってください」とご指導を受け、慌てて動いた。いざというときの作法を、実はよくわかっていない、自信がない、ということを痛感したという。

当時の担当さんがまたキリッとした老執事のようだったので、
「私、きちんと作法を身につけて、あの方に認められたい」
と姉は向学心に燃えていた。

憧れの本屋さんか、学びのおそば屋さんか。求人は両方から出ている。

ということで私は人生初の、私以外の人の本気の悩み相談をタロッてみることになったのである。

  *

当時どういうカードが出たか詳細は忘れたが、展開したすべてのカードの説明をするのではなく、一枚のカードだけを取り出して姉に語ったことを覚えている。姉の人となりを知っているせいもあるが、そのカードこそが、姉を表す代表的なカードだと思ったから。

それが、逆位置で出た【太陽】である。

「この【太陽】のカードに全裸の子供がいるでしょ」
「はい。ハダカンボですね」
「このハダカンボが喜ぶ方を選んだらいいと思います」
「どういうことでしょう」
「ハダカンボは、お姉ちゃんの純真無垢な心とか本能なんかを表します。赤い旗振り回してるのは、情熱を表します」
「つまり……」
「お姉ちゃんが子供の頃からやりたかったことをやりましょう」
「てことは本屋さんか! でもなぁ……礼儀作法も覚えたいんだよなぁ……」

決めかねる姉に、私は【太陽】が逆位置で出たことの説明を始めた。

「お姉ちゃんは本来、【太陽】の人だと思うのね。のびのびした子供心と情熱でもって物事に取り組めば、初めはヒマワリサイズでも、やがて明るくてあったかい、偉大な太陽にもなれる。だけど逆位置だ」
「つまり?」
「せっかく【太陽】の素質を持っているのに、その良さが発揮されてませんよってタロさんは言っている。お姉ちゃんの本来のエネルギーが、ストレートに放出されていない。ねじれている。つまり、お姉ちゃんらしくない」

はーん、と姉は深くうなずいた。

「じゃあどうしたらいいか。【太陽】が正位置になるように心がければいい。つまり、ハダカンボを喜ばせる」

姉はさっきより強く、はーん、とうなずいた。

「お姉ちゃん前に言ってたよね。『百獣の王』は、百獣がいてこそ王になれるみたいなこと。だとしたら一軒家の閉ざされた空間よりはさ、ショッピングモールの方が大勢の人が行き来するよ。そっちの方が、獅子座のお姉ちゃんには向いてるんじゃないの?」

姉はさらに強く深く、はーん、とうなずいた。
「納得した。腑に落ちました。迷いが完全に晴れました」
どうやら心に響いてくれたらしい。

以来姉は、事あるごとに「私のハダカンボ」と言って、自分らしい人生の選択をしている。

  *

姉は無事その本屋さんで採用され、子供の頃からの夢を叶えることができた。残念ながらまもなくその本屋さんは店をたたんでしまったが、姉はすぐに、今度はパン屋さんで働き始めた。これも子供の頃からの夢だったらしく、毎日イキイキと出勤している。ハダカンボが情熱の旗を振り回しながら、キャッキャと笑う声が聞こえるようだ。

しかも、なんだかんだで昇進もしている。ヒマワリが本当に太陽になりそうだ。

私のためのカウンセリングとして始めたタロット。今回は姉のために役立てられたが、でもやはり最後は、私のためになったとも言える。姉の心を上手くなぞれたこと、カードと姉の橋渡しができたことに、私自身が、すがすがしいような、心が浄化されるような、得も言われぬ感覚を味わった。

それに味をしめ、時々
「なんかタロッてほしいことありませんか?」
と声をかけるのだが、基本的には自分で解決できちゃう姉だから、
「ないねー」
と毎回つれない返事ばかりである。もっと悩めるきょうだいがほしかったと思う、新米タロッティストであった。


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