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牡牛座の居場所

ここは私の居場所ではないかもしれない、と初めて感じたのは、19歳になったばかりの春だった。私は仙台の専門学校生になりたてで、都会の学生生活を楽しんでいた。

学校は駅近くのビルのような建物。授業中――たしか9階の教室だったろうか。ふと窓に目をやると、そこから見えるのは駅周辺に乱立するビルの群れだった。

それまですごした岩手の小、中、高の校舎の窓から見える景色は、広い空、校庭の桜の木、どこまでも続く緑の山々、その合間からぽつんぽつんと見える民家。

――だけどここの風景は、風が吹いても揺れないんだな。ビルだから。ここの風景は、季節がかわっても何も変化がないんだな。ビルだから。せいぜい雪が降ったときくらいか。
そんなことをぼんやり考えていたら、急に「ここ、嫌かも……」という思いがぶわっと湧き起こった。

毎日は間違いなく楽しかった。憧れの都会生活。コンビニもたくさんあるし、巨大な本屋さんもたくさんある。地下鉄なんか乗り遅れたってまたすぐ次のがやってくるし、バスは多すぎてわけがわからない。

だけどあのビルしか見えない窓を見たときに感じたものは、「都会生活楽しい」の意識とは別の階層のような気がした。もっと奥底。私の根っこ。本能とか魂に触れてしまったような。何かこう……骨盤のあたりが暗いものに引きずり込まれるような感覚を覚えた。

だけどそのとき、仙台に引っ越してまだたったの一、二ヶ月。こんな早々とやる気をなくしてはさすがにマズい。それによく見れば仙台は並木道だらけで緑が多い。「嫌かも」という感情は心の奥底に押し込み、忘れることにした。

  *

仙台では姉と二人暮らしをしていたが、このとき住んでいたアパートに対しても、私は違和感を抱くことになる。

所帯向けの2階建てで、私たち姉妹は2階に住んでいた。窓からお向かいさんがすぐ近くに見えるし、壁も薄い。お隣の若夫婦のケンカも、真下に住む一家の子供の名前も聞こえてくる。きっと私の目覚まし時計の音も聞こえていたに違いない。

実家は田舎の一軒家なので、当然そんな悩みは皆無。お隣さんとは田畑や土手を越えないとたどり着かない距離。犬が吠えようが、ラジオの音量を上げようが、騒音とはならない。

私が就職して数年。姉の結婚を機に、姉妹での二人暮らしは解散。一人暮らしが始まる。それまでのような気を使うアパートはこりごりなので、新しい住みかは単身者向けの、音も振動も気にならない鉄筋製のアパートにした。それも角部屋。間取りがちょっと違う分家賃が千円高いが、それでも私は角部屋を選んだ。しかも最上階――5階だ。

周りの建物はそんなに高さがないから、5階からの眺めは最高だ。朝日が入るし、お向かいさんの目を気にすることもない。春にはご近所さんの庭の桜がライトアップされるので、ベランダで一杯やりながら愛でる。映画館のスクリーンのような横長の窓があるのは角部屋ならではで、夏には自衛隊駐屯地からの花火が見えた。少し歩けば大きな公園と球場がある。後の楽天球場だ。

住みかは最高。ただしエレベーターがない。建築法改正前の建物なんだね、と同僚たちに同情されたし、親にも「5階でエレベーターなしは大変だよ」と部屋を決めたとき忠告されていた。だけど私としてはロフトもついていてワクワクする部屋だったので、どうしてもそこに住みたかった。

しかしワクワク一人暮らしを二、三年楽しんでいるうちに、私はそれまでの人生で味わったことがないほどの、ひどい体調不良に陥った。私生活でも職場でも変化が多かった時期だから、何が直接の原因かはわからないし、すべてが絡み合っての結果なのかもしれなかった。

全身への激痛があまりにひどく、すぐさま仕事を辞めたかったが、後任は入ったばかりで経験がない。私は一年かけて仕事を引き継ぐことにした。後半は有給休暇を挟みながら職場へ通い、姉夫婦の家に転がり込んで介護同然に世話をしてもらった。やっぱりエレベーターは必要だった。

仙台の牛タンとの別れを心底惜しみつつ、ようやく実家へUターン。しかし体調は少しも良くならず、数年後、顕微鏡的多発血管炎という難病であることがわかった。その頃にもうひとつ異常としか思えない病気を発症していて、壊疽性膿皮症と診断された。たしか数年後に法改正されてからだったか、これも難病として定められた。

  *

私が激痛にのたうちまわっていた頃、たまたま手にしたのが石井ゆかりさんの『牡牛座』という本だった。軽い気持ちで読んでいたが、その本の「場所」の項を読んだとき、愕然とした。

――あまりにも人工的な場所、土や自然の匂いが感じられない場所、地面から遙かに離れてしまうような高層階などは、牡牛座の気持ちにはあまりぴったりこないでしょう。その素材が大地に根ざしていることを五感で感じられないようなものに囲まれていると、おそらく、落ち着いた気持ちにはなれないのではないかと思います。
(石井ゆかり『牡牛座』より)

私の生態が、牡牛座のそれに合致しているかもしれないと一番初めに感じたのは、この本の、この文章だった。5階建て最上階も、ロフト生活も、最終的にはしんどいだけだった。

その後も何回か牡牛座らしくない環境での生活を経て、今ではここが自分の居場所か、早く離れるべき場所かが、感覚的にわかるようになった。

石井ゆかりさんの『牡牛座』も、私にとっては聖典である。

もう少し早く、この本に出会いたかった。


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