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【小説】太陽のヴェーダ

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どう見ても異常があるのに「異常なし」しか言わない医者たちに失望した美咲。悪化した美咲に手を差し伸べたのは、こうさか医院の若き院長、高坂雪洋。雪洋の提案は、一緒に暮らすことだった。…
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2023年7月の記事一覧

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(あとがき)

(第1話/あらすじ)   あとがき 闘病ものというと、余命宣告されて、残りわずかな時を精一杯生きて、惜しまれながら散る――そういうドラマばかりでうんざりした時期がありました。 もちろんそれで救われる人もいるでしょうし、かくいう私も以前は涙を流して視聴していたものです。 しかし「持病があるけど、他の人と同じように明日も日常をこなさねばならぬのだ」という立場に立ったとき、命を散らして終わるドラマでは明日が見えなかったのです。 決して反抗的な態度を取りたいわけではありません

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(36:最終回)

(第1話/あらすじ) 花火の打ち上げはとうに始まっている。 華やかな音と彩りに急かされながら丘を登り、頂上が見えたところで美咲は足を止めた。 万が一雪洋が誰かと来ていたら、そっと帰ろうと思っていた。 花火の明るさを頼りに目を凝らす。 だがそこには「誰か」のみならず、人影はひとつもなかった。 「いない……か、やっぱ……。そりゃ、そうだよ……ね……」 雪洋と約束したわけではない。 あちらに行けと言われたくらいなのだから、ここに雪洋がいる保証など、はなからなかった。 来る

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(35)

(第1話/あらすじ)   ●螺旋の指輪 約束の日。 美咲は出勤日ではないが、沢村は仕事をしている。花火大会は十九時からの開催。図書館を閉館してから落ち合う手筈だ。 「俺のことは待たせていいから、ゆっくりおいで」と言われていたが、美咲は早めに身支度を整え、家を出た。 沢村が指定した場所には植え込みがたくさんあり、ふちに腰かけて待つことができた。待っている間も体に負担がかからないようにと、気を利かせてくれたに違いない。 「本当に沢村さんとなら、上手くやっていける……」

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(34)

(第1話/あらすじ)   ●罰 重苦しい空を見上げる。 さっきまであんなに照りつけていたのに。 美咲が昼休みに入った途端に、太陽が隠れた。 「あー、風が気持ちいい……」 木々の葉を揺らすひんやりとした風に美咲もなでられ、衣服がはらむ。いつものように裏庭の階段に腰を下ろし、心を静めるために深呼吸を繰り返す。 「花火……先生と、見たい……」 花火じゃなくたっていい。 雪洋と一緒なら、どんな景色だっていい。 だけど雪洋は、それを望んでいない。 「先生の望みは、私が、と

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(33)

(第1話/あらすじ)   ●再会 「いわんこっちゃない」 高坂総合病院、皮膚科診察室。 恒例の、瀬名の問診である。 「言った通りじゃないか、彼」 いつもは月一回程度の通院だが、先日不調で訪れたため、あまり間をおかずに今回の通院となった。 「でもいい方向に転がったと思いますけど」 「そうかな。君はいよいよ逃げ場がなくなったわけだよ」 「そんな……誠実に向き合うだけです」 「向き合う? 何と? 彼と? 違うよね。君は君自身と向き合うべきだ」 自分の気持ちとはもう何回も向

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(32)

(第1話/あらすじ)   ●三十人のうちの一人 日曜日。 館内は平日より利用者が多く、職員はほとんどが対応に追われている。 沢村はいつものように書庫にこもっていた。 美咲もいつも通り、沢村の手伝いをしながら業務をこなしていた。 沢村はいつもと変わらない態度で美咲に接してくれた。いつも通り美咲に仕事の指示をし、いつも通り雑談もする。 でもそれは沢村の優しさであって、いつまでも甘えていいものではない。 早く、決着をつけなければ―― 「沢村さん、ファイル持って来ました。

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(31)

(第1話/あらすじ) 約束通り、勤務を終えた瀬名が車で送ってくれた。ぐっすり寝たおかげで、体がだいぶ軽い。 最寄りの駅前で降ろしてもらい、スーパーで買い物をする。自宅までそう遠くはないが、買い物は体に負担がかからないよう、時間も重さも必要最低限に留めた。 外のベンチに座ると、美咲は深く息を吐いた。 今日はいろんなことがありすぎた。 深い呼吸を繰り返し、心を静める。 落ち着きを取り戻すと、今度は意識を巡らせ、内側から体を見つめた。――たしかに軽くはなったが、やはり不調は

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(30)

(第1話/あらすじ) 高坂総合病院、皮膚科診察室。 「さて、問診をしようか」 瀬名がメガネを指で押し上げた。 レンズ越しに美咲を眺める様は、間違いなく楽しんでいる。 「あの付き添いの男性は?」 「……職場の方です」 「一昨日、昼に喫茶店で一緒だった人?」 「……そうですけど」 「プライベートの付き合いは?」 「瀬名先生、それって問診ですか?」 「大事な問診だけど?」 はあ、そうですか、とあきらめる。 「……付き合ってほしいと言われました」 「いつ?」 「……さっき」

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(29)

(第1話/あらすじ)   ●問診 その日の午後、想定外の体力仕事が課せられてしまった。公民館での催し事の準備に、美咲が助っ人として駆り出されたのだ。 脚立を運んだり、展示物を飾る台やパネルを設置したり。正職ではない美咲がこういった助っ人仕事をするのは時々あったが、連日足へ負荷がかかることだけは、心底避けたかった。明日木曜日は、学級文庫を選ぶ作業があるというのに。 「これからは……公民館側の予定も、チェック……しておこう……」 重量物を持って、すでに階段を五往復していた

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(28)

(第1話/あらすじ)   ●詮索 水曜日の昼休み、事務室で弁当を開いた美咲は、怪訝な顔をして鼻をひくつかせた。 「わぁー……やっちゃった」 事務室のパソコンで作業していた沢村が手を止める。 「どうしたの?」 「お弁当が酸っぱくなりました……」 「傷んじゃったか。この暑さじゃね」 施設内の冷房は、節電のため弱めの設定。 冷えが大敵の美咲にはいいが、お弁当はそうもいかない。 「はあ……もったいない。すみません、ちょっとコンビニへ行ってきます」 事務室を出ると、沢村が追っ

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(27)

(第1話/あらすじ) 契約は半年更新。一度目は無事更新。 二度目はないかも知れない。 補助が必要なくなれば終わりだろう。 でも体のボロを出さずに職務を全うして逃げきれるなら、それもいいかと思う。 臨時職員は雇用に何かと制限がある。 長く続けたいなら、沢村の言うとおり司書をめざすべきだろう。 履歴書には、病気療養していたこと、現在も通院していることは書いている。その上で勤務に支障はないということも。 病名こそ伏せているが、嘘はついていない。 どんなに大事ないと説いた

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(26)

(第1話/あらすじ) 第5章 自立   ●美咲の所作 今日は火曜日。 いつものように早めに起床する。 「――先生、おはようございます」 窓を開けて、朝日にあいさつ。 そして体の隅々に意識を巡らせる。 ぐっすり寝たが、朝方少々体を冷やしたようだ。かすかだが、放っておけば痛みだしそうな気配を感じる。気候がいいからといって油断してはならない。 「お風呂に入って、あったまった方がいいかな」 日課の白湯をゆっくり飲みながら、入浴の準備をする。 朝風呂でじっくり体をあた

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(25)

(第1話/あらすじ)   ●退院前夜 新しく住むアパートも決まった。 新しい仕事も決まった。 荷物も大方運び入れた。 手元にあるのは、貴重品と必要最低限の日用品だけ。 明日、「退院」する。 雪洋と二人で過ごす生活も、これでおしまい。 明日からは一人でやっていく。   ――何時だろうか。 美咲にしては珍しいことに、夜中に目が覚めた。 体調が安定してからは、痛みで目が覚めることなんて滅多になかったのだが。これが最後の夜と思っていたから、気が高ぶったのだろうか。 「

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(24)

(第1話/あらすじ)   ●自立準備 冬の厳しい寒さを何とかすり抜け、春の盛りが過ぎ、今は五月の陽気が続いている。 朝の散歩、最近は毎日している。 膝の痛みが嘘のようになくなったから。 痛むこともあるが、時々だ。 今日も痛くない―― それだけで、何よりもありがたい。 美咲は雪洋のもとで穏やかな日々を過ごしつつも、着々と自立への準備を進めていた。 明るく前向きになった美咲の様子が嬉しかったのだろう。雪洋も美咲にいろんなことを教えてくれた。 体質に合った食べ物の選び