たっちんの昔話(随時更新)
#たっちんの昔話 1
私が生れる5年前,兄は生れた直後に天国へいった。
父に似て,肌の白い子だったらしい。「俺,生れ替りかな?(太腿白いしw)」と思ってたけど決めつけるのやめたw
待望の長男死産,家族は悲しみに暮れた。
5年後,次男にして長男の私誕生,家族の喜びは一入。
[陰]の上に私が存在する。
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#たっちんの昔話 2
8月某日,夏の暑い日に誕生。
甲子園開催の最中で,祖父が「ホームラン打った!」と喜んだらしい。(←[なんそれ!]とツッコむw)
「道を雄大に生きて欲しい」と名前授かる。
8月の獅子座っ子(太陽星座)。今世暴れ回れって事か…?w
「生れた日時に深い神意あり」と今つくづく思う。
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#たっちんの昔話 3
実は生後数ヶ月後、肉体を離れそうになった。
勝手に家から這い出て,庭の池に浮いてたらしい。
まだ言葉も喋れない2才の従兄が裏で洗濯干す母を呼びに行かなかったら,私は存在しなかった(その従兄とは今も超仲良し)。
私の命が[水エネルギー]と縁があるのが,この事からも伺えた。
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#たっちんの昔話 4
特殊な家に生れた。コミュの繋がり,縛りが強い。変わった風潮,スピな空氣があった。
身内を超えた家族がいて,小さい頃から沢山の人に愛された。
ホロスコープ(出生天体図)を見ると,まさにここに生れるべくして生れて来た。
変な家だけど,どうやら自ら[この背景]を選んだみたい。
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#たっちんの昔話 4
他者貢献を志す家柄だった。それは時に闇を内包すると思う。
無言の[いい人になりなさい]は私にとって[いい人じゃなきゃダメ]になり,幼少期から大人の様に[いい人]を演じた。
甘えたかったし,ワガママ言いたかった。
でも,これさえお空の上で選んだと今は分かる。
物語の布石。
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#たっちんの昔話 5
23歳頃,幼児の自分に会うイメージワークをした。最初出会った自分に衝撃。
3歳児が裸で槍を持ち,怒ってこっちを睨んでる。
[えっ…]
その子の記憶に入ると,台所の机の下で,母に怒られ泣いてる。
確かな3歳の記憶か曖昧だが,見ぬふりして来た幼少期の凝固した感情に愕然とした。
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#たっちんの昔話 6
5の続き
曖昧な記憶だが,机の下で母に怒られ泣いてる幼少期の自分を感じてみると「良い子じゃなきゃダメ」という強く悲しい感情が見えた。
極端な[善]が,ホントは大切な[悪]を心の奥底に抑圧してた。
後に心を湾曲させる極端な二元的世界観はこうして積もっていったのかも。
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#たっちんの昔話 7
幼稚園の頃,背の順は後ろから2番目位で体が大きかった。
全く記憶ないが,いとこ曰く,私にめっちゃ泣かされてたらしい。笑
…根っこはジャイアンっぽいw
一番ありのまま出る幼少期,「獅子座」が一番出てたのかもしれない。ガォー
PS,この頃の将来の夢=ライオン丸←世代違うはずw
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#たっちんの昔話 8
7の続き
幼少期の自分,根っこはジャイアンのくせに…
アニメ日本昔話の[ぼうや〜♩]で出てくる龍や唐沢寿明さん主演の[最遊記]の猿を見て,なぜか恐怖で号泣のビビリ…←異常w
さすが月星座蟹座,甘えたさん全開でw
こうして[引っ込み思案の目立ちたがり屋]は誕生したのだったw
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#たっちんの昔話 9
初めて幼稚園に行き、母親から離れる時、号泣。
引き剥がされるのが怖くて必死にしがみついた。
段々慣れて来た頃、幼稚園の先生と一人の女子が好きになってたw
安全領域を離れるのは死ぬ程怖い。でも,そこを超えた時,新たな世界が始まる。
これ,今も昔も替わらへんねやな〜。
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#たっちんの昔話 10
小学校入学直後のこと。
何を思ったのか、クラスリーダーのパシリとなり、パシリ達と争うように積極的パシリを行うw
「生き残る道はこれだ」と謎の戦略を立てたみたいw
下手(したて)に出るのが正義…と子供の頃から思ってたんやな〜。
家の文化、自信の無さが現れとんな!w
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#たっちんの昔話 11
小2年の頃,空手始めてジャイアン爆発。
流派全国大会の組手でいきなり2位。あるカテゴリーの全国大会1位,地元市大会でも1位に。
→調子乗りまくるw
その結果,期待のホープは学年上がる度にドンドン弱くなり,最後は賞が取れない弱小選手にw
…調子乗らずにコツコツ修行大事やねw
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#たっちんの昔話 12
レゴブロック大好きで,凄い集中力発揮した。
友達と遊んでレゴ作り出す→帰る1時間前まで作成に勤しむ→結局遊ぶ時間ほぼなし→ぶっ壊すって繰り返しやったw
今,分かるのは獅子座は[創造が大好物]という事。
実際今それが仕事になってる。
昔から本領発揮して磨いててんなー!
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#たっちんの昔話 13
うちは到底お金持ちとは言えない環境だった。
幼少期から[お金ある]の反対言葉しか聴いた事がなかった。
散々擦り付けられた結果,お金に愛される体質とは真逆の思考を持つ様になっていた。
家庭・環境で飛び交う言葉が一生涯を決める。
だから今は発する言葉を選ぶ様になれた。
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#たっちんの昔話 14
幼少期からお金持ちとは言えない環境だった。
でもなぜかミニ四駆やポケモンカード,遊戯王カードなど一丁前に持ってたw
どう入手したか?全く覚えてないw
この特殊能力は大人になっても続く。
貨幣経済を超え,なぜか物人に恵まれる。
思うにこれが先祖が残した遺産だな,と。
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#たっちんの昔話 15
幼少期からお金持ちとは言えない環境だった。
ゲームなんて勿論ない。
だから友達の家でゲームに明け暮れるw←ニンテンドー64,スマブラ世代w
時には見てるだけ。←やるせないw
多少恥ずかしさもあったけど,友達力となんとかする力は培われた。
『無い』から生まれる事もある。
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#たっちんの昔話 16
小学校で「キモい」という言葉が流行ってた頃。
なんの氣なしで、顔に先天的な腫物が出来た子に「キモい」と言うと泣き出し、皆の前で先生に怒られた。
「いや、そんなつもりじゃ…」
確かに自分が悪い。でも理解されなかった悲しみは今も忘れない。
人は理解されたい生物。
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#たっちんの昔話 17
人の交流が激しく多い家だった。
「いい子じゃないといけない」と氣を使いながら育った私は,他人の眼を最優先で氣にする子になった。(外的感覚、外的感情が一番)
他人に軸を置く自分が嫌だった。
でも,お陰で,自然に人の氣持ちを察しようとする癖がついていた。
全ては裏表。
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#たっちんの昔話 18
祖父にとても可愛がられた,おじいちゃん子。
粘土や竹で色々自作して遊んだり,とても器用・氣さくで,いつも笑ってそばにいた。
一回しか怒られた事がなく,全て受け入れてくれた。
身体は無くなっても今もそばにいる氣がしてる。
[無条件で愛してくれた人がいる]って強いね。
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#たっちんの昔話 19
おじいちゃん子だった私。
コミュ力が高く,いつも楽しくお話してた祖父。
今思えば起業家精神に溢れた人だった。
祖父の手には黒い染み。
シベリア抑留で掘った石炭が。
今ならそれがどれだけ大変だったか?
ほんの少しだけわかる。
氣概ある人には推し量れない物語がある。
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#たっちんの昔話 20
祖母は頑固で癖の強い人。
素直に言葉を表現し,常に人の悪口を言ってて,まじキツかった。
でも,腹がなく,毒を溜めない人だった(だから?80過ぎても肌ツヤツヤw)。
反面教師と思ってたけど「自分に素直」って生きる上でこんなに重要とは…
反面教師じゃなく,今の私には仏様です。
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#たっちんの昔話 21
祖母も祖父と共に戦争を生き抜いた世代。
祖父と共に満州で事業を興し,終戦を満州で終えた。
戦後直後の動乱,暴行が横行する中,坊主頭で,顔に鍋底の墨を塗り,男の格好で逃げ回り,命辛々帰国したらしい。
その後,波乱万丈の人生を骨太に生き抜いた。
命を懸けた人は氣概が違う。
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#たっちんの昔話 22
祖母は超の強い人で,立花家の諸悪の根源と思ってた。
祖母のせいで,家族の中で波風が絶えなかった。
思った事はやらなきゃ氣が済まない人で,そのお陰で家族は相当迷惑掛けられたな…
でも,この祖母のお陰で,大概のクセ者への免疫は持っていてw,癖の強い人も難なく関われる。
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#たっちんの昔話 23
祖父母はいつも喧嘩していた。それを常に見て育った父方兄弟は大変だったと思う。孫には優しいものの,その姿を見るのはとても辛かった。
外面はいい。でも内側は大変だった。自然と皆,家にいる事が嫌いになり離れていった。
そんな家に生れた運命を受け入れ,祖父母と黙って向き合い続けた今は亡き父を心から尊敬する。
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#たっちんの昔話 24
隣の家に幼馴染が住んでいた。小さい頃からずっと一緒の同級生。
家の中から口笛で呼び合い,うちの一階と彼の二階でカードゲームで遊んだりした。
私にとって彼の存在は大きな支えだった。
あの頃は彼は勿論,友達の為だけに生きてたなー。
人とのご縁はお金に代えれない宝物。
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#たっちんの昔話 25
小5の頃,うちで友達と遊んでると,友達がやって来てタレコミが。
「たっちん,あの子らに悪口言われてたで」
ガーンッ
「嫌われたくない」がモチベーションだった当時,プレパラードの様に繊細な私の心は簡単にポキッと折れた。
陰口のダメージはデカイ。
自分は慎もうと思った。
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#たっちんの昔話 26
小学校卒業。私含め4.5人だけ校区的に別の中学校に入学。
初めての卒業,何十人の友達と別れ。
知り合いなしの場所に飛び込むのは当時の私にとって死にに行く様にキツかった。
でも結果的に飛び込んでよかった。
人生に伸びーが出来たと思う。
幸せは不幸な顔してやってくる!
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#たっちんの昔話 27
中学校入学。超平和な小学校からちょっとヤンチャな中学校への入学で毎日ビクビクw
学校行くだけで過重なストレスだった…
しかし,クラスの友達も増え,野球部入部で先輩方に可愛がられ,段々慣れてくる。
結局,人との繋がり。
妄想の恐怖を払拭するのは繋がり!
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#たっちんの昔話 28
中学は野球に命を捧げる。
朝練,部活,夜練(と言う名の友達と遊ぶ口実w)で,野球三昧だった。
最高順位は軟式で大阪3位。
この時チーム全体がヒット一本で勝ったりw,生涯打率0割5分位の私がサヨナラ打ったりw
…ある意味神がかってんなw
スポーツを通して喜びと悔しさを知った。
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#たっちんの昔話 29
中学から謎の精神的危機が始まる。
・何回も手を洗う
・ガス栓・戸締り、同じ事柄を何度も確認
・関係ない事件を自分のせいにetc
馬鹿げてるって自覚あった。でも確認しないと不安で…
原因も対処法も分からず,只々苦しかった。
あの頃の不透明な不安を思えば,今死ぬほど幸せ。
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#たっちんの昔話 30
実は長距離走向けの体。小学の時は小6以外全校1位か2位だった。
野球部に入り,走り込む中で限界突破を学ぶ。(実は未だに野球心臓)
結局自分との戦い。
楽チンな物ではないけど,耐え続けて突破していく点は志事や人間関係,全てに通じてる。
がんばった経験は全て,今の糧になる。
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#たっちんの昔話 31
「中2が人生で一番面白い説」ってあるけど,なんでやろ?w
確かに中2の頃って多感で悩みも多かったけど面白かったかもw
一番何も考えず,ただただ遊ぶ事だけにエネルギーを注げたからでしょかね?
もう2度と戻れないけど「大人の方がもっと面白い」って断言できる人生でありたい!
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#たっちんの昔話 32
中2の頃,激しいキャラに囲まれ,イジられ倒すw
内容忘れたけど,かなり凄いレベル…汗
こういうの上手く処理できんかったら問題になってくんやろな…苦笑
皆でヘラヘラ笑ってネタに出来たのは変な話,稚拙ながら心に力があったんやなぁと。
こうしてイジられ力を身につけていったw
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#たっちんの昔話 33
中学時代,野球に明け暮れた毎日。なぜかスコアラーに抜擢。今考えたら先輩もメガネかけてたし,メガネかけてるか否かで選んだな,先生…(笑)
よく考えるとあの頃から「メモする」「分析する」してたんやな。
先生,メガネで選んでくれてありがと。今はそれが仕事になってます!
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#たっちんの昔話 34
中学時代,視力0.1位でメガネ外して野球。私へキャッチャーフライの練習。
マウンドでもセカンドでも落ちてこない。センター辺りまで追いかけた時,皆が私を呼んでる。
ボールは既にマウンド辺りに落ちていて,私が追いかけ続けたのはカラスだった…
その日からメガネを付け始めたw
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#たっちんの昔話 35
中学時代,メガネ壊れ過ぎて1ヶ月間10回位修理しに行ってた時期が…笑←3日に1回ペースw
頻度多過ぎて親に「この子,もしかして学校で…」って本氣で心配されるw
いや,全部自分のドジと遊び過ぎやねん…厨二病最幸やなw
失敗を笑い飛ばし,飛び跳ねて遊ぶ,あの氣持ち忘れんなー!
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#たっちんの昔話 36
中学時代の学力は「上の下」位だった。正直,学校で勉強した事なんて,ほぼ覚えてない。
強いて言うと①勉強のやり方②やれば結果出る確信③ほんのちょっとの自信。これ貰ったのがあの時代の収穫。
学校と社会に役立つ学びは違う。
過去の自分に会えたら,社会の学びを伝えたいな。
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#たっちんの昔話 37
極端な性格だった中学時代,ゴミ捨てる友達を常に怒ってたw
「あこにゴミ捨てた」って聴いたら,わざわざ拾いに行ったな…w
悪い事する人をいつも糾弾。凄い正義を振りかざしてた。
極端に白・善しか許せず,敵を製造し続ける正義のツラした悪魔。
そら,心のバランス崩れるわな。
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#たっちんの昔話 38
中学時代,一番の楽しみは夜練。
野球友達と夜な夜な集まって走り込みや壁当て等で練習。
練習もそうだけど,友達と一緒にいれるのが嬉しくて…毎日楽しかったな。
友達と青春したあの頃が懐かしい。
そんな時期もあって,逆の時期もあって…
全部ぜんぶ,成長過程に必要な経験。
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#たっちんの昔話 39
中学の時,筋トレを始める。
腕立て,腹筋,背筋30回ずつとシンプルな内容を毎日地道に。
高校時代も毎日コツコツ。暫くやってなかったものの,今もまだやってる。
若い頃自分で考え,自主的に始めた事、今の自分の武器である「継続力」の種となり,健康な身体の基礎担ってるなぁ。
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#たっちんの昔話 40
中学野球部,「ライト8番」(下手の称号w)をギリまぬがれていた私。
大阪大会で守備下手露呈し,遂にレギュラー落ちw
人生最後の試合は負けてる公式戦最終回の代打。
ホームラン性ファールを打ち,会場どよめくも,最後は見送り三振w
生涯打率5分5厘位w
…楽しい野球人生だった!w
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#たっちんの昔話 41
中3の頃,クラス投票2番手だったくせに謎に応援団長をさせられ,調子に乗るw
運動会前日,頭をVの字カットにして運動会当日迎えるも、学校で先生に苦笑いで全剃りされるw
結果,髪の毛が全くない状態の頭皮に1日中紫外線受け,頭皮がゴッソリ取れるw
運動会前日のVの字カット要注意w
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#たっちんの昔話 42
野球部終了後,野球仲間とは疎遠になっていく。
そんなある日,野球友達と遊んでると私のある冗談に対し、
「お前面白ないねん」
とのたった一言がトラウマになりチョけるのが怖くなる。(大阪でオモロさは死活問題w)
コミュも億劫になり悩みの闇が深くなる。遂に暗黒期の幕開け。
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#たっちんの昔話 43
ある叡智によると15歳から親の因果→自らの魂の因果が噴出するらしい。
私も丁度,15歳と数ヶ月後に,心の蟻地獄に落ちて行った。
答えのない不安が年中頭を駆け巡り,年中縛り上げられてる感覚だった。
どんな因果,積んで来たんやろ?汗
でも,あの過程があったから今最幸に幸せ。
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#たっちんの昔話 44
祖父,父の関係で子供の頃から植木職人の手元をして来た。
掃除から始め,小学高学年で剪定開始,中学時には一丁前に刈込み。
加速度的に上達し,以前は植木でご飯食べてた。
今でも体に染み込んでる。
亡き父に遺産はなかったけど,一生失う事のない「技術」を私に残してくれた。
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#たっちんの昔話 45
中3の時,登校前の朝ご飯中に小学生の妹と卵焼き一切れで揉め,本氣で脇腹を蹴り、失神させてしまう(汗)
何も異常はなかったけど,あの日の学校は1日中申し訳なくソワソワしてたな…
その後色々私を救ってくれた恩人。
もう嫁に行ってしまったけど,誰よりも味方でいたい大切な人。
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#たっちんの昔話 46
中2の頃、初めて彼女ができる。
同じクラス、陸上部の女の子。
クラスでも野球してる時もいつも氣になってた。
しかし…喋った記憶がないw
数回学校からお家まで送るだけで、数週間でお別れ。
あれは一体何だったんだろ…?w
ウブな男の子の恋愛はここからスタートする。ポッ
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#たっちんの昔話 47
中3夏頃から毎日受験勉強。
努力の結果,志望校は余裕合格レベルに(所詮,上の下レベルやけどw)。
あの時の勉強なんて一ミリも覚えてないw
継続と努力,成功体験は肥になってるかな?
もし今昔の自分に伝えるとしたら,学校の勉強しつつ,お金やビジネス,もっと大事な真理を教える。
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#たっちんの昔話 48
中学当時,家が好きじゃなかった。
色々な流れで高校は奈良で寮生活を検討。とにかく家を出たくて,何も知らず寮生活を選ぶ。
地元であれば多少いい高校に行けたけど(好きな子も行った高校w)…(笑)
あの時この大きな選択がなければ今の自分はない。
一つの選択で人生替えるね。
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#たっちんの昔話 49
中学最後,好きだったあの子に結局告白できず。
卒業式でボタンもらう←ベタw
高校入学/入寮前に満開の桜の下で最後のお別れ。
やっぱ好き。
でも入寮後,電話告白するもフラれる…
忘れかけてた恋愛の記憶wどんなに時が経っても,あのドキドキした氣持ち一生忘れへんもんやね。
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#たっちんの昔話 50
ついに中学卒業,ホームグラウンドだった中学を離れるのは超怖かった。
高校は奈良で寮生活。
入寮前々日,自分で髪切ってたら変な髪型になり,結局最終的に五厘坊主へ…汗
五厘坊主×メガネの私は明らかに戦前の学生スタイルw
こうしてイジラれ通しの高校生活が幕を開けた…w
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#たっちんの昔話 51
高校入学前に入寮。3.2.1年の縦割りの部屋でド緊張。
中学出たてのマルコメが突然成熟した高校生の中に入れられて…カオス状態w
2年の先輩がイジるの好きな人で,毎日イジり倒されたw
キツかった時けど,その先輩とは一番仲良くなった。
人間,色んなコミュニケーションがあるね!
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#たっちんの昔話 52
高校入寮直後、1週間規律訓練。
徹底的に礼儀を叩き込まれた。
声出し過ぎて,蚊の鳴くような裏声で,入学したての「初めまして」の自己紹介したのを今でも覚えてる←ネタw
最後、炎天下の下でフラフラ氣絶しそうになったな…w
しんどかったけど、乗り切った体験は誇りになるね。
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#たっちんの昔話 53
高校入学すぐ,急に泣き出したりする←w学校に馴染めない子がいた。
ある日勇氣出して「お昼ご飯一緒に食べよ」って声をかけてみた。
それ以後覚醒し,ウザい程チョける人氣者に変貌w
「あの時,声かけてくれへんかったら高校やめてた」って今でも。
たった一言で何か替わるね。
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#たっちんの昔話 54
高1の寮生活,最初の頃はキツかった。
自由ないし24時間誰かいて氣が抜けないのは大変。牢屋に入れられてる様な感覚。帰りたかったなー。
掃除洗濯を自分でやって,給食みたいなご飯を食べ続けた。家や親の有り難みが初めて身に染みてわかった。
離れないと分からない事もあるね。
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#たっちんの昔話 55
高1の寮生活,当時先輩の「厳しい指導」はなくなってたけど1年はパシられまくりだった。←特に私パシられキャラw
夜の自習時間で色んな人にあっちこっち2時間びっしりパシられ続けた事もあったな…←パシリ無双状態w
でもあれが今に繋がってる。
使って頂きやすい人になりたい!
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#たっちんの昔話 56
高1の寮生活,先輩の為にレモンティーと即席麺を常に用意する文化があった。(ちなみにタ●コ買いにパシリもw)
たまたま親に話したら親が寮にチクって,先輩を呼び出しての大騒動に。あの時は泣いたなー。
私が2,3年と進むとそういう文化はなくなっていく。
今となっては良い経験。
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#たっちんの昔話 57
高1の寮生活,寮の友達と馴染めず,結構一人ぼっちだった。逆に1年の頃は学校で楽しんでたかな?
「俺にはオンオフが必要」なんて言い訳してたな…汗
でも,3年間寝食を共にすれば自然と家族になる。
いくら時間かけても替わらない物もある。でも時間が解決してくれる事もある。
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#たっちんの昔話 58
高1のクラス,かなり楽しくて調子乗りまくってたw
最後のクラス投票で「Mr.G」(クラスの代表的男子?)に選出され,エッヘンってなるw
ただ…2.3年英語クラスを選択すると真逆の環境。
隅っこ暮らしする[陰キャ]に変身…←自分でも変わり様がオモロイw
あの時期は今ではネタですw
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#たっちんの昔話 59
偏差値高くない高校時代,実はテスト1回除いてずっとクラス1位の成績で最終評定平均4.9だったw
「中学時代,上の下だったけど…」と思いつつ調子乗る←w
あの頃勉強した事なんて1つも覚えてないけど,永遠の自信になってるのは間違いない。
何事も全力で取り組む意義は必ずあるね。
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#たっちんの昔話 60
色んな部活を渡り歩いた高校時代。
寮友に勧誘され,ハンドボール部入部。
未経験な先輩達のヤニ部と化してたw
先輩すぐ卒業し,経験者の寮友が再建。
再スタートの時期になぜか忘れたけど退部w
あの頃は一貫性も根性も情熱もない人間だったなぁ…
でも,そういう時期も大切。
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#たっちんの昔話 61
迷子の高校時代,ハンド退部後,フォークソング同好会入会。
中学時代から「ゴイステ」が大好きでvocalでステージに立つ。( 銀杏ボーイズ、峯田和伸 さん好きw)
でも,ギターのFコードが出来ず挫折し,同好会退会w
実は私の世界観の底は初期のゴイステ。だから厨二病抜けないのかもw
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#たっちんの昔話 62
迷子の高校時代,フォーソン同好会退会後,再びハンド部へ←えw
再った後はGKに抜擢!
ヤニ部→再建後初の試合へ出場も,後半はメタメタにゴールを決められ,自信喪失w
その後も「ちゃんとやれよ!」ってキレられまくる事に怒りを抑えられなくなり,退部w
大いなる迷子時代に感謝!w
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#たっちんの昔話 63
迷子の高校時代,ハンド部再退部後はボランティア。
1年最後の春休みに入部したのが…
拒絶して来た古典音楽,#雅楽 部←w
地元の友達には「野球顔晴ってる?」ってめちゃ聴かれたけど,まさか雅楽に行き着くとは誰が想像したでしょう…w
でも[まさか]が良い味だすんですよね〜。
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#たっちんの昔話 64
迷子の高校時代,ついに辿り着いた部活は「雅楽部」w
篳篥(ヒチリキ)という短い縦笛吹いて,肺活量がめちゃくちゃ鍛えられる。
他,舞人となり「蘇莫者」「太平楽」を舞う。←誰もわからんw
部活迷子になったけどw,実は今でも月一回は吹いてる。一生の宝物のような経験。
舞、こんなのです!
↓
蘇莫者
https://youtu.be/y27y7IZuEBs
太平楽
https://youtu.be/ByAY_iBVmGQ
↑
うますぎ!こんなうまく舞える訳ないっすw
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#たっちんの昔話 65
高校時代,人生で一番悩んだ。
365日脳みそ使い,異常に悩んだ。
「このままじゃいけない」
「大丈夫かな?」
「ダメじゃないかな?」
常に人に氣を使い過ぎる謎の症状。
誰にも理解されない出口のない悩み。
そこに存在するだけで辛かった。
きっと自己肯定感が少すぎたんだ。
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#たっちんの昔話 66
高校時代,人生で一番悩んだ。
何に悩んだか不明。常に苦しかった。
その時,寮の先生達がいつも話を聴いてくれた。
答えのない悩みに付き合い続けてくれる尊敬できる大人がいた。だから乗り越えれたと振り返る。
憧れる様な大人が周りにいた事は私にとって最大の幸運の一つだ。
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#たっちんの昔話 67
毎日泣く程悩んだ高校時代。
ゴールのない苦しみから抜け出したくて,[本]にすがりついた。
今も読書し続けてるけど発端はやむにやまれぬ理由から。
もう進化へのモチベーションは消滅し,ただ前進するのみだけど,発端はあの苦しみ。
当時は意味不明だったけど全部未来への布石。
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#たっちんの昔話 68
毎日悩み続けた高校時代。
365日の中で[ここだけは晴れ晴れ]という期間が。
毎年やってくる2週間の[ボランティア集中期間]。
徹底的に人様に奉仕してる瞬間,頭の中に変な悩みが湧いて来なかった。
この体感は後に重要な氣づきを与えてくれる。
人様に奉仕する威力って凄い。
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#たっちんの昔話 69
高校時代,初めて一般社会でバイト,めちゃ緊張。
冬休みに夜な夜な荷物仕分け派遣。寒くて時間長く感じて…チャリで通勤する時,辛かったな。
今でも工場の情景が浮かぶ。
あそこから色々志事したけど,今が一番自分を使い切ってる。
0→1が一番大変。その後はドンドン楽になる。
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#たっちんの昔話 70
高校時代,部活の都合でボラ長に。
週一で朝暗いうちから男女寮生集まり,掃除する奇妙な文化w
平均100人近く学生が参加し,最後の引継式では320人もの学生が集まった(今も最高記録?w)
あの頃,毎日ボランティアしてた。
[やっただけ結果に繋がる]という原理原則を掴んだ体験。
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#たっちんの昔話 71
高校寮生時代,毎日ゴミ拾いして帰寮。
ある日友達が騒ぎ出した。
「たっちんがゴミ拾いしすぎて,う●こ拾って来たー!」とw
確かに部屋から異臭が…一同騒然w
「流石にそれはないw」と調べると…
彼がう●ち臭の香水を振り撒いた形跡がw
一生忘れられない,う●ちの思い出…w
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#たっちんの昔話 72
高校寮生時代,真面目なハンサムナイスガイの後輩がいた。
ある日,寮の階全体に異臭が立ち込め,原因究明した結果…
彼がトイレから出た直後に異臭が発生した事が発覚。
以後彼は一部で「異臭騒ぎの○○○(下の名前)」と呼ばれる様になった。
一生忘れられない,う●ちの思い出w
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#たっちんの昔話 73
高校寮生時代,階対抗でラグビー杯を年2回してた。
うちの階はある業界の日本代表2人いたのでレベル高かった。
ラグビーすると隠された本性が出るらしく,普段大人しい私も[オイ,お前ら行くぞ,オラ!!]とか言い出す事が発覚w
あの瞬間だけ[スーパー立花]に変身した。オラッ←(笑)
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#たっちんの昔話 74
高校時代,初めて身内が亡くなる。
春休み中に祖父を。1.2ヶ月後に叔父を亡くす。
まだまだ「人が天国に行く事」が何を意味するか?よくわかってなかったけど,人が亡くなる事ほど大きな衝撃ない事を知った。
おじいちゃん子だった私。今も後ろで祖父が支えてくれてる氣がする。
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#たっちんの昔話 75
高校時代は寮生活。上下関係を仕込まれた。今でも年上に頭上がらん。ただ,先輩は勿論後輩にもイジラれてたw
お風呂でイジラれ過ぎて,同級生に[お前…尊敬するわ]と言われた一言,今でも忘れられないw
寮終わる時,後輩達が泣いてくれたのも忘れられない。
人との繋がりって宝物。
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#たっちんの昔話 76
高校時代寮生活。1.2.3年生と同部屋で気を使い,起床や消灯,自習,帰寮時間が決まっていて,牢獄に閉じ込められてるよな感覚だった。
夜になると外を眺めて[チャリでどっか行きたいな][あの子と会いたいな]とかよく考えてた。
制限だらけを経験したから,今幸福の感度が高いのかも!
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#たっちんの昔話 77
高校時代,色んな恋愛したけど,全部忘れられない思い出。
台風の屋外でフったり(←最低w),イチャついてて恥ずい思いをしたりw,今考えたらゾッとするような事も…w
若気の至りやなー。もう二度と無理だw
それぞれの時期に,それぞれ大事な経験を積んで,大人になっていくんですね。
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#たっちんの昔話 78
高校時代,人生を替える学生サークルと出会う。
最初は大っ嫌いだったけど,地味に繋がり続けた結果…大学時代,命をかける大切なご縁になっていく。
元はと言えば父が勧めてくれて嫌々参加したの思い出した。
いつも[知らない間に]上手く導いてくれてた父に感謝。
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#たっちんの昔話 79
高校時代,2.3年は学校で隠キャ担当wいつも日陰で静かに暮らしてたw
最初は辛かったのに結局学校より寮が楽しくなった。
[住めば都]で,3年間ずっと一緒にいたみんなは家族となり,寮は我が家になった。
あの辛かった気持ちはどこへ…
人間には環境順応力が備わってるって事やね。
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#たっちんの昔話 80
高校寮生活,1年の終わり頃から携帯を持ち始めた。
当時,寮生は携帯所持禁止の為,多くがバレて,処分を受けていた。
日夜どうかいくぐるかの戦いw [あのスリルが忘れられない]って先輩が言ってたけど,ほんまにそう!
私はバレずにやり過ごしたw ちょっと制限ある位が面白いのかも!
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#たっちんの昔話 81
高校卒業。深刻に悩んでたので大学では心理学を専攻しよかな?と。
でも心理学卒の先生にこう言われてしまう。
「結局人の心はわからんよ」
ガーン…ほな辞めよと思った私はとてもニッチな分野へ進学。
内部入試で評定平均無駄使いしてたけどw,好きな事を選んで良かった!
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#たっちんの昔話 82
高校卒業後,すぐ例の学生サークルのスタッフへ勧誘。大嫌いだった団体,断ろうとしたけど…
当時精神カオスだった私wは「頼まれ事はやらなければいけない」という謎の精神構造から,すぐ承諾。
ここがきっかけで人生が激変してく。
どんな形であろうと,一つの決断から人生替わる。
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#たっちんの昔話 83
高校卒業後,淡路島でワカメ狩りバイト!
実際のワカメは化け物みたいな姿でした…w
寒い早朝から一日何百kgのワカメを狩り,後ろに放り投げるという作業は苦行で…一刻も早く帰りたかったw
ホンマに漁師さんに頭上がらん(泣
一つだけ言えるのは本物のワカメの旨さは桁違いっす!
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#たっちんの昔話 84
高校卒業後,大嫌いな学生サークルのstaffに。
目立ちたい人がワーワー騒いでるだけやと思ってたのに…
真剣に語り合い,涙を流して人様にどう喜んで頂くか考える姿…衝撃の光景だった。
そこからスイッチが入る。
私は多分誰かの為に動く方が力を発揮するタイプだとわかった。
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#たっちんの昔話 85
高校卒業後,例の学生サークルの全国から1万人近く集まるイベント。
やっぱりまだあまり好きじゃないなと思った。
でも何より良かったのは本気で取り組む先輩の姿を拝見できた事。
大げさじゃなく,命をかける人って輝いてる。
先輩達の姿を見て[本気]のカッコ良さを知った。
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#たっちんの昔話 86
学も寮に入ろうと面接。
高校時代も寮生活してたから,余裕!!と調子乗ってたw
待機中に大声で喋ったり,書いてる紙と喋る事が違う内容だったりw…最悪の展開。。お陰で見事に落選。毎日往復4時間かけて大学に通う事に…
ただ後ほど,これが功を奏す事になる。
全部辻褄合うよね。
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#たっちんの昔話 87
大学時代,寮落ちて大阪から往復4時間かけて大学に通う。自然,軸足は大阪になり,高校に引き続いて入ろうと思ってた雅楽部も断念。
結果的に大嫌いな学生サークルへ専念。
当時,最強の悩み期だった自分をその場所に導いたのは良くも悪くも[環境]だった。
人は環境に育てられてる。
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#たっちんの昔話 88
大学入学後,突然体調悪化。熱40℃超えてたみたいで流石に父に車で迎えに来てもらった。
あんな苦しんでるのに帰ってからほぼ放置で,自分で病院行ったり,なんやかんやしたものの,人生で初めて気絶wちょっとおもろかったなw
あれ放置するとは…今は亡き父との素敵な思い出…←w
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#たっちんの昔話 89
大学入学直後,高校.寮.部活.大学一緒の友達が突然バイク事故で天国に。初めて友達を失い,皆と病院で泣いた。
香川県へお葬儀行った帰りのトイレ。
[彼はもう用足せないけど,僕は体の中で勝手に尿が出来てる…僕は何者かに生かされてる!!]
生かされてる事に心底気づいた瞬間。
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#たっちんの昔話 90
大学生,大嫌いだった学生サークルへ熱心に取り組む。
ある重要な立場を選ぶ際,期待して下さった先輩が決定していた人事に物申し,私をねじ込んで下さったw
そこから[長]へのルートを登っていく事に。
環境が人を育てるし,育成の上手い先輩と出会えた事は私の最幸の幸運の一つ。
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#たっちんの昔話 91
大学の最初,まだまだ悩み苦しむ日々を送っていた。
そんな中,執行部へのお声がかかる。(年に100回位会議し,イベント開催)
迷わず[はい]と言うものの,毎日毎日苦しかった。
それでもやり続けると変化が…
オススメ出来ないけど,自分と違う場所に身を投じると起こる変化もある。
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#たっちんの昔話 92
大学の頃,命かけてた学生サークル。
先輩から教えて貰った教えを勘違いしマジギレキャラになったり,ブレブレだった…w
当時[人を成長させる為に怒らなければ]と無知にも程がある誤った思考を持ってたから…汗
色んな失敗を積み重ね,人との付き合いを学ばせて頂いた事に感謝。
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#たっちんの昔話 93
大学の頃,一週間泊まりのイベントへ。
全く同じ生年月日の人と出会い,いつしかお付き合いする事になり,数ヶ月間彼女の家に通った。
お金がなくて缶コーヒー1つ買っていった話を今でも喜んで話してくれるw
もうご結婚されてるけど,今でも大事な魂の双子。色んなご縁があるね。
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#たっちんの昔話 94
大学の頃,学生サークルに没頭。
苦しみ付きまとった[謎の悩み]が遂に晴れる。
夏の大イベントで重要な役割を与わるも,自分がダメダメすぎて,涙するほど絶望…
[もう俺、ダメでいいや]と諦め,ダメな事を許し,素直に仲間に頼ろうと決めた。
あの瞬間から何かが弾けて替わった。
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#たっちんの昔話 95
大学の頃,学生団体の数万人来場する夏の子供向けイベントで会場責任者になる。
自分を許し,仲間に頼り,子供達の為に一心不乱に朝から晩まで駆け抜けた10日間。
あそこで過去数年間苦しんだ悩みが嘘の様に無くなった。あの苦しみは心の矢印が自分に向き過ぎていただけだった。
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#たっちんの昔話 96
大学時代,学生団体の春のBIGイベント。裏方で殆ど表に出る事なかったのに唯一左脚がない男の子と出会う。
骨肉腫で左脚切断した男の子。キラキラした笑顔で笑う同い年。
お別れした数ヶ月後バッタリ遭遇し,連絡先交換。その後,彼が天国に行くまで色んな気付きをくれる事に…
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#たっちんの昔話 97
大学時代,学生イベントで出会った片脚のない男の子。
再会して連絡取り出した直後,人伝いで私が通う大学の近所の大病院に入院したと聴く。
骨肉腫が再発し,肺に転移した,と。
その後大学登校時は毎日彼の病室に通った。
彼と色んな話をし,私も病氣と向き合った[つもり]だった。
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#たっちんの昔話 98
大学時代,学生イベントで出会った片脚のない男の子。
入院してから,毎日彼の元へ通った。
[絶対大丈夫!!]そう信じていたけど…
実は段々と弱っていく彼に気づかないフリしてただけ。
その時は近づいていた。
「妄想の期待」と「現実」の違い、見極め大事ですね。
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#たっちんの昔話 99
大学時代,学生イベントで出会った片脚のない男の子。
入院してはや数ヶ月。
夏の大イベントが始まると面会できないから友人達と面会へ。
するとなぜか[一言書いて]という事に。それが彼の絶筆になるとは…
私には[寝てても笑顔で]
常に笑顔の彼がこの世に最後残した言葉。
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#たっちんの昔話 100
大学時代,春のイベントで出会った片脚のない男の子。
最後に会ってから数日後。夏の大イベント開始。
その初日7/26のイベント終了後,携帯を開くと彼の母親から一件のメールが。
[今朝,息を引き取りました]
信じられなかった。
春から夏までの数ヶ月,一生忘れられない数ヶ月。
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#たっちんの昔話 101
大学時代に出会った片脚のない男の子。数ヶ月後に天国へ。
恐らくお母さん以外で一番会っていたのは私。
[彼との日々はどんな意味が?]
[もっと私に出来る事があったのでは?]
沢山葛藤した。彼との出会いを絶対意味ない物にしたくなかった。
そこで一つの光を受け取る事に…
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#たっちんの昔話 102
大学時代に出会った片脚のない男の子。数ヶ月後天国へ。
彼との出会いにどんな意味があったのか?考えた。
あの頃の私に必要だったのは,人目を恐れず未知に飛び込む[勇気]。
一人じゃ無理でも[誰かと一緒]なら一歩前に踏み出せたかも…
この二つ,今も奇跡を起こし続ける言霊。
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#たっちんの昔話 103
大学時代,学生サークルに没頭。お誘い回りしてた。
片道1時間かけ通うもいつも迷子になって辿り着けず。
3回目もう諦めて帰ろうと思った瞬間[ここで一歩前に踏み出す]と踏ん張った結果,遂に一人の女の子と出会えた。
もうダメと諦めかけた所でもう一歩踏み込むと何かが起こる。
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#たっちんの昔話 104
大学時代,学生サークルのリーダー選挙に出馬するか決断の時。
ドライブしながら当時のリーダーに相談すると[カタカタ…]と車に異常音…
怯えながらスピードあげて走り出すと異常音がパッと無くなる。
[迷わず走り出せって事か]あの瞬間,出馬を決断。
常に兆しはそばにある。
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#たっちんの昔話 105
大学時代,学生サークルのリーダー選挙に立候補。
[学生の遊び]かもしれないけど,一文一文に想いを載せた所信表明文。
これに多くの仲間から100個以上の質問を受け,その全てで思いっきり想いを伝える。
あの経験は私にとって貴重な経験。
経験が[自]らを[信]じる種になる。
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#たっちんの昔話 106
大学時代,学生団体のリーダーに。その為に,大好きだった彼女と別れる選択をする。自分で決めたのに泣いたw
生年月日が全く同じ子。暫く音信不通だったけど,今では結婚されて,[魂の双子]と呼び合う不思議な仲に。
色んな出会いと別れがあるけど,必要な人とはちゃんと繋がるね。
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#たっちんの昔話 107
大学時代,学生団体のリーダーになる。
行動を共にするコアな執行部を探した。考え抜いて4人決め,口説く。
[なぜ,あなたじゃなきゃいけないのか?]1人1人に心を込めて告白するような氣持ちで伝えた。
あれは学生時代の非効率的な動きだけど…1人1人に情熱を傾ける事を学んだ。
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#たっちんの昔話 108
大学時代,学生団体リーダーに。
仲間の幸せを願い,毎日欠かさず祈り&瞑想を神様と約束。
宗教改革者ルターが「今日私は忙しいから今朝私はいつもより3時間多く祈ろう」と言ったそう。
300日位この団体の為に動いた熾烈な一年だったけど,間違いなく祈りにパワーを貰ってた。
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#たっちんの昔話 109
大学時代,学生団体リーダーに。
本当に不器用で皆に嫌われ,リコールの声が上がる程w
自分の我を通すリーダーは不要。デカいイベントの前日,泣きながら皆に謝った。
その後徹底的に自分を殺すもそれはそれで躓くw
リーダーの役割は把握と決断の両方。何事もバランスが大事。
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#たっちんの昔話 110
大学時代,学生団体リーダーに。
ちょっと変な話,命賭けで取り組んでた先輩から「思った事が何もせずとも形になっていく」って教わる。
「そんなバカな」って思ってたけど本氣でやりきった先にそれが起こった…?
寝ても覚めても一つの事に注力すると不思議な事が起こり始める。
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#たっちんの昔話 111
大学時代,学生団体リーダーに。
天国に行った片脚のない男の子が私に残してくれた想い[みんなで一歩前に踏み出す]は,私一人だけじゃなく,みんなの想いになった。
私に沢山の奇跡をくれたし,信じて実践した人達に奇跡が起こった。
一つの志に結束する事こそ,人類最強の強み。
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#たっちんの昔話 112
大学時代,学生団体リーダーに。
「一本前に踏み出すと奇跡が起きる」
と伝え続けたあの頃。
震えた時こそ前に進み,10の所を11やってみると[奇跡](通常起きない事)が頻発した。
意外にも奇跡はあっさり起こったりする。挑み続ける勇気さえあれば。
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#たっちんの昔話 113
大学時代,学生団体リーダーに。
「みんなで一歩前に踏み出そう」をビジョンに掲げてた。
一人じゃ出来ない事も[彼と一緒に一歩前に踏み出す!!]と人と人が意識で繋がった時。
肉体的に一人でも[独りぼっち]じゃなくなる。
繋がりの中で勇氣は拡大し,あっさり奇跡が起り始める。
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#たっちんの昔話 114
大学時代,学生団体リーダーに。
夏のイベントの時,不眠不休でがんばってた仲間が倒れた。
難なく対処して夜の会議を進めると「お前ら,もっと深く考えへんのか?いつからそんなにレベル落ちてん!!」と顧問の先生が怒ってくれた。
一つ一つの出来事を大切に扱う事を学んだ。
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#たっちんの昔話 115
大学時代,学生団体リーダーに。
そろそろ交代する終盤,結構研ぎ澄まされた結果,ちょっとだけ未来が予知できる様な…そんな変な錯覚になるw
多分予知というか直感力が研ぎ澄まされてたんやと思う。…思い込み最幸w
人間には使い切れてない不思議な力がまだまだ隠されてる。
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#たっちんの昔話 116
大学時代,学生団体リーダーに。
組織運営について悩んでいた時,リスペクトする先輩が教えてくれた自己啓発の名著「#7つの習慣」を読み解いた。
机上の空論じゃなく,実際のチーム運営にどれほど効いたか!
この本なしにチームは語れないし,この教えは一生忘れてはいけない。
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#たっちんの昔話 117
大学時代,学生団体リーダーに。
[仲間の為に進化する]と思ってた当時,片道2時間の大学通学を読書に費やした。
あの頃出会った斎藤一人さんやメルマガ全盛期だったてんつくマンの教えに,どれほど救われただろうか。
誰かの為に始めた勉強は全部,自分を救う為の勉強だった。
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#たっちんの昔話 118
大学時代,学生団体リーダーに。
色々勉強したけど、当時読んでた斎藤一人さん本の「許す」や、てんつくマンメルマガの「認める」に、人間関係やチームマネジメントのツボを教わった氣がする。
悩みの大半は人間関係からだけど、多くの学びもまた人間関係からって事、覚えとく。
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#たっちんの昔話 119
大学時代,学生団体リーダーに。
言葉の力を知らなかった時、多くのスタッフの前で話すと皆が辛そうな顔した。
言葉の力を勉強した後、語尾の「○○しなあかん」を「○○した方がいい」「○○○したい」に少し替えるだけで、皆の顔がガラッと明るくなった。
細部が違いになる。
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#たっちんの昔話 120
大学時代,学生団体リーダーに。
失敗続きで仲間に信用されず自信喪失してた時。
「たっちんは過去最高に凄い」
「私はたっちんを信じてる」
そばでずっと信じて支えてくれた仲間がいた。あの人がいなきゃやっていけなかった。
信じてくれる人が1人いるだけで,人は前進できる。
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#たっちんの昔話 121
大学時代,学生団体リーダーに。
小さいけど一年365日全ての責任が掛かってくる役割は毎日氣が氣でなかった。
上手にやれない私を一年間叱り続けた顧問の先生が卒業時に手紙をくれた。
「不器用だったけど、誠実だったね」
この言葉に涙腺崩壊。これをお守りに今日も前進する。
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#たっちんの昔話 122
大学時代,学生団体リーダーに。
徹夜の研修会後,終電で爆睡し,隣県のド田舎へw
しかも改札出るお金もない事が発覚…汗
駅員さんが呆れて見逃してくれた(←時効でw)
学生証についてるクレジットカードに気づき,タクシーでなんとか帰還。
あの駅員さんにお中元を渡したいw
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#たっちんの昔話 123
大学時代,学生団体リーダーを卒業した瞬間,一年間やれなかった事全部やってみた。
怠惰な生活を数日間送った結果…自分的に極限まで磨いた魂の輝きが一瞬で消え失せ,仲間に「たっちん,オーラ無くなったなw」と言われる始末w
短期より長期的な継続のが大事と知った瞬間(泣)
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#たっちんの昔話 124
[どうせやるなら,ここに立って下さい(それぐらい本氣でやって)]
大学時代,学生団体リーダー卒業式典のステージ上で偉そうにこう伝えたらしいw
当時それを聴いた高1が数年後副リーダーになった時同じ言葉を伝え,今でもそれが使われているらしい。
想いは脈々と伝わっていく。
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#たっちんの昔話 125
大学時代,学生団体リーダーしてた頃。めちゃくちゃ調子乗ってた。
社会も人生の事も何も知らんのに,父に対して偉そうに分かった口きいてたな…。
最近起こった小さな出来事であの当時の自分を思い出す。苦笑
氣づかぬうちに傲慢になる自分を恥じて恥じて恥じて戒める。
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#たっちんの昔話 126
大学時代,学生団体リーダーしてた頃。
100人以上集まる全国の会議で,どうしても譲れない方針があって全員vs自分みたいな構図になるw
その時全信頼してた副リーダーにも見限られ,泣いた…w
今でもあの時の考えは良かったと思う。
その上で信頼を失う事が一番悲しい事だなと。
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#たっちんの昔話 127
大学時代,学生団体リーダー終わってすぐ。
後輩育成の為,影で暗躍。
でも当時の主な育成術は「伝える」か「怒る」しか出来なかった。それのせいで色々迷惑かけたな…
今なら絶対怒らんw(っていうか,怒れないw)
沢山の失敗を重ねて,迷惑をかけ,体で学んで,今がありますね。
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#たっちんの昔話 128
大学時代,学生団体リーダー終了後。
[組織改革が必要]と偉そうに思った当時の私wは,学生団体一番上の次期リーダーに直談判し,大4の1年間,関西ブロック担当にして頂く。
良かったか悪かったかわからないけど,あの当時の精一杯の真心だったつもり。
衝動,大事にしてよかった。
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#たっちんの昔話 129
大4の時,学生団体ラスト。
なんとか良い方向に進めようと,愛のつもりで怒りまくってた。未熟だった。
一年間やってみた結論は…
他人の足りない部分を指摘するより自分が動いて足らずを補う努力の方が大事な時もある,と。
一生忘れない失敗談。そして今も活き続ける経験。
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#たっちんの昔話 130
大4の時,学生団体ラスト。
関西の色んな県に赴き,色んな人と触れ合った。
自ら動く事で多くの機会を得た。
結局学生生活は殆どこんな事ばっかりしてたけど,生きる為に大切な事は殆どここで学んだ。
「学生とは生き方を学ぶ」と書く。
そう考えたら,一生学生のままやな,と。
#たっちんの昔話 131
大4の時,学生団体してた。
あの頃偉そうに[自分がリードしなきゃ]と思ってて,女性リーダーや大切な仲間達を常に怒ってた。
ずっと人の足りない所を指摘してた。痛いぐらい間違った正義だった。
皆に散々ご迷惑をお掛けして[足りない所は自分が補えば良い]と教えて頂いた。
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#たっちんの昔話 132
大4の時,学生サークル団体に没頭。
卒業旅行も行かずにサークル活動没頭して愛知行ったり,関西県内かけずり回ったり,,,
たまに[学生の間に色々やっときゃ良かった]って思う事もあるけど,何の!
あの頃,たった一つの事に没頭した経験は,今でも糧になってる。没頭力って大事。
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#たっちんの昔話 133
大4の時,学生サークル団体に没頭してた頃。
京都の三条駅に後輩と行った時,部下?をボコボコにしてる人がいた。後輩の手前(笑),止めないとマズイ氣がして勇氣出して止めに入ったら案の定ブチギレられた。怖かった(涙目)
でもあの後,奇跡連発…「一本前に踏み出すと奇跡が起きる」って勇氣の波動の凄さ実感した瞬間だった。
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#たっちんの昔話 134
遂に大学卒業。大学時代,本当に素敵な人達とのご縁に恵まれた自負がある。
あぁいう人達とのご縁で今の自分があるって考えると[誰と出会っていたか?]って人生左右してるなぁ。
社会人になって現実にぶち当たるのはこの後の話wひとまず,素晴らしい環境に恵まれた学生時代に感謝。
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#たっちんの昔話 135
社会人1年目。規定路線の一休さん。←謎の職業w
和歌山県新宮市に2年間行く事に。学生時代のノリで大きな志を持って進んだものの,社会の現実を知る。。。
いや志が大きかったんじゃなくて,他人に自分よがりの理想を押し付ける嫌な奴だっただけ。
案の定孤立…良い学びだった。
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#たっちんの昔話 136
社会人1年目。当時意識高い系キャラ演じてた私は完全なハミゴに…常に一人で過ごし,学生時代の友人に電話で縋りついたw
そんな寂しい時に学生の頃から憧れたメンターの真似して当時絶頂期だったメルマガを開始する。
あの切ない空間も今の私にとって必要な環境だったのかも。
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#たっちんの昔話 137
社会人1年目。和歌山県新宮市で一休さん。←何それw
地元から隔離され、周りの人達と合わず、孤独だったあの頃。毎日学生時代の友達と電話したり、一人時間が増えた。
学生以来ぶりにギターを始めたり、BANKBANDに出会ったり、SNSにハマったり。
孤独だったからこそ色々始まった。孤独も大事。
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#たっちんの昔話 138
社会人なりたて,和歌山県新宮市で一休さん。←
毎日草刈り&雑務ばっかw草刈り機と鎌の扱いと刈り取りスピードだけは向上!w
「こんな事してていいんかな?」「意味あるんかな?」
って何回思ったかわからん。でも,あの頃の「日陰の生活」が今の自分背後にいる事を確信してる。
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