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【掌編】小さな黒服のおじさんのお話

 叔母が倒れたという電話を受けたのはその日の午後だった。
 なんでもクモ膜下出血らしくて、生死が危ういらしい。
 僕は慌てて事情を課長に説明すると会社を早退してタクシーでその病院に向かった。

 病室にはもう何人か親戚が集まり始めていて、みんな沈痛な顔で穏やかに昏睡している叔母の顔を見下ろしている。

 結局、叔母はその後三日間昏睡し、その後奇跡的に意識を回復した。
 叔母が退院して、じゃあ快気祝いをしましょうという流れになり、ある週の日曜日のランチに親族みんなで集まって叔母の回復を心から祝福した。
「いやあ、絶対もうダメだとおもったんだよな」
「だってクモ膜下出血だろ? 三日も寝てれば普通は脳死だ」
 叔母はそんな親族の様子をニコニコしながら眺めていたが、やがて口を開いた。
「それがね、夢を観ていたのよ」
「へえ、どんな?」
 みんなが身を乗り出す。
 叔母が話してくれたのはこんな話だった……

 叔母は小さな薄暗い小部屋の中にいた。
 その部屋の中にはもう一人。
 叔母に背を向けて、小さな黒服のおじさんが大きな椅子に座っている。
「妙に椅子の背だけが高いのよ」
 と叔母は言葉を付け足した。
 黒いシルクハットを被ったそのおじさんは、時折叔母の方を振り返ると、何かを言いたそうに口を開く。
 だが、結局何も言わずにまた元の姿勢に戻ってしまうのだそうだ。
 叔母は気の毒に思ってそのおじさんに声をかけようとするのだが、どうした訳だか声がでない。
 そんなやりとりがしばらく続き、いい加減どうしたものかと叔母が考え始めた時、そのおじさんはふいに椅子から立ち上がった。
 仰々しい仕草でシルクハットを胸の前に当て、叔母に深くお辞儀をする。
「どうやら今回はここまでのようです……では、わたしはこれで」
 そういうと、その小さなおじさんはかき消すように姿を消してしまった……

「……でね、私も同時に目が覚めたの」
 そう、叔母は言った。
「そりゃ、不思議な夢だねえ」
 叔父の一人が感想を述べた。
「でもさ、それ、ひょっとして死神なんじゃない?」
 甥が他の意見を述べる。
「言葉を交わさなくてよかったんだよ。話をしたらきっと死んじゃったんだと思うなあ」
「……そうねえ」
 叔母が考え込む。
「そうかも知れないわね」

………………
…………

 その日の快気祝いは盛会に終わり、僕は翌日、いつものように会社に行った。
 仕事をのんびりと片付け、手が開いた時に暇そうにしていた隣の友人に声をかける。
 ことの次第を説明すると、その友人は我が事のように喜んでくれた。
「じゃあ、もう大丈夫なんだね」
「ああ、今では普通に暮らしているよ」
 ふと思い出し、僕はついでに叔母から聞いた小さなおじさんの話も友人にした。
 薄暗い小部屋、大きな椅子に座った黒服のおじさん……
「でもどうしても声がでなかったんだってさ。不思議だよな、夢なのに」
「…………」
 ところが友人の様子がおかしい。いつの間にかに顔が蒼白になっている。
「どうした?」
「……俺、その夢見たことあるよ」
 友人は震え声で僕に言った。
「俺、高校の時に車に跳ねられて死にかけたことがあるって話は前にしただろ?」
「う、うん」
「俺、その時にまったく同じ夢を見てるんだよ」


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