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非ITからのカミナシ

初めまして、こんにちは。
2022年2月にカミナシにジョインしてインサイドセールスをしている福田です。
入社エントリーとして今回noteを書かせていただきます!
カミナシは自身のキャリアで3社目で、カミナシにジョインするまでは

  • 繊維の専門商社でひたすら営業、毎日生地をスーツケースにいれて営業周り

  • 日系物流企業のインド支社で、毎日トラブルと戦いながら物流管理

IT業界は全く未経験、カミナシどころかカミだらけの職場からやってきました。
今回は私がどのような過程を経てカミナシに惹き込まれたのか書いていきたいと思います!
カミナシに興味を持ってくださっている方にはもちろん、Saasに挑戦したい人やなんとなくSaasに興味を持っている方の何かのきっかけになれば幸いです!

  • サマリー

    • 繊維商社で営業enjoy

    • コロナでキャリアを見つめ直す

    • 見つめ直した結果、インドに飛び込む

    • インドでカオスに直面する

    • インドから帰って来て未経験のIT、カミナシに飛び込む

    • これはこれでカオス

    • 毎日たのしいです


繊維の専門商社で泥臭さを学び、カオス耐性を身につけるためにインドで働く


2016年、新卒では繊維の専門商社に入社しました。
当時はITには目もくれず、とにかく営業でカッコよくなりたい!という想いだけで就職活動、そしてその中でもファッション業界且つ商社マン、ということで繊維商社に絞って就職活動を実施し、愛知の繊維商社に入社しました。

華やかな業界だけど実態は泥臭い、ということはわかっていて入ったものの、実態は想像以上になかなか泥臭く、入社してからは毎週商品サンプルがパンパンに入った巨大なキャリーケースと共に仕入れ先の産地へ行ったり顧客の元へ訪問をしていたりとひたすら足を使う営業をしておりました。
大変なことも当然たくさんありましたが、メンバーにもお客様にも恵まれ順風満帆そのものでした。

しかし入社して4年、新型コロナウィルス(Covid-19)で状況が変わりました。
繊維業界はファストファッションの台頭などがあり、年々厳しさを増してきていた中、更に苦境に立たされます。
自分自身のお客様とどうにかこうにかしていこうと考える中で、これまでは信じて疑ってこなかった自身のキャリアについても考えるようになりました。

業界の趨勢もある中で、自分自身も変わっていかないといけないと考え、転職も視野に入れ、自分が持ち合わせているスキルを書き出そうとしたときに、青ざめました。

AirCourse「ポータブルスキルとは」より画像引用

自分にとって、【繊維】の【生地】の【営業】というカテゴリーでしか自分を語れない。何も言語化出来るスキルを持ち合わせていない、、、。
日々の行動量やお客様との信頼関係の構築が長けているだけであってそれに尽きてしまうと、、、。
これは、業界や経験にかかわらず、20代半ばに差し掛かった多くの社会人が、悩むことの1つなのかなとも思います。
もちろん、今の仕事を極めていくという選択肢もありますし、自分自身では気付けていないスキルもあるかもしれない。何が良い/悪いというのは一概に語ることはできませんが、ただ、とにかく、自分に対して強い焦りを抱きました。
このままではまずい。
そして、どうしようかと考えた結果が、「言語化出来るスキルをつけよう!」でした。

具体的なスキルの観点で「あれができるようになりたい、これができるようになりたい」ということや、「○○な業界に入って△△な経験を身に着けて~、、」など無い頭で色々考えてみたのですが、正直表面的な考えで、「それでいいんだろうか?」とあまりしっくり来ませんでした。
折角好きな職場を離れるのであれば、もっと思い切ったことをしたい、もっと根本的な何かを変えたいと思いました。

あーでもない、こうでもないと、「何が自分にとって必要なスキルなのか」を考えた結論が「カオス耐性」でした。

新型コロナウィルスを機に自分自身のキャリアを見つめ直しましたが、今後も生きていく上で予測不可能な「ブラックスワン」はやってきます。
どんな状況であっても、自分自身で現状を捉え、考え、行動を起こしていく力が、まだまだ自分には足りないなと強く感じました。

その観点で転職における情報収集と活動をスタートし、インドの日系物流企業に転職することに決めました。

  • インドへは旅行で訪れたことがあり、あの土地で働けばカオス耐性がつきそうだという確信があった。

  • さらにインドの中でも発展しきっているデリーやムンバイではなく、南東に位置するチェンナイという未知な都市を選択しました。

他にもカオス耐性つきそうな選択肢は多々あったなと今は振り返って思いますが、当時の自分にはここでカオスに浸かるしかない!とビビッときて、インドに飛び込むことを決意しました。


インド2日目に街の床屋で散髪した時の写真。
途中まで良い感じに切ってくれていたのに最後に「Horizon Ok?」と聞かれたのに対し、
よくわからず「Yes」と返事したらタラちゃんみたいになりました。笑

インドでの仕事が始まってからはまさにカオスそのもの。とにかく、「なんで????」が毎日襲ってきます。
3人の日本人に対して100人のインド人という環境で働いていたのですが、言語の壁もあれば、文化の違いもあるといったところで衝撃の日々でした。

それでも日々の現地スタッフとのコミュニケーションを通して相互理解をすることで業務連動の質が上がってきたり、原始的なことではあるのですが一緒にご飯を食べたりする中で関係性を構築することで、入社当初はカオスだと感じていたことをいつからかカオスと感じないようになりました。
大体のことは受け入れられるようになり、当初求めていた「カオス耐性」はしっかりここで身についたのかなと思っています。

イキイキしているように見えます。

それから時が経ち、自分に不足していた言語化出来るスキルが身についたと自信を持てた時に日本へ戻ることに決めました。

セールスで何者かになりたい。非IT企業からSaaS企業のカミナシへ

繊維商社で営業を経て、インドに飛び込みカオス耐性を身につける。
当然まだまだ未熟で不安なことはありつつも、自分の中で一定の自信はでてきた。
じゃあ、これから何に挑戦しよう?とインドのマンションで考えます。
「自分が今後どうなっていきたいか」というところから掘り下げていき、たどり着いた答えは、「セールスとして何者かになりたい」でした。
そして、それを実現するために成長産業の1つであるSaaSに挑戦することに決めました。
SaaS企業についていろいろ調べていたある日、カミナシをTwitterで見つけ、直感で「あ、ここ素敵だな」と思い、気づいたらMeetyの面談希望を押してました。
当時DXという観点で様々なIT企業を見ていましたが、最も共感できたのがカミナシでした。自分のこれまでの経験と照らし合わせた時に前職の在庫管理も学生時代のアルバイトでは銭湯の水質チェックも飲食での衛生チェックも、、とどこにでもカミでの管理で溢れていました。
鮮明にイメージすることができ、尚且つ、これは確かにDXで大きく変えることが出来る領域だなーと思えたのです。

選考の小噺


私は一次面接が諸岡CEOだったのですが、たった1時間の面接中に自宅が2度停電してZoomが中断するという最悪のアクシデントが起きました。
※チェンナイは10月〜12月が雨季で断続的に雨が降ります。そしてその雨が停電を引き起こします。復旧は早いのですが、洗濯機が初めからになったりエレベーターが急に止まったりします。日常の中のカオスの1つです。
1度目の通信が途絶えた時に「カミナシへの挑戦がこんな形で終わるとは、、、」と思いながら停電復旧後に慌ててZoomに入り直すとCEOが「もしやと思ったけど、やっぱりそうなんだ。インドって感じだねー笑」と。うまく言葉では言い表せないですが、すごく良い会社だなと思いました。
「こんなことが起こるんですよね。では、改めて、、、」と話し始めようとした時に2度目の停電でまた強制終了になったのは一周回って面白かったです。

そんなアクシデントがありながらも、最終的にカミナシからオファーを頂くことができました。

カミナシ入社後の衝撃

なんといっても私自身がカミナシにジョインするまでは業務においてSaaSのプロダクトを使ったことが無いに等しかったので、便利さに驚愕する毎日です。
これまでの私の職場にもそれらのDXツールが導入されていたらより効率的に働けていただろうなとも思いますし、毎日使っていく中でもう以前のやり方には戻ることはできないなとも感じます。

改めて、「カミ」がなくなっていくということをカミナシが牽引していくこと、「ノンデスクワーカの才能を解き放つ」ことこそがカミナシのミッションであり、とてつもなく大きな意味があるなと実感しています。

カミナシで何をしているのか

現在はインサイドセールス(以降IS)といい、お客様に変化をもたらすうえでファーストコンタクトをとるポジションを担当しています。
本を読んでわかったつもりになっていましたが、実際やってみると難しいことばかり。
だからこそISとして介在する価値がありますし、自分自身の創出した案件が受注に至った時はすごく嬉しいと思っています。(まだ受注に結びつけていないので)
ISチームとして一緒に目標を目指しているメンバーとも毎日振り返り、鼓舞し合いながら日々高みを目指しており、とにかく楽しいです。

最後に

以上が私のこれまでのキャリアとカミナシに入るにあたっての経緯です。
振り返ると2度のキャリアチェンジの背景には「好奇心」がありました。コロナ禍にインドへ飛び込むのも、知見が全くないITのスタートアップに行くのも本音はすごく怖かったし、自分の意思決定の背景を良く知らない人には反対されたりもしてきました。
それでも恐怖や反対を上回る自分の好奇心に向き合った結果、29年生きてきて一番充実していると言える日々を送れています。

きっとそのうちまたnoteを書きます。
また見ていただけると幸いです。
ありがとうございました!


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