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忙しい?目的の大事さ

「名将に学ぶ世界の戦術」には目的の大事さがこう書かれている。
「『目的』すなわち『何のために』を忘れて、あるいはそこから離れて行動してしまうと『無目的な行動』となり、方向性を失う」

名将たちが目的をここまで意識して兵を率いていたのも、
目的を失った隊列は烏合の衆に成り果ててしまい、なんのパフォーマンスも発揮できないからだ。

七つの習慣は成功者の習慣であるが、そこにも「目的を持って始める」ことの重要性が説かれている。

我々は何のために忙しくしているのか。
「忙しい」と言う言葉は真っ当に生きている人ならば誰しもがぶち当たる壁であると思う。

我々は毎日自分へ課されたタスクをこなすために生まれたのだろうか?


フランスの哲学者、政治教育思想家
ジャン=ジャック・ルソー

かの有名なルソーはこう述べている。
「我々は、呼吸をするために生まれてきたのではない、何かをなすために、生まれてきたのだ」
自分達は呼吸するために生まれたのではない。
もっと言うと、生きるために生きるのではない。
「忙しさ」に忙殺されて、「達成すべき大切な何か」を忘れてはいないだろうか?
自分達は大切な何かをなす活動をしているだろうか?

「何かをなす」とは、
「美味しいものを食べる、一億円稼ぐ、結婚する、インフルエンサーになる、毎日海外旅行する。」
と言うものではない。
人生全体を俯瞰した場合、これらの楽しみは続かない。
老化するに従って、活動していた自分と老いた自分とのギャップに苦しむ。
できなくなることが多くなる、しかし人間はこれだけに苦しむわけではない。
老化はなぜ苦しいのか?
自分は将来どんどんできないことが増えてくる。
老いていく先がわからないから苦しいのだ。
人生の目的がない人生(老化)とは、最終的に墜落する飛行機に乗っているのと同じである。

耐久性が限界で寿命が尽き墜落する飛行機

人は必ず老いる。目的地なしだと飛行機はぐるぐる回り続け、最終的に墜落する。
だから、現在生きている間も苦しみが絶えない。
何かをなすことを知らない、何かを成せない飛行機は墜落する飛行機に乗っているものと同じである。
墜落する飛行機(人生)で機内でゆったりと過ごすことはできるだろうか?
食料…、お金…、恋人…、
地位名誉…、有給を取ること…

毎日毎日、毎年毎年将来への不安に駆られて行動している。
しかし、
「何か」を成せば、その飛行機は目的地に到達できることがわかる。
旅行でも目的地が楽しいところ確定ならば、飛行機で食あたりがあっても目的地が楽しいことが確定しているため、乗り越えられる。
言い換えると、達成した目的があまりにも大きいため、苦しみが問題にならない。

人生飛行機には燃料メーターがついていない。この一瞬一瞬を無駄にしたくない人こそ、人生全体から見た目的を為すことが必要だと思う。

逆に言えば、忙しいように見えて、目的地に到達する気がない人は
一瞬一瞬を無駄に過ごしている。口では忙しい忙しいと言っても、暇ができた時には惰眠堕落を貪っている。
何かを成すために、暇など本来ないはずである。


自分は人生全体から見て、何のために、何のために行うのか一度振り返ってみよう。
またこの記事を見て、目的って大切なんだなと思った人や感想質問ある人はご連絡ください。


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