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小説×音楽 Studio Sonohigurashi最新作『とある冬の、ひとつの夜に』×『cry for』

Studio Sonohigurashi最新作12月20日公開!

オリジナル小説『とある冬の、ひとつの夜に』×オリジナル楽曲『cry for』

こんばんは。およそ1ヶ月半ぶりの作品公開となります。
今回はアルバム『恋をするような生命体の、欠落した世界での生き方。』の中でそのヒグラシのメンバーの七茶が作詞作曲した『cry for』という楽曲とコラボした小説となります。クリスマスをテーマに取りつつ、クリスマス以上の1日を見つけるような、そんなお話です。お気軽にお読みいただけるような短編なのでぜひお読みいただけたら嬉しいです。そして楽曲と合わせてその世界観をお楽しみいただければ、さらにさらに嬉しいです。

cry for(作詞作曲:七茶)


小説『とある冬の、ひとつの夜に』(著:Tatsumi)

今年もまた、12月はやって来て、今年もまた、クリスマスがやって来る。

早季にとってのクリスマスは、床に叩きつけられたケーキと、父と母の言い合い。真っ暗な部屋と、寒いのか暖かいのかもよくわからなかった布団の中。荷物をまとめる音と、ごめんなというドア越しの父の声。翌朝の赤く腫れた母の目と、不自然なくらいの優しさ。
それが小学校1年生のクリスマスの出来事で、しばらくの別居生活を経て数ヶ月後に両親は正式に離婚した。
なんでそんなことになってしまったのかは知らない。本当は日々の生活の中でその芽がたくさん散らばっていて、幼かった早季には気づけなかっただけなのかもしれない。父か母が何か、相手を傷つけるようなことをしたのかもしれない。嫁姑問題のようなものがあったのかもしれないし、はたまたただの性格の不一致だったのかもしれない。でも早季にはそれを両親に尋ねる気なんてさらさらなかったし、父と母が一緒に暮らしていないことと愛に期待しなくなったこと以外これと言って大きな変化もなく生活を送らせてもらっていたのだから離婚したことに今更文句なんて言うつもりもなかった。
でも一つだけ、言いたいことがあるとするならば、どうしてわざわざクリスマスの日にあんな大喧嘩をしたんだ、ということくらい。そのおかげで早季は、クリスマスが苦手だった。せめてもう1日あとだったら、クリスマスという名前のついていないただの冬のとある1日だったら、毎年毎年こんなにも憂鬱な気持ちにならなくてすんだかもしれないのに、と思う。日本のクリスマスは長い。店頭で売られるクリスマスケーキを見ると、あの日床に叩きつけられた白と赤がフラッシュバックする。イルミネーションの下で手を繋ぐカップルを見るとあの日の父と母の大きな声が耳を塞ぐ。全部全部嫌になって、胸が苦しくなって、この世界が雪で覆われて全ての感覚が雪の冷たさに吸い込まれてしまえばいいのに、と思う。

それでもまた、今年も12月はやって来て、今年もまた、クリスマスがやって来る。


空は灰色の雲に覆われ、キャンパスを駆け抜ける風たちは早季の髪とコートの裾を揺らす。早季はマフラーで顔の下半分を覆って寒さから逃げるように足早に次の講義がある建物へ向かう。
「早季さ〜〜ん!」
後ろから自分の名前を大声で呼ばれ後ろを振り返ると、こちらに向かって駆け足でやって来る仲野遼河の姿があった。
「よかった、やっぱり早季さんだった」
なんてニコニコしながら目の前に現れた元気溌剌の代名詞みたいな青年を見て、よく確証もないのに大声で名前を呼んで駆け足で向かって来れるななんて思う。
「今から授業ですか?」
「そう。仲野くんも?」
「はい、心理学概論です」
「そうなんだ。ちなみに心理学概論、私去年取ってたけど教室ここからめっちゃ遠いと思うから遅刻しないように頑張って。じゃあ」
「うげ、マジっすか」
「多分もうダッシュで行かないと間に合わないよ」
とちらりと腕時計を見て宣告する。
「ええ〜〜〜そんなぁ〜〜。じゃあ行ってきます」
と残して彼は走り出そうとして、それからふと思い出したように、
「あ、早季さん!この授業の後ご飯でも行きません?」
と振り返る。
「私今日6限まであるから。その後用事あるし。てか本当に遅刻するよ?」
「そっか〜、じゃ、またの機会に!」
彼はさして残念がるふうでもなくそう言って、フットサルで日々鍛えている足でキャンパスを疾走していった。


仲野遼河はバイトの後輩であり、大学の後輩でもある。サークルに入っていない早季にとっては数少ない同期以外の知り合いだ。とは言っても学年が違うので別に授業が一緒になるわけでもないし、友達も少なく日々ただ授業を受けに大学に行くだけの早季とサークルを掛け持ちして友達もたくさんいる遼河には学科とバイト以外これといって共通点もない。それでも知り合ってからかれこれ1年以上が経って、バイト先でシフトが被った時に他愛のない話をしたり、時々大学でばったり遭遇して言葉を交わしたりするようになったのだった。


5限の講義が行われる教室に入ると、いわゆる楽単を狙った学生たちが大教室に溢れかえっていた。空いている席を探そうとあたりを見渡すと見知った顔を見つけた。わざわざ知らない人たちの間に挟まって授業を受けるのも億劫なのでそちらへ向かう。

「かなで、おはよ。隣いい?」
大学生の挨拶はいつだっておはようだ。早季はクラスメイトの嶋田かなでに声を掛けて隣の席を指差す。
「お〜、早季もこの授業取ってたんだ〜。隣座っていいかなんてわざわざ聞かなくていいよ〜」
かなではその人懐っこい顔立ちをスマホから早季の方へ向ける。
「なんか嫌だったら申し訳ないじゃん」
「嫌なわけないじゃん、てか嫌でも聞かれたら嫌ですなんて誰も答えないでしょうよ」
なんてかなでは笑いながら言う。
「う〜ん、そっか。じゃあどうやって察すればいいんだろ」
「そんなの気にしなくていいの!まじで嫌だったら無言で席立ったりなんなりどうとでもするよ、多分」
「え〜、それされるのも嫌だよ」
「でも嫌だって言われるのもどうせ嫌なんでしょ、だからどうしようもない!」
全く、早季はネガティブなんだからぁ、とかなでは早季をからかう。

そんなとき、机の上に置かれていたかなでのスマホが揺れて、かなではその画面にチラッと目をやってふっとため息のような、自嘲するかのような、そんな息を漏らす。
「いや〜、今彼氏とめっちゃ喧嘩しててさぁ」
そして彼女は聞いてもないのにそんなことを語り出す。誰かに愚痴りたかったのかな、なんて思いながら早季はそうなんだ、とありきたりな相槌。
結構仲良さそうなイメージだったけど、と早季が言うと
「そうなんだけどね〜、ずっと一緒にいるとお互い嫌なところばっか目がいっちゃうんだろうね」
なんて言ってかなでは「はぁ〜」とため息をついて机に突っ伏す。
早季が、まあそんなもんだよねと呟く。
「あれ、早季って彼氏いるんだっけ」
「いや、いないよ」
「じゃあ私がくりぼっちになってたら慰めて〜」
そんなふうに泣きついてくるかなでにわざわざ「私クリスマスそんなに好きじゃないんだよね」なんて言うのも面倒で早季は笑ってごまかす。
「あれ、その笑みはさては勝者の笑み!?見込ありみたいな!?」
急に目を輝かせて食いついてくるかなで。そんな冤罪を否認しながら早季は
「あ、先生きた」
と言ってそのあとのかなでの言葉を全てシャットアウトした。


6限の授業を終えると外は夜の色となり、所々を曇ったライトが照らす。地面に埋められた灯りたちは何かの道標のように点々と続いていた。このままこの道標に連れられてどこか別の世界に迷い込んだりしないかな、なんて妄想をしてみて、そんなわけはないなと思い現実の憂鬱に引き戻される。今日は両親と3人で食事をする約束をしていた。
父が家を出て行ってからも月に一回くらいは会っていたし、半年に一回くらいは3人で会うこともあった。はじめのうちこそ父と母のやりとりはぎこちなかったものの、数年もすればお互い割り切ったのか側から見れば特に違和感もないくらいの会話を交わすようになった。だから多分、悪いのは私だ、と早季は思う。自分だけが前に進めていない。母は一人で投げ出すこともなく私を育ててくれたし、父も養育費を払い、たまにしか会えないもののいつも私のことを気にかけてくれていた。ただ私が、小学1年生のクリスマスのあの夜を、スノードームみたいにしてずっと抱え続けているだけ。そんなことはずっとわかっていた。それでもやっぱり両親が一緒にいるところを見ると心が揺らぎ、スノードームに何度も雪が降るように、あの日の光景が何度も再生される。スノードームみたいに美しい光景だったらよかったのに、と思うけれど、早季はあの思い出を美しくする方法なんて知らなかったし、人生の1ページだとあっけらかんに受け入れるような前向きな思考回路も持ち合わせてはいなかった。
仲野遼河の誘いに乗っちゃえばよかったかな、なんて思ってから、二人を唯一つなぐ早季のいない両親の会食を想像して、そんなわけにはいかないなと苦笑する。そして早季は、生暖かい空気の流れる地下鉄駅への階段を下った。


「早季、久しぶり」
集合場所に先に到着していたのはサラリーマンの割に派手な赤いマフラーをした父だった。
「久しぶり」
早季はクリスマスを楽しまない自分のような人間を炙り出そうとするイルミネーションから目を逸らしながら言葉を返す。
「すっかり寒くなったな」
「うん」
「この辺も相変わらずクリスマス一色だ」
「そうだね」
そう答えてから、そういえばこの時期に3人で集まるのは初めてかもしれないと思い当たる。やっぱり両親も、なんとなくいい思い出のないクリスマスシーズンに会うのは避けていたのだろうか。それともクリスマスが苦手になった早季に気を遣っていたのだろうか。
「ごめ〜ん、お待たせ!」
改札から母がやってきた。いつもよりしっかり化粧をしているのは、かつてはまだ父に対する未練みたいなものがあるんじゃないかと思っていたが、大学生になったあたりでそうではないのだなと思った。多分、母の気持ち的に父はもう完全に知り合いという枠に置かれているから、知人と食事に行くのと同じような感覚なのだろう。
「ここの駅前、随分変わったねぇ」
と母が言って、そうだな、と父が返す。そんな二人を見ていると、今ここで誰か知り合いが通りかかっても「素敵なご両親だね」とかなんとか言って何事もなく過ぎていくんだろうななんて思う。
「さ、いこっか」
そう言って父は、予約してあるレストランへの道を歩き出した。


「そうだよな〜、早季ももう来年で大学卒業だもんな〜」
ほんのり薄暗いイタリアンレストランで料理が運ばれてくるのを待ちながら父が感慨深げに言う。
「でもまだ卒業できるって決まったわけじゃないし」
「え、早季そんなに単位危ないの!?」
母が驚いて横にいる早季を見る。
「いや、全然落としてはないけど、いつ落とすかなんてわからないし。それに卒論なんて書ける気してないし」
「大丈夫だって、父さんだって母さんだってなんだかんだ卒業できてるんだから、早季が卒業できないわけない」
「そうそう、なんとかなるわよ」
そんなやりとりに違和感が全然ないことに違和感を感じてしまう自分がいて、どこか遠くの会話のように感じる。
「あ、そうだ、今日は早季に渡したいものがあって」
父が待ち合わせの時に鞄と一緒に持っていた紙袋を手に取る。
「ああ、そうね、私も」
と言って母も鞄から小包を取り出す。
「ほら、もうそろそろクリスマスだろ?」
と父が言う。
「今まで全然クリスマスプレゼント渡したことなかったし、もう早季も社会人になっちゃったら渡すこともないだろうし、最初で最後かもしれないけど」
と母が横から優しい笑みを向ける。
その時、早季は悟った。今日がこのために準備されていたのだと。二人の雪の白さのように優しい眼差しを見て、十数年分のプレゼントをひとつにまとめたかのように高額なファッションブランドのロゴのついた包みを見て、早季は、自分の中で何かが湧き上がってくるのを感じた。それは、喜びでも、感動でもなくて、真っ黒な、真っ黒な、何か。毒のような、吐き気のような、涙のような、何か。
「いらない」
早季の口をついてでてきたのは、その一言だった。
両親は、一瞬不意を突かれたような顔になって、また優しい笑みを浮かべる。
「遠慮しなくたって……」
「いらないって言ってるでしょ!」
その瞬間、空間が凍った。自分でも予想外に大きな声が出てしまったことに早季は驚いて、動揺がさらに大きくなるのを感じた。ああ、まただ、と思った。また、スノードームみたいに、今日という日が閉じ込められていく。困惑する両親の顔と、差し出されたまま行き場を失ったプレゼント。周囲の人々の目線と、嘘みたいな静寂。雪が降り積もったかのようなその静けさが、あまりにも耳障りだった。目尻から閉じ込めていたはずの涙がこぼれそうになって、顔を背ける。
「ごめん。わたし先帰る」
そう言って早季は、鞄とコートを掴んで店を後にした。


店を出てからマフラーを忘れたことに気がついて、でも今更取りに戻る気にもなれなくて風に顔を晒して歩く。涙が雪に変わってしまうのではないかと思うくらいに、風が冷たかった。
多分両親は、私がクリスマスを嫌う原因を作ってしまったことに申し訳なさを感じていて、もうあれから十数年が経った今、家族での素敵なクリスマスの思い出で上書きしてくれようとした。私がまた、クリスマスを楽しめるように。だから悪いのは私だ。私が、十数年で一歩も前に進めていない私が、幸せな思い出になるはずの今日を台無しにした。最悪だ。全部が全部、最悪だ。両親も、私も、誰も望んでいない結末を、私が勝手に作り出してしまったのだ。
寒くて、涙が止まらなかった。


時間を確認しようと、スマホを取り出す。両親からのメッセージが来ているかもしれないと思い、見なければよかったと後悔するが、その代わりにあったのは、仲野遼河からのメッセージだった。

―今度ご飯行きませんか??
―なんなら24日でも笑

そんな無邪気なメッセージに八つ当たりしたくなって

―私、クリスマス嫌いだから

と返してしまってから、またそんな自分が嫌になる。
次に会ったときにどんな顔して会おう、酔っ払ってたのとかなんとか言い訳をすれば何事もなかったことにできるかな、とか考える。はぁ、と白いため息をついたとき、スマホが電話の着信を告げるべく緩やかに揺れた。


「…はい」
「あ、早季さん、今どこいます?」
「中目黒」
「じゃあ今から行きますね」
「…は?」
「わりと近くなんで、そんなに時間かからないと思います。寒くないところで待っててください」
「なんで」
「なんでですかね、僕もわかんないです」
と笑って仲野遼河は、じゃ、後ほど〜、と電話を切る。
彼のことなんて無視してさっさと帰ってやろうかとも思ったけれど、寒風の支配する東京の夜に、ひとり立ち尽くす姿を想像するとさすがにかわいそうになってくるので街を彷徨いながら待つことにした。


中目黒の街は、それこそクリスマス一色というか、冬の風物詩というか、無数のイルミネーションや、ツリーの飾られたお洒落なカフェバーなどで溢れかえっていて、そんな街の煌めきに負けまいと光に満ちた人生を謳歌するカップルとすれ違ったりする。そんなところにいると、いつまで経ってもクリスマスを好きになれない自分が惨めに思えてきて、この寒さはマフラーを忘れてきたせいだと言い聞かせた。
今頃両親はどうしているだろうか。喧嘩をしてないといいけど、なんて思いながら、心の中で少しだけごめんねと伝える。何度かスマホがコートのポケットで揺れたけれど、今両親からのメッセージを見ても自分でもどうすればいいのか分からないから気付かなかったことにする。
橋の手すりに寄りかかると、彩られたこの街が滲んで、視線を下に向けた。このままクリスマスの彩りが全部滲んでこの川に溶け込んで、絵具みたいにぐちゃぐちゃに混ざり合って、そのままなんの色でもない、ただの夜になってしまえばいいのに。今日もただの真っ暗な夜だったねって、そんなふうに何事もなかったかのように流れていってしまえばよかったのに。


「早季さん」
息を切らしながら名前を呼ぶ遼河の声が聞こえて、顔をあげる。
「どこにいるか聞いても全然メッセージ見てくれないから、めっちゃ探しましたよ」
「ごめん」
見つけられたからいいですけど、と言って距離を縮める。
「あれ、マフラーしてませんでしたっけ、今日」
よくそんなこと覚えてるな、と早季は思う。
「忘れてきちゃった」
「寒くないですか、それ」
「寒い」
じゃあ僕の使ってください、と彼は自然とマフラーを早季の首にかけた。
降り積もる沈黙。心地よい静寂に、早季は身を預ける。


「クリスマス、嫌いなんですか」
と彼は静かに訊いた。
「うん」
と早季が答えると、遼河はそっか、とだけ言って早季の視線の先にある川に目をやる。
訊かれてもないのに口から言葉がこぼれ落ちる。
「小学生の時に、両親が離婚するきっかけになった大喧嘩が、クリスマスの日でさ。別にそれ以降両親とうまくいってないわけでも、離婚のせいで大きな苦労をしたわけでもないんだけど、両親の怒鳴り声とか、潰れたケーキとかがフラッシュバックしてなんとなく苦手になっちゃって」
うん、とだけ彼は言う。
「本当は両親のせいでもなんでもなくて、私がただ成長してないだけなんだよね、多分。今日も、両親は私がクリスマスを好きになれるようにって思って、お洒落なレストランを予約して、プレゼントまで用意してくれてた。これまではただ触れないようにするだけだったけど、私が前に進めるようにって……」
そう言ってから早季は冷え切った空気を肺いっぱいに吸い込んで、吐き出す。
「それを私が台無しにした」
そのことを改めて言葉にすると、一度ひっくり返したスノードームみたいに、また苦しい気持ちが降り積もっていく。イルミネーションが、また溶け出した。しばらくの間二人ともが、この街の音に耳を澄ませた。


「じゃあ、クリスマス、もうやめませんか」
遼河は、滲んだ絵具にそっとそんな言葉を溶かす。イルミネーションの灯りが、ほんの少し優しい色になった気がした。
早季は、彼の方に滲んだ視界を移す。

「クリスマスなんか捨てて、12月を、僕にくれませんか」

スノードームみたいに、時が止まる。

「早季さんがクリスマスを嫌いなら、もうクリスマスなんてやめましょう?クリスマスなんて名付けなければ、12月24日だって、25日だって、ただのとある冬の1日です。そんなよく分からない名前のついた1日より、もっともっと特別な日を、僕は早季さんと一緒に作りたい、作ってみせます。だから、早季さんの12月を、僕にください」

降り積もる言葉。
水面に映る光。
君の瞳の色はどこまでも透明な、夜の空みたいな色をしていた。
全部が溶け込んだ色。
その色は、どこまでも暖かく、君の貸してくれたマフラーが、ずっと冷たい風から守ってくれていたのだと気づく。

どこまでも美しいこの夜こそ、スノードームに閉じ込めてしまいたいと思った。


その大切な言葉たちが、早季の冷え切った体の芯まで届いて、それから早季は口を開く。
「12月、だけでいいんだ」
涙を拭いながらちょっと意地悪く笑って、遼河の方を見る。
あ、いや、そういうことじゃなくて!とさっきまでのたくましさはどこかへ消え去り慌てて言葉を探す遼河。

「いいよ、あげる。愛とか恋とか、クリスマスとおんなじくらいうんざりだったけど、君のこと見てたら、ちょっと信じてみたくなった」

早季は遼河のその瞳を真っ直ぐ見つめて、それから彼の優しくて温かいその腕の中に飛び込んだ。
彼の胸に顔を埋めながら、早季はありがと、と呟く。


来年もきっと、12月はやって来る。


アルバム『恋をするような生命体の、欠落した世界での生き方。』

こちらの小説、楽曲が含まれるStudio Sonohigurashi最新アルバム『恋をするような生命体の、欠落した世界での生き方。』も、もし良ければお聴きください!



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