掌編小説『存在のたしからしさ』

 夜道。十代ぐらいの女の子の泣き声が聞こえた。こんな夜中に女の子が一人で外で泣いているなんて、としっかり補導対象の高校生のくせに夜中に散歩している僕が言うのもなんだが、放っておくわけにもいかないので声の主を探す。
 でも、声の聞こえる方を探せども人の姿は見当たらない。こんな隠れるような場所もない道端で見つからないなんてことがあるだろうか。僕の耳がおかしくなったのか、はたまた僕の目がおかしくなったのか。それとも真っ黒な服でも着ているのだろうか。とりあえず声をかけてみて、反応がなかったら何事もなかったことにしておこう、そう思って僕は夜中の住宅街の暗がりに声を放つ。
「あの〜、大丈夫ですか?」
 僕の声に反応するかのように泣き声が一瞬止んで、それからまた、さっきよりも少し小さく、聞こえてきた。
「物騒な世の中ですし、夜中にこんな暗いところに一人でいたら危ないですよ」
と、どこの高校生が偉そうに、という感じのセリフを吐く。
「私のこと、見えてるんですか」
いや、正直、まだ姿は見つけられていない。でも、謎の意地のようなものが出てきて
「そこにいるじゃないですか」
と、さも分かりきったことというふうに適当に声の聞こえているあたりを指差す。
「本当に見えてるんですね!」
喜びに満ちた声が急に近くなる。声の発信源は、どう考えても目の前だ。顔を突き合わせているとしか思えない。でも、目の前にはただ空間が広がっている。
「あ、いや、その、実を言うと、声だけで適当に…そこらへんにいるかな〜って…はい」
なんだかぬか喜びさせちゃったみたいですね、ごめんなさい。そして、僕は全く状況が飲み込めていないです。
 はぁ、と彼女は悲しそうにため息をつく。
「なんだ…やっぱり…。私、いつかどこかで姿をなくしてしまったみたいなんです…」
 どういうことだろう。姿をなくしてしまった、という感覚が全くわからない。
 彼女はカナデと名乗った。年齢は僕と同じくらい。県内の高校に通っており、家はここから二駅ほど離れた駅が最寄りらしい。ある日、目が覚めると自分の姿形がなくなっていることに気づいた。家族は行方不明になった娘を必死に探しており、彼女が声をかけても娘がいなくなったショックで頭が変になっているのだと思い信じてもらえなかったのだという。
「それは大変ですね……。」
 こんなにも突飛な話にこんなにもありきたりなコメント。自分は今、どんなアホ面をしているのだろう。
「なんでこんなことに……。本当にどうしたらいいんだろう……。もう私、自分が本当にここにいるのかさえ自信がなくなってきた」
 あ、そう言われてみれば、カナデはそもそも存在しているのか、はたまた僕の作り出した幻聴なのか。あれ、そもそも僕とカナデの違いはなんだ?
 僕って本当にここにいるんだっけ?


あとがき
 姿がなくなって、声だけが聴こえる。それを幻聴かと疑うのならそもそも見えている姿も幻視なのでは、と思えてきますよね。世の中、なにが何だかわからなくなってきそうです。こんな不思議な世界で、僕が僕として生きているのか、はたまたこの文章を生み出している僕も実は幻なのか。でもなんだか、そんな風に考えだすと、それはそれで世界がもっと壮大で、自分の知らぬ力が働いているような、そんなものにも思えます…

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